第二章 蛇洞窟と戦う聖職者1
旅を初めて一週間程経った頃に到着したある村での話。
正直ちょっと忘れてしまいたい気持ちも有る、残念な蛇との出会いの記憶。
あの時は予想してなかった事が次々起こったり、散々な目に合ったんだったけ。
* * *
「前の村と似たような場所だな」
旅に出てから一週間、当ても無く森の中を進んで見つけた村に着いて発した第一声はそれだった。
ぱっと見た限り、そこは先日焼き払った村と大して変わらない木造の建物が並んでいる村だったからだ。
噂に聞く石造りや煉瓦造りの近代的な建物が見られるかと期待して、入口を見つけてから走って来たのだがやはりそう言った建築物は、此処よりももっと人の住んでいる街や都市の方まで行かなければ見れないのかもしれない。
前に居た村との違いを上げるとすれば、村の中央に大きな建物が建てられている事くらいだろうか。
大きな建物が何の施設なのだろうと気になり、近付くと一つの看板が目に入る。看板に書かれている文字を読む限り、この建物は宿屋とやらを経営している店のようだ。
「宿屋?そう言えば前に博士から聞いた事があったな。旅先で金を払って寝泊りする部屋を借りられる所とか言ってたっけな。丁度良いや、流石に野宿が続いて疲れているし、今晩は此処に泊まる事にしよう」
この村に辿り着くまでの間、食料は森に自生する木の実や魔物を食べて来ていたので、食料に困る事は無かったのだが、毎晩魔物の奇襲に警戒していたお陰でしっかりと睡眠を取れて居なかったのだ。襲われる心配をする必要無く眠る事の出来る場所が有ると言うなら利用しない手は無い。
早速、今晩の宿を取ろうと思い、宿屋の扉に手を掛けて開くと、ゴツンと鈍い音と同時に「ふぎゅ」と言う声が聞こえて来た。
扉の反対側に誰か居たのだろうかと思い、少しだけ開けた状態で中を覗き込むと、黒い装束を纏っている女性が頭を抱えた状態で尻もちを付いていた。
「あ、すみません。大丈夫ですか」今度は人に当たらない様に気を付けて入り、尻もちを付いている女性に、そう声を掛けて手を差し伸べる。
「いたた、あ!えっと、大丈夫ですよ。一人で立てますから」頭を抱えていた女性は、そう言って僕の手を借りる事無く一人で立ち上がった。
「あれ?あなたのその瞳……」彼女は立ち上がった直後、こちらの顔を見るや否や僕の瞳を覗き込んで来る。
覗き込んで来る彼女の顔は幼く見えるものの立ち振る舞いは何処か大人っぽさを感じさせる。家族以外の女性の顔をこれ程近くで見たことなんて無かったので、どう反応すれば良いか分からず、思わずどぎまぎとしてしまい目が泳いでしまう。
「……とても綺麗な瞳ですね」と少しの間、じっと僕の目を見つめていた彼女はそう口にして笑顔を向けてくる。そして、その笑顔を見た途端に、心臓の鼓動が速くなってしまう。
これが噂に聞く恋というやつなのだろうか、ん――、なんかそれとはまた違うものの様な気がする。なんだろう懐かしさを感じさせる様な?
「あ、申し遅れました。私の名前はレイナと申します。えっと、旅の御方ですよね?よろしければお名前を伺ってもよろしいですか」
「へ、あぁ、名前ですよね。ライドって言います」何とも言えない感情を整理出来ずにいる中で、こちらの名前を聞いて来た彼女にそう返事を返すと、彼女は以外そうな顔をした。
「もしかして、いえ、それはないですよね。きっと偶然なのでしょう」彼女は、そう独り言を呟くとこちらに向き直り「縁が有ればまたお会いしましょう」と言い残し、扉を開けてその場を去って行った。
彼女が僕を横切る際、彼女の髪から何だか懐かしさを感じさせる甘い香りがしたのだが、初めて嗅ぐ筈のその匂いをなぜ懐かしいと感じたのか途惑いながらも、目的だった今晩の宿を取る為に受付まで向かう。
受付の人間に聞かれた質問に答えて、人数や名前を伝えたのだが最後に返答に困る質問が飛んできた。
「貴方の身分を証明出来る物はお持ちですか?」
みぶんのしょうめい…………、勿論そんな事の出来る物は持って無い。
旅に出る予定なんて元々無かった僕が身分証を発光することなんて当然していないし、なにより博士に造られた僕が正式な手段で身分証を用意する事なんて出来る訳が無いのだから、持っている訳が無いのだ。
だが落ち着け、慌てるにはまだ早い。
こういった質問が、いつか聞かれる事ぐらい当然予想していたとも。こんなに早く聞かれるとは思って無かったけど、この村に辿り着くまで間にどう返答すれば良いかは考え付いているとも。
そう、身分証に限らず物を見せろと言われた際に使える魔法の言葉。
「すみません、旅の途中で無くしちゃいました。だから今は手元にありません」
「そうですか。身分を証明出来る物を持ってらっしゃらない方は、宿に泊められない規則ですのでお引き取り下さい」
「そ、そこをなんとか」
「お引き取り下さい」
「「…………」」
「ちくしょう、やっぱりダメか。てかなんだよ魔法の言葉って、無くしたとか通じる訳無いだろ、馬鹿じゃないのか、誰だよこんな下らないこと考えたのは」
一人、宿から摘み出された外で言葉のブーメランを投げ終えて気が晴れた所で、村に立ち寄った目的の一つでもある食料品や旅に使える道具を買う為、物を売ってそうな店を探して村の中を歩き出す。
村を歩き回りながら周囲の建物を見回していると、視界に入ったある村人に目が留まった。その村人は人間では無かったのだ。
体格は人間の子ども程度の大きさだが、身体つきはしっかりとしていて、大きな髭が生えている。実際に目にしたのは初めてだが亜人種のドワーフと呼ばれる種族だろうか。
村を一周する頃には、この村で暮らすのが人間よりもドワーフが多い村なのだという事が分かったのだが、同時にこの村では食料品や道具を売る店らしき場所が無い事も分かった。
どうやらこの村では畑での自給自足が基本らしく食料品の類を村人に売る必要が無いからなのだろう。その代わりと言う訳では無いが酒が売られている店は発見した。
ドワーフは酒好きが多いと聞くし、酒を個人で作れる程の敷地が無さそうなこの村に酒屋が有るのも当然のことか。
食料品だけを売っている店は無かったが、酒屋なら酒のつまみで干し肉やチーズなんかの加工食品とかが売っていないものだろうかと思いながら店を眺めていると、背後から声を掛けられる。
「なんだ、旅人の兄ちゃんは酒に興味があるのか」声のする方向に振り向くと人の良さそうな男女二人のドワーフがそこに立って居た。
「見たところ兄ちゃんの歳で酒は、ちと早く無いか」
「あ、いえ、酒が飲みたい訳じゃなくて、食べ物とか売られていないかなと思いまして」
「なんだ兄ちゃん食べ物を探していたのか、だったら家に来いよ。今年は何時もより収穫が多かったから、ちとぐらい分けてやるよ」
「え、良いんですか。貰えるというなら頂きたいですが、お金は持っていませんよ」
「遠慮せんでええよ、金なんてとりゃせんから」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」そう言うと、家に向かい出したドワーフの夫婦?に付いて行く。
世の中には優しい人もいるんだなとか思いながら疑いもせずに後を追い、促されるまま二人より先に家の中に入ると同時に、ゴツンと音がして視界が揺れた。
力が抜けてそのまま倒れる。そして後頭部がじわじわと痛くなって来出した。
「あんた、本当にこれで良かったの」「仕方無いさ、村の為だ……」
背後から二人のものと思える声を聞きながら意識が徐々に遠退いて行く。
* * *
サーと水の流れる音が聞こえて、目が覚めた。
開いた目には随分と薄暗い空間が映し出される。
近くにある淡い光のランプに照らされて見える壁はゴツゴツとした天然の岩肌で、水の流れる音の響き方から何処かの洞窟の様な場所にでもいるのだろうかと思い周囲を確認する為、倒れている身体を起こそうとした時、後頭部に痛みが走る。
「痛っ」痛みのする場所を片手で触ると、何だか生暖かい液体が付いていた。
灯りに先程後頭部を触った手を近付けて確認すると、生暖かい液体の正体が自身の血であった事が分かり、倒れて居た地面を見てもかなりの血が付いて、自身の服にもべったりと血が染み付いている。
血の出ている具合を見るに、どうやら随分と硬い物で強く殴られた様だ。これ程の出血でも今意識がはっきりとしていられるのは、この丈夫な身体のお陰なのだろう。
博士の造ってくれたこの身体は、大量出血程度では死なないのだ。まあ、痛みもあれば、貧血にもなるし、流石に体内の血液全てが無くなれば死ぬので油断は出来ないけど。
もう一度後頭部を触って確認したところ、血は止まっているが傷口はまだ塞がっていない様なので、それ程長い時間意識を失っていた訳では無いと思うが、果たして此処は一体何処なのだろうか。
辺りを見回すと岩肌で囲まれており、予想していた通り洞窟の中に居るらしい事が窺える。
足元の近くには水が流れており、その水場周辺を囲う様に木や鉄で出来た変わった形の柵が建てられていて、赤や黒い色で塗られたそれは、何処か神秘的なものさえ感じさせる。洞窟の先には同じ色の大きな扉の無い門の様に見える謎のオブジェクトが堂々と建っていた。
「本当に何処だよ此処は」独りそんな事を呟くが当然返事は、返って来ない。
ここには今の所、僕だけしかいない様だ、誰か居るなら出口までの道を喋らせる事が出来たかもしれないが、他に誰も居ない以上仕方が無い、取り敢えず近場を確認して見るとするか。
なんて考えて立ち上がると、門の様な謎のオブジェクトの先でキラリと何かが光った様に見える。
何か光を反射するものでもこの先に有るのだろうかと思い、光の見えた場所に向かう為に歩き出す。
門の様な謎のオブジェクトの奥は暗闇になっており、先がよく見えず、足元までどうなって居るのかさえ見えない程だったのだが、近くにあった淡い光のランプを手にする事は何故かこの時、頭に浮かば無かった。
門の様なオブジェクトを堂々とくぐり、何が光って見えたのかなとか考えながら奥へと歩みを進める。
すると、ドンと何かにぶつかった。光の見えた場所よりも手前に位置する場所だ。
こんな所に壁?不思議に思い手を伸ばしてみると周囲の壁の様な岩のゴツゴツとした肌ざわりでは無く、何だかサラサラしていてずっと触っていいられる様な気持ちの良い肌ざわりをしていた。
その壁?を暫く撫でていると突然手を置いていた場所が動き出す。
一歩後ろに引いて、目を凝らして見ると。サラサラとした手触りの壁と思っていた物は何か大きな生物の一部だった事にようやく気が付いた。
「で、でかい」思わずそんな言葉を口に出してしまう程の大きさ。
それは僕なんかよりも何倍もの大きな身体を持ち、恐らくこの洞窟の殆どを埋めつくしている様な錯覚さえ覚えさせる程の巨体だった。
つやつやとした肌は後ろにあるランプの光が届く距離まで僕を押し退けながら身体を動かして白くて綺麗な身体を見せつける様に僕の周囲を囲み出す。
気が付いた頃には既に逃げ道を塞がれ、キラキラと光る奴の大きな縦長の瞳孔をした蛇の目がこちらをギロリと睨みつけ、その目に見せられたかの様に足が硬直して動かなくなった。
巨大な生物は大きな口からシュルシュルと音を立てて、その頭部をゆっくりとこちらに近付けて来る。このままでは食べられる!そんな予感がするも、身体は蛇に睨まれた蛙の様に動かない。
『貴様、餌の分際で我に気安く触れるでない』
巨大な生物は声を出した訳でも無いのに、頭の中でそんな声送られて来る様に響いて来る。今まで聞いた事も無い筈のその声が、頭の中で響く度に軽い吐き気と眩暈に襲われた。
『まぁ良い。貴様の魔力は中々に美味そうじゃし、いつもの餌を持って来る事を怠ったドワーフ達を大目に見てやろう』
餌やドワーフという言葉が頭に響き、薄々感じていた事が確信に変わる。
「やっぱり、あいつら僕を騙していたのか。食料をくれるどころか、人の事を食料にするとか、信用出来ないのは人間だけじゃないってことか」いつか博士が言っていた通り、酷い奴は種族とか関係無いんだなとか思っていると巨大生物が妙な事を言い出す。
『待て貴様、もしかして我の言葉が理解出来るのか』
「あーもう、さっきからそれ止めてくれないか、頭に響く度にこっちの気分が悪くなるんだよ。グダグダ言って無いで食べるならさっさと僕を食べればいいだろ」
道を塞がれ、此処が何処か分からないのだから逃げようも無い。戦うにしても相手の方がでか過ぎて、剣で斬り付けた所で掠り傷しか与えられないだろうから、戦うのは諦めて床に寝転がる。
直接戦っても勝てないなら、食べられて中から腹でも裂いてやるとか考えて、目を閉じて食べられる時を待っていたのだが一向にその時は訪れなかった。
『う、うぅぅぅぅ、ようやく、ようやくこの時が来た、どれ程この時を待ちわびた事か』
食べられるどころか、再び頭の中に響く声は何処か念願の叶った様な事を言い出した。
そして巨大生物はまるで抑えられない喜びを身体全体で表現でもしているかの様にくねくねと、その巨体を回し始める。
そして僕の周りを一周し終えるとピタッと止めて、再び頭部をこちらに近付けて来る。
『お主、名前を聞かせてくれぬか』と今度は最初の威圧的な態度と打って変わった態度でこちらの名前を聞いて来た。
「え、えーと、急にどうじたんだ?食べるんじゃ無かったのか」
『食べるなんてそんな勿体無い。我の声を理解出来た人間はこの世界ではお主が初めてなのじゃ、折角出来た初めてまともに話せる相手を喰らいなどせんわ』
どうやら食べられる必要が無くなったらしい。
話が出来ると言うだけでなぜ食べるのを止めたのかは、理解出来ないが助かったのなら今後の事を考えるとするか。
『ほれ、黙って無いで早く我に名前を教えんか、それとも本当は我の言葉が理解出来ないのか』そう言う巨大生物はどこか残念そうな様子を見せる。
しゅんと項垂れるその頭を見ていると、何だかこっちが悪い事をした様に感じるから、今すぐ止めて欲しいものだ。
「聞こえている。聞こえているから。そのでかい口を開こうとしないでくれ。食べないんじゃ無かったのかよ」
『まったく、紛らわしい奴じゃのう。危うく喰らってしまう所だったでは無いか。喋れるなら早よ返事をせぬか。それで、もう一度聞くがお主の名前はなんなのだ』
僕が聞こえていると言った瞬間、急に嬉しそうな様子を見せた巨大生物が口早にそんなことを言って来る。
「名前は、ライドだよ」
『おぉ、そうか、ライドか。良き名じゃな。ライド、ライド、ライド……』
僕の名前を必死に覚える様に何度か繰り返し呟きながら、巨大生物はうむうむと頷いている。
その様子は何処か年頃の乙女が好きな相手の名前を初めて聞いた時の様にも見える。
…………なんで、そんな風に思ってしまったんだろう。
冷静に見れば、巨大生物が獲物を前に舌なめずりしている様にしか見えないと思うのだが、頭を叩かれた時にどこか変になっちゃったのだろうか。おのれドワーフめ。
「あ、そうだ、君の名前はなんて言うんだ」思い出したかの様に巨大生物にそう尋ねた。
『それは我の名前が知りたいと言う事か』
「え、そうだけど」
『本当に知りたいのか』
「どうしても、言いたく無いなら別に言わなくても良いけど」
『そうか、そうか、どうしても我の名前を知りたいのか。そんなに我の事が気になるなんてしょうがない奴じゃのう』
「え、いや、別にそこまで必死に成って聞きたい訳では」
『我の言葉を理解出来たお主じゃからな特別に、と・く・べ・つ、に教えてやっても良いぞ』
「だから、もう言わなくても」
『よく聞け、我は遠き異国に存在する御山に住まう伝説の大蛇を先祖に持ち…………』
「はぁ…………」
『…………と言う訳で我の名は、蘇芳ノ上鬼丸大大蛇と言う。お主は特別に蘇芳と呼ぶことを許すぞ』
長ったらしい前向上を溜め息を突きながら聞き、最後にようやく名前を教えてくれた。
名前を聞くまでの間に、後頭部の傷口が直っていたし、かれこれ一時間位は聞かされていただろうか。
「わかったよ。えっと、スオウ」
『発音が少し違う気もするが、まぁ良いじゃろう。所でライドよ、お互いに名前を伝えあった中じゃし、我らはもう友達って事でいいのじゃよな』
「え、あー、うん。良く解らないけど、そうしたいならそれで良いんじゃないか」
なんで急に心的距離を近付けて来たんだろう、この巨大生物は、いや蛇なんだっけ。
スオウが前向上を話している際に自身を異世界から来た蛇だと名乗った。
この世界では稀に異世界から、こちらの世界に迷い込んで来るものがいるので、不思議な事ではない。それは時に物で有ったり、人で有ったり、魔物であったりと様々だ。
つまりこの目の前にいる巨大生物、もとい大蛇スオウも元はこの世界の住人では無いのだが、ある日眠りから覚めるといつの間にかこの洞窟の中にいたのだとか。
『ふ、ふふふ、我に友達。もう諦め掛けて居たが遂に我にも友達が出来たのじゃ。ふふふ、ふふふ、ぐへへ』
頼むからその気持ち悪い笑い声は心の中でして欲しい、頭に直接聞かされるこっちの身にもなれってんだ。
『そうじゃライドよ、お主、洞窟の外に出たく無いか』
「そりゃこんなじめじめした所には長く居たく無いから出たいけど、出口を知らないからな」
『ならば我が出口まで案内してやるぞ。その代わりと言ってはなんだが我の頼みを聞いてくれぬだろうか』
「まぁ出口を教えてくれると言うなら、僕に出来る事はするけど」
『そうかそうか、そうじゃよな。我らは既に友じゃ。友は対等な立場にしてお互いを支えるもの。お主は我の願いも聞き届けてくれる最高の友じゃよな』
「そういうの良いから、早くその願いとやらを言えよ」
『うむ、そうじゃな。あまり悠長にしていたら日が暮れてしまうからのう。実は頼みと言うのはこれをどうにかして欲しいのじゃ』
そう言って、スオウは自身の巨体を器用に動かして洞窟の奥に通じる道を作り、その道の先には何かの模様らしきものが描かれた壁が見える。
壁に描かれている模様は紫色に怪しく光輝いており、近付いてよく観察してみると六芒星と円を掛け合わせた形の中心に蛇らしき絵が描かれており、その周囲にびっしりと見た事も無い文字が書かれている。
『これのせいで、我はこの洞窟から出る事が叶わなくてな。それどころか我の本来の力もかなり弱まってしまい、お主にしているように言いたい事を相手の頭に直接送り込む事しか出来なくなってしまったのじゃよ。じゃがそれもお主以外は聞き取れていないようで困っておったのじゃ』
「これって、魔法陣ってやつだろ。魔法なんて使えないけど、僕にどうにか出来るものなのか?」
『あぁ、魔法が使えないからと心配せんでも問題ない。魔法陣を壊す方法は我が教えるから、お主は指示に従って魔法陣を壊してくれれば良いのじゃ』
「方法を知っているなら、自分で壊さないのか」
『それが出来ていれば、今こうしてお主にわざわざ頼んだりせず、自力でこんな場所でておるわ。この封印の魔法陣は術の対象者が触れることが出来ない様になっているようでの。そこで我の声を聞くことが出来るお主に、魔法陣を壊してほしいと言う訳じゃ。それでどうかのう、やってくれはせんじゃろうか』
「まぁ、出口を教えてくれるなら断る理由も無いからいいけど」
『そうか、では早速頼む。そう、それじゃ。先ずはそこを…………」
スオウの指示に従って指定された文字を順番に削り、最後に円の部分を丁寧に削って消して行くと、先程まで紫色に輝いていた魔法陣から光が失われていった。
『おぉ、おぉぉ、おぉぉぉぉぉ、身体が軽い、軽いぞ。あぁこの瞬間を一体どれ程待ちわびた事か、感謝するぞライドよ。お主は今日から我の盟友を名乗る事を許すぞ』
友達とか言っていたのに、一々上からものを言って来るのは何でなんだか。
「まぁ、何でか気に障ったりしないからいいけどさ」
『うん?ライドよ何か言ったか』
「いや、何でもないよ」
『そうか?まあ良い、我は今気分が良いからな。どれ、出口まで案内する前に少し良いものを見せてやろう』
スオウはそう言うとぐるぐると蜷局を巻くかの様に僕の周りを回り始めたかと思うと、次第にスオウの身体を中心に霧が立ち込めて行き、やがて濃霧の様に濃い霧が洞窟全体を包み込む。
一瞬、お前にはもう様は無いとか言われて襲われる事を警戒するが、その不安を晴らすように数分後には、洞窟内を埋めつくした霧が次第に一ヶ所に集まって行き、霧が晴れて行く。
晴れ行く霧の先には、人間一人分の影がいつの間にか現れていた。
「どうじゃこの姿は、我だって本来の力が使えればこのように人の姿に化ける事も簡単なのじゃよ。どうじゃ、存分に褒めると良いぞ」
霧から出て来た一見人間の様にも見えるその身体は、腹部や手足の一部に大蛇の時と同じつやつやした白い鱗模様の肌が見え隠れしており、縦長の瞳孔をした蛇目は相変わらずキラキラと光り輝いている。
長い黒髪を靡かせて、シュルシュルと二股の蛇舌を見え隠れさせてにっこりと微笑み掛けて来る女性が目の前に現れて喋り掛けて来る。
「え、あ、うん。あの巨体がここまで小さくなるのは凄いと思うけど……」
スオウが人間に変化したという姿は博士が最近造っていたキメラの姿と似ており、生きていれ
ば、このような姿に成長していただろうかと考えると少し悲しみが溢れて来る。
「?何を神妙な顔をして居るのじゃ。まさか、どこか変な所でもあったのか。くっ、我も流石に長い間、変化を使っておらんかったからブランクと言うやつになっておるのか」
「確かにちょっと違う部分はあるけど、問題無いと思うぞ。それより早く服を着ろ、それじゃあ風引くぞ」
尻尾を隠す為に羽織っていたローブを人間に化けたスオウに放り投げると、スオウは「友達から初めてのプレゼント」と喜びだした。
スオウが僕の渡したローブをを羽織り始めると嬉しそうな顔で口を開きだす。
「我は、今まで人間は信用ならぬ者だと勝手に決めつけて居ったが、全ての人間がそうでは無かったのだな。父がいつも言っていた人間とも和解出来る日が来るとは、長生きもするものじゃなライドよ…………」
喋っていたスオウが突然口をパクパクとして驚きの表情を浮かべていた。
スオウの視線の先には先程までローブで隠していた僕の尻尾がある。
「お、お主人間じゃなかったのか。いやでも、え?え?」
驚愕のものを見た様な顔で固まるスオウ。
「なんだ、人間と思われていたのか。明らかに人間のものじゃない耳が有るんだから分かっていたのかと思っていたんだが」
最初にこの洞窟で目覚めた際に、頭部の傷を確認しようと帽子は既に取っていたので、スオウからは僕の頭に生えている狼の耳が丸見えだったと思うのだけど。
「そ、そんなもの、この暗闇の中で見える訳無いじゃろ。くっ、折角人間の友達が出来たと思っておったのに、ぬか喜びしてしまったでは無いか」
「スオウは人間じゃなきゃ友達にならなかったのか。悲しいな僕にとってはスオウが初めての友達だったのに、スオウにとって友達は人間以外じゃダメってことか。あーあ、悲しいなー」
悔しがっていたスオウの反応が面白かったので、他の反応を見てみたいなと思ってそんな事を口にしてみたのだが。
「う、そんな事を言うでない、我にとってもお主が初めて出来た友なのじゃ。人間で無かったからと言って、お主を蔑ろにするきは無いぞ。だから、そう悲しむな。我らはこれからもずっと友のままじゃ。第一人間がどうか確認しなかった我にも責任があるからな」
からかって色々な反応を楽しむ気でいたのだけど、これからもずっと友達なんて言われると思わなかった。まぁ、そんな風に言われたら、あまり悪い気はしないな。
「ありがとう」小さな声でそんな事を呟いた。
「今、何か言ったのか?」
「何でも無いよ、それよりも出口まで案内してくれるんだろ。こう暗くてじめじめした所は出来ればあまり長居はしたく無いんだけど」
「おぉ、そうじゃったな。我もいい加減外の新鮮な空気を吸いたかったのじゃった、では、案内するから付いて来るがよい」
その場にしゃがみ何かを拾い上げた後、スオウは意気揚々と歩き始め、その後ろに付いて行き、洞窟の出口を目指してその場を後にした。
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