第一章 旅の始まり3

 魔物を狩るようになってから数年が経ったある日、いつもの様に博士から指定された魔物を狩って工房に戻ると、玄関の前で博士と見知らぬ人物が話している姿を発見した。


 見知らぬ人物はローブを深々と被っており、顔を隠す様に機械仕掛けの仮面を付けている。


 博士に来客が来ている事に驚きつつも二人の元まで歩いていると、こちらに気付いたらしいローブの人物が声を掛けて来る。


「やあ、こんにちは。君が博士の言っていたライド君だね」


「え、あ、どうも。こんにちは」


 突然名前を呼ばれた事にも驚いたが、それ以上にローブの人物が発した声が機械音声だった事の方にびっくりしてしまう。博士から以前聞いた事が有ったので知識としては知っていたものの、人の声とは違う男とも女とも聞き取れる合成された声を初めて聞いた時は、言葉を聞き取れはするものの何だか違和感を感じてしまう。


「博士、この人は?」


「こいつは、帝都にいた頃に錬金術を教えていた教え子の一人でね、丁度近くを通る用事が有ってここに立ち寄ったらしいんだ」


「ドーマスって言います。よろしくねライド君」そう言ってドーマスはまるで素肌を隠すよ様にはめた分厚い手袋を付けたまま握手を求めて片手を差し伸べて来る。


「あぁ、すまない。もしかして握手は知らなかったのかな」


「いや、そんな事は無いけど……」


「なるほど、この手袋が気になるんだね。でもすまない。有る理由から素肌を見せる事が出来なくてね。無礼とは思うが君を蔑ろにするつもりは無いんだよ」


 ドーマスは申し訳無さそうな様子でそんな事を言ってくるものだから、何だかこっちまで申し訳ない気持ちになり、差し伸べられた手を握り返し握手をする。


 するとドーマスは突然僕の手を撫で始めた。


「おぉ、おぉぉ。凄い。人間と変わらない、いやそこらの人間以上に良い肌ざわりじゃないですか。流石は博士ですね。やっぱり次の錬成に使う材料は……」


 ドーマスは分厚い手袋のまま何度も人の手を撫でて、ブツブツよ呟き始めた。その様子に若干気味悪さを感じて手を振り払おうとするが「あ、あれ。なんで」何故かまったく動けず、振り払え無い。


 まるで何か、自身よりも数倍以上の力で押さえつけられているかの様に思えてしまうが、どう見てもドーマスはそれ程の力を加えて居るようには見えなかった。


 助けを求めて博士の方を見ると「すまないが、少しの間辛抱してくれ」と言われた。


 そして数十分近くの間、手袋を付けているのになんでこんなに器用に動かせるんだろうとか思いながら、終わるのを待って居ると、ようやく満足したのか解放してくれた。


「いやー、すまなかったね。一度疑問や興味を持つと自分が納得するまで止められない性分なもので」


「まあ、別に手を触られるくらいなら構いませんが」そう言うと、ドーマスがホッと一息付いて


「嫌われなくて良かった」とか呟いていた。


 嫌われる心配をするくらいなら、始めかしなければ良かっただろうに、と心の中で思いながら空を見上げると、日がくれ始めていた事に気付く。


「博士、そろそろ夕飯の仕度も有るので工房に戻りますけど、良いですか」


「ああ、構わないぞ」


「ライド君、手を触らせてくれてありがとう。良い研究の参考になったよ」


 そう言って来るドーマスに軽く会釈だけして、狩ってきた獲物を担いでようやく工房に戻る。玄関の扉を閉める際に、博士とドーマスの会話が少しだけ聞こえてきた。


「さっきの話だがやっぱり遠慮しておくよ」


「何故です博士、これは博士の研究の為にも……」


 聞こえて来る二人の会話は少し気になったが、これ以上待たせると後が怖い人物がいるので足早に工房の奥へ進む。


 何時もの様に指定されて捕まえて来た獲物の一匹を研究室にあるケージに入れた後、残りの一匹を持って急いで調理室に向かう。


「遅い。いつもより40分も遅いよライド。遅れるなら先に連絡してよね」


 調理室に入った途端、セリカの声が聞こえてくる。


「連絡って言われても、通信魔法も使えないのにどうやってしろというんだよ。それに遅れたと言っても、たった40分だろ、セリカは細かすぎるんじゃないか」


「私が細かいんじゃ無くて、ライドが大雑把なだけでしょ。自分で帰る時間を決めるて出て行く癖に遅れてくる方が悪いんじゃなの」


「まあまあ、ライドお兄ちゃんもセリカお姉ちゃんも落ち着いてよ。こんな所で喧嘩してたら晩御飯を作るのが遅く成っちゃうよ。それに今日は私に料理を教えてくれる約束だったでしょ」


 セリカとの口論に最近料理を担当し始めた妹が仲裁に入る。子どもを窘める様な落ち着いたその声を聞きようやく冷静さを取り戻した。


「あ、あぁ、そうだな。すまない。取り敢えず魔物を裁いて来るから、二人は他の用意をしておいてくれ」


 少し気まずい空気の中、三人で夕飯の準備にようやく掛かり出す。


 *  *  *


「「ごちそうさまでした」」


 夕食を食べ終えた後、食器の片付けをしている際に先程夕食の準備をする前にセリカとの口論を仲裁してくれた妹のタマコが話しかけてきた。


「ライドお兄ちゃん、後でちゃんとセリカお姉ちゃんに謝りに行かないとダメだよ。口では文句とかよく言うけど、本当はライドお兄ちゃんが帰って来るまでに怪我をしてないかとか心配してたんだから」


「う、まあ、セリカに心配を掛けさせたのは悪かったと思うけど、でもあんな言われ方されたら言い返したくも……」


「でも、じゃないよお兄ちゃん。少しでも悪いと思っているならちゃんと言葉で謝らないと。ずっとギクシャクしたままに成っちゃうよ」


 タマコのずっとギクシャクしたままという言葉が胸に痛く刺さる。確かにそれは嫌だ弟や妹達に嫌われたくない。


「タマコには敵わないな。分かった。食器を洗い終わったら、ちゃんと後で謝りに行くよ」


「よろしい。兄妹喧嘩をした時は早く仲直りした方が良いもの。私も皿洗い手伝うから、終わったらちゃんと行くんだよ。ライドお兄ちゃん」


タマコの協力も有り早く終わった片付けを終えた後、セリカを探して工房内を歩いていると、騒がしい声が聞こえてくる。


「あ、ライド兄ちゃんだ、今日こそ特異能力の使い方を教えろー」


「「教えろー」」


 工房の廊下に立ち塞がるかの様に弟達が立ち塞がった。


「前にも言っただろ。同じ能力じゃないんだから、教えられる事なんて前にも教えた魔力を制御

する為の訓練くらいしかないぞ」


「でも、兄ちゃん。あれ退屈なんだよ。もっとこう、なんか凄いのを教えてくれよ」


「「そうだ、そうだ」」


 弟達は僕を囲むように立ちはだかり、口々にそう言ってくる。


「悪いけど、今は構ってる時間は無いんだ。また明日帰って来たら遊んでやるから、通してくれ」


「えー、じゃあさ、じゃあさ。あれ見せてよ、この前ライド兄ちゃんがやってた全身鎧になる奴」


「あ、それ僕も見たい」「見せて、見せて」


 弟達が無邪気な笑顔で、ランランとした瞳を輝かせてこちらを見てくる。く、やめろー。そんな目で見るな―。期待に応えたく成っちゃうだろ。


「す、少しの間だけだからな」そう言って、大量の魔力を消費して全身に鎧を創り出し纏って見せる。魔力消費が大きいし、まだ身体のサイズに合わせ切れていないので、出来ればあまり使いたくは無かったのだが、可愛い弟達の頼みと成れば、無下に断る訳にもいかないしな。


「わー、カッケー」「兄ちゃんスゲー」「俺もいつかこんな事出来る様に成りたいな」


「出来る様に成りたかったら、ちゃんと魔力を制御出来る様に訓練しないとな」


 目を輝かせている弟達にそう言うと、えー、という不満そうな声を出される。


「兄ちゃん本当に魔力を制御するには、あれをやらないといけないのかよ。俺達いつも凍えそうになるから嫌なんだけど」


 弟達の嫌がる魔力制御の特訓とは、座禅を組んで目を閉じ深呼吸を繰り返すだけの事を言っている。己の内側を見つめ直す事で、自然と自身に流れる魔力を感じ取れるようになるのだが、どうも室内ではあまり効果が無い様なので屋外でしなければいけないのだ。


 だが、雪の降る中で動かずにその場に居るのは確かに、まだ幼い弟達には辛いし退屈なのかも

しれないが、寒さだけなら対策する方法がある。


「暖房持って行くか、厚着すれば問題無いだろ」


「「兄ちゃん天才かよ」」弟達はそう言うと暖房を取りに廊下を走って行く。


「夜は危ないから、するのは明日にしろよ」走り去る弟達の背中にそう声を掛けると、弟達は振り替える事無く「「分かった」」とだけ言って、あっという間に地下の方に向かってしまった。


 弟達がその場を去った事で、邪魔する者も居なくなり再びセリカを探して、工房内を歩き回る。そしてようやく寝室でセリカの姿を発見した。


 皆が寝るベッドが並べられる寝室の一角で本を読み続けるセリカの元まで歩み寄り声を掛ける。


「此処にいたのか」


「何か用」セリカは本からは目を離さずに不機嫌そうな声でそう返事を返して来た。目も見てくれないセリカが発する謎の圧力に気圧されながらも、セリカの目の前まで歩いて行き頭を下げる。


「さっきは、悪かった。これからは遅れないように気を付けるから許してくれ」


「…………」セリカは無言のままパタンと本を閉じ、そしてゆっくりと口を開く。


「別にもう起こっていないわよ。私も少し頭に血が上って遅れた理由も聞かなかったのも悪いと思っているし。でも次からはちゃんと先に遅れた理由が有るなら言ってよね」


 セリカはまだ不機嫌そうな声でそう言って来る。言葉をそのまま鵜呑みするならもう怒っていない様に聞こえるのだが。


「それは分かったけど。じゃあ、なんでまだ不機嫌なんだ」そういうとセリカは少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませた。


「博士から聞いたわよ。今日ドーマスさんって女の人にずっと手を握られていたから、遅れたんですってね。博士の知り合いなら断れないのは仕方無いかもしれないけど、ライドばかり美味し

い思いをしていたと思うと機嫌も悪くなるわよ」


 ああ、なるほど、それで怒っているのか。セリカは大人の女性に憧れているもんな。


「ん?……え、あの人、女性だったの」いやまぁ、姿を隠していたから性別は分からなかったけど、てっきり男の人だと思っていた。


「なに言っているの。博士は凄い美人の大人の女性だって言ってたわよ」


「いや、あんな恰好してたら、言われないと性別とか分からないし」


「あんな恰好?」セリカにドーマスと出会った事の話をすると、セリカの不機嫌そうな声や表情はいつのまにか無くなっていた。


「え、じゃあ手袋をつけたままずっと撫でられていたの」


「あぁ、何故か手を振り払えなくてな。解放されるまでずっとだぞ、それは丁寧に一ミリ事に感触を触れ続けてたんだからな」


「それは、ふふ、大変だったね。ふふふ」セリカは笑いを堪えながらそう言ってくる。堪えられて無いけど。


 少しの間話しただけだけど、すっかり機嫌が直ったセリカと打ち解ける事が出来た。


 その後、タマコが部屋に入って来て、セリカと話したいと言ったので、研究の手伝いに向かう時間も迫っていた事もあり、部屋を後にする。


 研究室に入ると博士は見慣れない物を手にして、呆然と眺めて黄昏ていた。


 この時間、いつもなら研究の準備を既に取り掛かっている筈の博士が、まだ何の準備もしていない事なんてこれが初めてだった。


「博士、どうしたんだそれ」博士が研究の準備を始めていない理由で有ろう、それが何なのか気になり聞いて見る。


「ライド、来ていたのか。これは、さっきお前も有ったドーマスから別れ際に預かってな。懐かしい代物だったからつい呆けてしまっていた様だ」


 そう言って博士が見せて来たのは、ある家紋のが描かれている蓋をした懐中時計だった。中に写真の様なものを挟んでいるのが見えて気には成ったが、その前に聞きたかった事を尋ねて見る。


「そう言えば博士、さっきは聞き逃したけど。ドーマスさんってなんであんな恰好をしているんだ。セリカから聞くまではてっきり男の人だとばかり思っていたんだけど」


「それは……、まぁ別にお前には話しても問題ないのか。ドーマスの家系は少々特殊でな、日光の有る場所では肌を見せる事が出来ないんだよ。実はあの仮面の下は誰もが羨む程の美貌を持っているんだぞ。もし今後、お前が彼女と出会う事が有れば一度は見てみると良いさ」


「見てみると良いさじゃないよ、博士。まったく何を言ってるんだか。それよりも今日は研究どうするんだ」


「……お前本当に男なのか?美女に反応しないとか、時々怪しくなるぞ。はぁ、今日は簡単なものだし手伝いは要らないから、戻っても構わないよ」


「それなら見学してても良いか」


「別に構わないが、退屈だと思うぞ」


 博士はそう言いながら、一人でケージに入れた魔物を使い錬成を始める。


 僕は錬金術を使えない。正直な事を言えば錬金術の良さとかも博士程理解してるとは言えない程度だ。だけど昔から博士が研究をしている姿を見るのが好きだった。


 始めの頃は、こうして近くで博士が研究している姿を眺めて居たのだが、いつの間にか隣に立って手伝うのが当たり前になっていた。


 そんな訳でほぼ毎日の様にこの時間研究室に来ていたのだが、突然手伝わなくても良いとか言われた所で、他にする事も無いのでこうして今日の所は時間まで見学している事にした。


 しかし研究を手伝っていた事で、変に知識が付いたお陰で新鮮味が無くなったからだろうか、昔はもう少しキラキラして見えていたと思うのだけど、今こうして改めて眺めていると、魔物の腕や脚を千切って錬成釜に入れる姿はなかなかグロテスクに思えて来た。


「そう言えばライドは何かやりたいこととか無いのか?」僕が退屈しないように気を使ってか、博士は手を止めずに後ろ向きで話しかけて来る。


「やりたいこと?うーん、今のところそう言うのは思い付かないな」昔は何かしたい事が有った気がしたけど。すっかり何をしたかったのか思い出せなく成ってしまっていた。


「ふむ、そうか」博士はそう一言だけ言った後、黙々と作業を続けた。


 しまった、普段中々気を使う事なんて無い博士が折角、話し掛けてくれたのにすぐに会話が終わってしまった。今からでも何か別の話でもした方が良かっただろうか。でも何を話したらいいのか思い付かない。


 そうこう頭の中で話しの種を探して居たが、全然思い付かずに零時の鐘が鳴る。


「今している研究が一段落付いたら、何かしたいことを考えてみろ。なんなら旅に出るとかでも良いと思うぞ。ライドから確認したかった研究データは概ね取り終えたからな、後は他の奴からでも確認出来る程度の内容位のものだから。研究の事で後ろ髪を引かれる必要は無いぞ」


 淡々と語る博士の言葉に、つい裏を読もうとしてしまう。


「それって、博士は僕に此処を出て行って欲しいってこと?」


「そうじゃないさ。成人に近付いた者から順番に同じ様な事を聞いて、今後は好きに生きる様に伝えるつもりだ。そもそも最初から私はお前達を束縛し続ける気は無いからな、研究さえ終わればお前達全員が旅に出るとか言い出しても止める気は無いし、別に此処に留まると言うなら好きにすると良いさ」


「もし全員が旅に出るって言ったら、博士はその後どうするつもりなのさ」


「そんな事、お前達が気にする必要は無いさ。それよりもう就寝時間だぞ、早く部屋に戻って寝なさい」


 博士が強引に話しを終えた事には不満を感じつつも、明日も朝早くから狩りに向かわなければいけないので渋々、指示に従い寝室に戻り眠りにつく。


 博士が何を考えて、あんな事を言い出したのかが分からない。なんたって今まで博士は研究に関係する事ばかり口にしていたのだ。むしろ、研究に関わらなければどうでも良いとでも言うかの様に行動して来たし、研究を終えたらなんて話しは一度もして来なかった。


 そもそも研究が終わる事なんて無いものと思っていた。いや、本当は違う。心の何処かで、この日々がいつまでも続いて欲しいと思って、研究が終わった後の事なんて考え無いようにしていた。


 でも、博士の話しを聞く限り、きっと研究も終わりに近付いて居ると言うことなんだろう。恐らく今の日常もそう長く続かないのかもしれない。


 もし研究が終わったら……、僕はどうするべきなんだろう。博士は出て行くも留まるも自由だと言った。なら僕はどうしたいんだろう。


 それを考えた時、瞼の裏に二つの光景が見える。一つは博士や兄妹達と共に生き続ける未来。もう一つは旅をする自分の姿。


 僕はこの時、―――――を選んだ。運命と呼べるものが在るのだとすれば多分この時に動き出したんだと思う。僕の選択を否定する為に。


 早朝、いつもの時間に目覚めた僕は、いつもの様に弟と妹や博士に見送られて森に向かう。博士から今日は森の奥に生息する魔獣を捕まえて来て欲しいとのことだったので、いつもよりも深

い場所まで木々を掻き分けて森に向かう。


 最初に森に入った頃に比べたら、各段に狩りの腕は上がったんだとは思う。まぁ、ほぼ毎日森に入って居れば誰だってそうなるのだろうけど。今じゃどの時間帯、どの場所に魔物や魔獣が居るか、総数がどのくらいなのかが全部頭に入っている。


 だからこうして、待ち伏せていれば……。来た。


 クイッと仕掛けた装置を機動すると、獲物は簡単に仕掛けに掛かる。後はそれを持ち運び易く気絶させて縛り上げれば完成っと。


「えーと、今日は後一匹欲しいから、あっちの方に行くか」


 捉えた獲物を担いで他の獲物を狩りに向かおうとした時、何気なく周囲を見渡すと空に黒い煙が上がっているのを発見した。場所はそこそこ離れている。方向は……「え、あそこって」状況が呑み込めずにその場で立ち尽くしてしまう。


 そんな中で、ドーンと爆発音が鳴り響く。そして煙の上がっている場所で炎も上がっており、木々が燃えている様子が見える。


 ぞっとした。一瞬だけど息も出来てなかったと思う。なんたって、今見ている黒煙の上がっている場所は工房なのだから。何が起きているのか理解出来なかった。


 二回目の爆発音を耳にした瞬間、僕は考えるよりも先に身体が動き出していた。担いだ獲物を捨て去り、全力で工房に向かい走り出す。


 道を塞ぐ木々にぶつかろうと構うこと無く全力で走り続ける。途中、枝や棘が当たって身体中にあちこち切り傷が出来たが、そんな事を一々気にする事も無く、唯ひたすらに仲間の無事を祈りながら走り続けた。そして、そんな祈りを嘲笑うかの様に再び爆発音が何度も鳴り響く。


 休む事も無く走り続け、息を切らしながらようやく目的の場所に辿り着く。だがそこには、朝見た家族の笑顔が思い出せ無くなる程の残酷な光景が広がっていた。


 もはや原型を止めていない工房だったもの、元の形から掛け離れた家族のバラバラにされた姿。そして何度も必要以上に刺されて殺された博士がそこにあった。


 周囲はいつか見ていた夢と同じように炎が囲み、今尚も煙を出し続けている。そして家族だったものを踏みつける人間達数名が各々の武器を構えて、僕を囲んでいる。


「まだ、生き残りがいたのか怪物め。我らが神の生贄に……」人間達は何やら良く分からない事を言っている。僕には彼らの言葉が解らなかった。


「貴様らの様な下賎な者がいるから、我らの神は幸福を……」人間達は皆一様に白い装束を纏い、何処かで見た事のある金の首飾りを身に着けている。僕には彼らの目的などどうでも良くて聞く気にもならない。


「お、お前は一番村に出入りしていたガキじゃねぇか。やっぱり俺を騙していたんだな、俺に嘘を付きやがって」そう言って来た声には聞き覚えがある。雑貨屋の店主だ。白い装束を来た人間達の後ろに隠れる様に、他の村人と一緒に博士の周りで血の付いた刃物を持って立っている。


「お前見たいな化け物がいるせいで、雨が振らなくて作物が育たなかったんだ。俺達神に選ばれた人間様のじゃましか出来ない亜人風情が」


「み、皆さん早く、早くそいつを殺して、じゃないと私達が天罰を受けてしまう」


 村人達が口々に何かを叫んでいた。僕には彼らが何を言っているのかとかもうどうでも良いい。


「…………」全力で走った為、呼吸は荒くなっているのだが、どうしてか僕は冷静だった。冷静に創り出す武器の準備に取り掛かる。今まで使って来た武器、今目の前に丁度よく見せてくれている武器を頭の中で設計図を描くかの様に組み立てている。


 何故か苛立たしい様子の村人が何かを喚きだした。


「おい、何黙っているんだよ。人間様の邪魔した事を謝れよ。そしたらこいつ見たいに惨たらしく殺してやるからよ」


 喚く村人がそう言って、何か固い物を力強く踏みつけた。


「こいつは、俺らに泣いて許してって言ってたんだぜ。服を剥がれても、腕を落されても他の皆の命だけはってさ。傑作だったよ。だからお前も同じ様に謝れって言ってんだ。そしたら俺ら人間様の退屈凌ぎにして、お前ら見たいな下等生物を有効活用してやるからよ」


 村人は何度も何度も何度も、それを踏みつけながらそう喚いてくる。まるで、自分にはそうする権利があると主張するかの様に何度も何度も、それを踏みつける。


 綺麗だった緑色の鱗。最近生え変わったばかりだった弟の成長の証。ピートの鱗を何度も僕の目の前で踏みつけて、そしてパリンと踏み砕かれた。


「―――――」どうやら、あいつは僕の神経を逆撫でする天才らしい。


「良し、決めた。お前は最後だ。最後に同じ目に合わせる」


「はぁ、何言って」喚く村人が何かを喋り終える前に、僕は動いていた。


 まず僕を囲む、邪魔な白装束共を一斉に攻撃する。


 剣に槍、とにかく刺せる物なら何でも良い、手あたり次第に創り出し、周りを囲む全員の腕と頭を貫く。何度も森に行って狩りをする際に、時折集団で行動する魔物に囲まれることはよくある事だ。当然囲まれた際に道を開くすべは身に着けてある。


 当然相手の数が多ければ討ち漏らす事もあるし、次の手段もちゃんと用意してある。


 ただ唯一予想外だった事は、相手の連携がまるで取れていない事だけだ。


 討ち漏らした敵の何人かが、こちらの反撃等予想もして居なかったとでも言うように慌てふためき逃げ出して、森の奥に消えた。そして逃げ出した奴らが、どいつもこいつも今の時間帯魔物の群れがいる方向に逃げて行き、遅れて絶叫が聞こえて来る。


「お、お前。まさかまだ仲間が居やがるのか」


 僕が怯えて動けずにいる白装束を一人ずつ止めを刺す中、家族を踏みつけていた村人達が勘違いして怯えだした。


「…………」僕はその村人達に何も答えず、唯目の前にいる奴らを刺す。


 森中から聞こえる悲鳴と、僕が止めを刺す白装束の悲鳴で村人達が尻もちを付いて、涙を流しながら打ち震えだした。


 最後の白装束に止めを刺し、人数分の悲鳴が聞こえ終えた後、一歩ずつ残った村人に向かい歩き出す。


「た、頼む。殺さな」一人目の首を刎ねる。


「い、嫌だ。死にたく、な、い」二人目の頭を刺し貫く。


「ふざけんな。俺は、俺は大金を手に入れ」グチャという音と共に店主の頭を叩き潰す。


「く、来るな。き、貴様ら亜人は俺ら人間様に逆らったらどうなると思って、ひぃ」


 最後に残った喚く村人の目の前に剣先を向けて立ち止まる。


「逆らったらどうなるんだ」


「そ、それは……」


 突然こちらが村人の言葉を聞き返すと村人は、急に途惑いだしたかのように言葉を詰まらせる。


「どうなるのかと聞いているんだ」村人の手首を斬り付ける。


「ひぃ、お、お前なんて我らの神に掛かれば……」


「掛かれば?」再び言葉を詰まらせる村人の脚を一部切り落として無理やり這いつくばらせる。


「た、頼む。俺が悪かった悪かったから」必死に謝り出した村人の片腕を切り落とす。


「お願いだ。いや、お願いします。どうか、命だけは」這いつくばる村人の頭を踏みつけて、地面に擦り付ける。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」村人は同じ言葉を繰り返すしか出来なくなった。だから止めを刺す。


「こんな事の何が楽しいんだ。趣味が悪いなお前達」独り、そう言って息絶えた村人の頭を蹴り飛ばした。


「博士から聞いては居たが、本当に人間は簡単に死ぬんだな。その事をまさか自分の手で確認する日が来るとは思ってなかったが」


 いつも買い物に来ていた麓の村で屍の山を築いて、独りそう呟く。


「なぜ、こんな酷い事をするんです。私達が一体何をしたというのですか」


 目の前で座らせている一人の村人が、僕に向かてそう言って来る。


「なぜ?なぜ、かぁ。そうだな理由は自分の旦那に聞いてくれないか。もし死後の世界とやらが存在するならの話しだけど」


 そう言い終わると同時に、最後の一人に止めを刺す。


 最後に血や油の酷い臭いが立ち込める村に火を放った。ほぼ全て木造の建物で密集しているからさぞ燃え上がる事だろうそこに、連れてきた村人と白装束の人間を放り込んで、そのまま工房まで戻る。


 日が暮れて暗くなる中、家族の欠片を一ヶ所に集めて火を放つ。この世界で死体を放置するとやがて理を外れた怪物になるらしい。例えバラバラにされたとしてもだ。だからこうして火にくべる。家族の元気な姿を少しでもまともに覚えられる様に、だって殺された家族が醜い化け物になるなんて、今の僕には耐えられないのだから。


 ボウボウと燃え上がる炎を眺めて、家族だったものが灰に変わって行く姿を見届けて朝を迎える。


 そして、食事も取らず。眠る事も無く。ただひたすらに黙々と墓を作った。不格好な石を削って灰を埋めただけの墓。それを眺めて時間を過ごす。


 ふと、最後に見た夢で選んだものを思い出す。『家族と共に生きる事』僕はその未来をあの夢で選んだ。すると現実はどうだ、まるで僕の選択を否定するかのように、その未来を奪われた。


 復讐は、あっさり終わった。墓も作った。あとはもう他に何もする気が起きない。


 僕は唯、此処で時間を過ごす。野垂れ死んで終わりを迎えるその瞬間を待って、唯々ずっとその時を待つ。


 だが、ようやく待った瞬間を受け入れる前に、転機が訪れる。


 座っている事すら出来なくなって、横に倒れた時に雪の中から、何かの光が見えたのだ。


 意識が薄れ、身体も凍え、ようやく待っていた死の直前という所で、僕は何故かその光の正体が気になった。その正体を死ぬ前に確かめないといけないと感じたんだ。


 降り積もった雪の上を這い、光を見た場所まで進む。多分歩けば大した距離でも無いんだと思う。でも今の僕には一山を越える様に大変だった。


 それでも僕は辿り着いた、何時間と掛けてようやく光の正体に手を伸ばす。


 それは一冊の手帳と一つの懐中時計だった。


 手帳は以前博士が使っている姿を見た事がある。懐中時計もつい最近博士が眺めて黄昏ていた物だ。


 その二つは刃物が当たった様な傷が所々に付いていたものの、原型は止めていた。血が付いていて、雪に埋め込まれるような形で置かれたそれを手に取る。


 何故かこの時、僕はその二つの物品は博士が僕に何かを伝える為に残した物だと勝手に思っていたから、掠れた目で中身を見る事にした。


 まず懐中時計の蓋を開けると、歯車の時計と一枚の写真があり、歯車の時計は意味深に午前三時を示して固まっており、時計としての機能は素手に失われているようだった。


 次に写真の方に目をやると、六人の人間が写っている。その中の一人は若き頃の博士が写っていたので、恐らく博士が帝都にいた頃の写真なのだろう。写真の裏には幾つかの数字が書かれていた。数字の意味は良く分からないので取り敢えず閉じて、手帳の方を見る事にした。


 手帳を開くと、所々が血で濡れて読めない部分があったが、そのほとんどは研究に関わる事ばかりだ。博士らしいと思いながら、震える手でページを捲って行くと、あるページで目が留まった。


 そこには、博士が帝国から裏切者と呼ばれても、研究を続けていた理由が書いていた。


 僕はそのページに書かれている文字を読んだ。そして僕はそれを生きる目的にして、僕に出来る形で博士の願いを叶える為に準備を始める。


 新たな生きる目的は僕に活力を与えた。薄れた意識は戻り、身体の震えも自然と止まって、空腹間を感じる様にもなった。


 破壊された工房跡から瓦礫を掻き分けて必要なものと保存食を取り出して、鞄に入れて行く。


「それじゃあ行ってくるよ皆。正直僕が何処までの事が出来るか解らないけど、取り敢えず近場を回る事から初めて見るよ。変えたければまず知る事だったよね博士」


 墓の前で準備を終えて、別れの挨拶をすまして山を降りる。


 これが僕の長くて、楽しくもあり、辛くもあった旅の始まり。今にして思うと結構行きあたりばったりだったかもね。

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