第一章 旅の始まり2

 ここ最近、毎日同じ夢を見る。嫌な夢だ。でもきっと僕にとっても大切な記憶、忘れてはいけない記憶なんだと思う。


 目の前で炎が揺れめいる。逃げる自由も奪われたと言うのに道を塞ぐ様に周囲一帯に広がる炎。


 いつも見ていた建物が、仲の良かった友人や知人が、周りにいた誰もが炎の中で燃やされながら呻き声と助けを呼ぶ掠れた悲鳴が聞こえて来る。でも僕は助けない。助けに行くことさえ許されない。


 だらりと下がる腕、縫いつけられた様に動けない身体、首を捻る事も、目を閉じる事も耳を塞ぐ事も出来ない。


 バタンと大きな音と共に自身の家族が居た家の扉が勢いよく開き、中から返り血を大量に浴びた鎧の人物が何かを引きずって出てくる。


 その何かに僕の視線は誘導された。見たくない、目を逸らすな、見たくない、目を逸らすな。あぁ、ああぁ「あ、あぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」頭に響く自身の声、無理やり飲まされた薬の影響で半狂乱に成りながら、誰かが叫ぶ。


 家の中の惨状が容易に頭に浮かぶ、浮かんでしまう。目の前で見せられた、あの鎧が何をするのかを見せられた。あぁ頭が割れそうだ。


 殺された、玩ばれた、穢された、お父様も、お母様も。きっと弟と妹も殺された。


 今眼下に転がるこれと同じ様に、嫌だ来るな近寄るな。見せるな。それを見せないでくれ。声に出せない願いも虚しく血染めの鎧は迫って来る。


 兜の隙間からにやりとした目で僕を嘲笑う。奴は僕の眼下に今までと同じ様に家から引きずってきたそれを投げ捨てる。


 僕の自慢のお父様とお母様だったそれも最早面影が無い。切り離された首、片目が抜かれて舌を落されたそれを見て、ぐらりと頭の中で何かが揺れる。


「う、うぁ、あぁぁぁぁぁ、げほ、げほ、げほ」煙を吸い込み涙と咳が止まらなくなる。


 そんな僕の様子を奴は楽しむかの様に、にやけた目を更にひきつらせて、狂気じみた笑顔を見せる。


 そして奴は、手に持つ剣を僕の足に突き刺す。そしてぐりぐりと内側を抉る様に捻り、傷口を広げ血を流させる。そして楽し気な笑い声を上げ続ける。


 痛みは無い。飲まされた薬で全身が痺れて感覚といえるものは既に無くなっている。


 あるのは不快感と、恐怖が転じた殺意だけだった。奴を睨む、この手さえ動いたならば近くに落ちている剣を取り今すぐにこいつの首を叩き切ってやるのに。


 奴は僕が睨めば睨む程、憎めば憎む程に喜んでいく。


 少し前、たった一時間前はこんな事になるなんて想像にもしていなかった。偶然こいつが火を放つ放火現場に居合わせた僕は簡単に捕まり薬を飲まされて動けなくなった後、奴は次々と動けない僕の前で村の人間達を殺し始めた。そして僕の反応を楽しむ様に次々と殺した村人の死体を周囲に置いて行ったのだ。


 小さなこの村はあっという間にこいつの手によって滅んだ。最早まともに動けるのは目の前にいるこの鎧だけしかいない。


 何故こいつがこの村を襲ったのか、目的は何だったのか、そんな疑問すら遠に考えられなくなて行き。今はこいつを憎いとしか感じられない。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い、自身の全てが増悪の感情だけに染められるような感覚。


 僕はそれを拒絶する事無く受け入れる。それこそが奴の望みと知らず、唯ひたすらに憎み続ける。


 奴が兜の下から見せる目は、喜びに打ち震えた目だった。


 ズプリと奴の剣が僕の腹を貫く、今まで感じなかった痛みが突然襲って来る。薬が切れ始めているのか僅かに指が動く。だがたった指先だけしか動かせない。


 強烈な痛み、今まで感じた事も無かった痛みから、涙が出てくる。奴は痛みに苦しむ僕の様子を楽しむ為に足にした様にぐりぐりと剣を捻る。


 そして飽きたのか急に笑うのを止めて剣を横に掃い、内臓を外に引きずり出す。


 奴は引きずり出した内臓から何かを探して、臓器の一つを拾い上げ、踵を返して村の外に歩き出した。


 朦朧としてゆく意識の中で奴の背を睨み、遅れて動く様になった片手で地面に転がる剣を掴む。


 そして離れてゆく奴の背中を追うように這い進み、何度も、何度も、声を出せない代わりに心の中で意識のある限り同じ言葉を繰り返す。


 殺してやる。殺してやる。殺してやる。必ずお前を殺してやる。どこにいようが、お前が何になっていようが貴様を殺して、貴様の血縁も、貴様の友人も、この世にいた痕跡すらも抹消してやる。


 *  *  *


 強烈な吐き気がしてベッドから身体を起こす。ぐっしょりと噴き出している額の汗を拭い、薄暗い辺りを見渡す。


 窓の外はまだ暗く空に浮かぶ青い星が僅かな光を部屋に照らしていて、時計を見てもまだ真夜中である事が窺える。


 隣でぐっすりと眠る仲間達の姿が目に入り、起き上がった音で目を覚ました者がいない様子を見てホッと胸を撫で下ろした後、眠りに付いている皆を起こさない様に静かに部屋を出て、洗面所に向かう。


 バシャバシャと水で汗を洗い流し、鏡に映る自身の表情を見ると、やつれた様な酷い顔をしていた。


 鏡に映る血を連想させる様な自身の赤黒い髪のお陰で、先程の夢を鮮明に思い出してしまう。ここ最近毎日眠る度に見て、目が覚める度に気分が悪くなるので嫌気がさす。


 せめて起きている間くらいは自分の髪の色を見る度に思い出さずに済むように、髪を別の色に染めようかとも考えた事はあったが、何故か染めてはいけない様な気がして、いつも思いと留まってしまう。


 夢の内容はともかく、同じ夢を何度も繰り返し見る事なんて初めてだ。いや、夢じゃなくて記憶なのかな。うーん良く分からないや、取り敢えず博士に相談して見るか。


「……と言う訳で、ここ最近何度も同じ夢をみるんだよ。正直起きる度に気分が悪くなるしどうにかしたいんだけど」


「夢か、夢に関しては専門外なのだが。確か夢は己が無意識に抱く願望を映し出すと聞いた事があるが、もしかしてライドって痛いのが好きなのか?」


「そういう趣味は無いぞ。出来れば痛い事とか遠慮したいし、だいたいあの夢で暗示とかそう言う事をいうならどちらかと言えば恨みとかじゃないのか」


「まぁ、それもそうだな。だとしたら他に考えられるのは、……もしかして」


 博士はそう言って、口元に手を置いて考え出したと思ったら突然、研究資料を幾つか取り出して見比べだした。


「そう言えばそろそろライドは12歳になる頃だったな」


「へ?あ、うん。確か後半年位で造られて12年経つと思うけど」


「なるほど、ならそれが原因かもしれないな」そう言って博士は研究資料を見せつけて気て続けて説明してくる。


「いいかライド、お前の身体を造る際に……」


 そう話し始めて丸々半日に渡る説明を博士から聞かされた。色々と小難しい話も多いがまとめると、僕を造る際に素材にした人間が約12歳前後だったからなんだとか。


 博士がキメラ製作に使うのは生きた人間では無く死んだ人間だけだ。さらに言えば、死の瞬間の記憶は死体にあらゆる形で残るのだとか、僕の場合は怨念が残り、過去の記憶を忘れさせない様に同じ年齢に近付いた事で夢として何度も見せられて居るのだとか。


 また、別の可能性を考えるなら特異な能力に目覚める前兆だそうだ。過去に12歳前後で同じ夢を繰り返し見た人物が特異能力と呼ばれる固有の能力を使える様になったと記録にはあるらしい。


 特異能力の方は現在、使える様になる為の具体的な要因が不明なので可能性の一つ程度に博士は話したが、僕は怨念とかどうでも良いから能力を使える様に成れば良いなとか考えていた。


 話を終えた後、博士は一つの薬を手渡して来る。精神を安定させるものなのだとか、夢を見続ける間はこの薬に頼る事に成りそうだ。


 *  *  *


 そして、その日から約半間が経過して、12歳に近付くに連れて薬の影響もあるのか夢から覚めても、それ程気分が悪くならなくなった頃、怨念よりも能力が欲しいという願いが叶ったのか特異能力を使える様になっていた。


 ある日、いつもの様に家族皆で食事を共にしていた際、自身の分だけフォークを置き忘れていた事に気付き、取りに行こうと立ち上がろうとした際に、目の前、つまり空中に欲しかったフォークが突如出現したのだ。


 フォークはすぐに重力に従い落下し、テーブルに落ちた音で全員の視線がこちらに向く。その時の僕は状況がいまいち吞み込めずにただ茫然とテーブルに落ちたフォークを眺めていた。


 テーブルに落ちたフォークはいつも使う銀製の物では無く、鉄製の素材で出来ている。


 ますます訳が分からなくなり、鉄製のフォークを手に取り細部まで確認すると、装飾の部分が微妙に傾いてズレていた。だが、素材が違うにも関わらず手に馴染む感触と重さだけは同じの様に感じた。


 ふと、先程フォークが欲しいと思っていたら目の前に出現した事を思い出し、もう一度フォークが欲しいと考えるが現れない。


 なにか条件が有るのだろうかと考え、今度は細部まで思い浮かべて、手元に創り出す様に頭に浮かべると、手元に思い浮かべた通りの形でフォークが出現した。そして自身が特異能力に目覚めた事を確信する。


「博士、博士、特異能力が使える様に成ったぞ。見てくれよこのフォーク。細部までイメージさえすれば幾らでも量産出来るんだよ」


 食事の後、興奮気味に成りながら博士に能力が使える様になった事の報告に向かう。


 フォークを量産しながら博士の居る研究室に入ると、何やら博士は険しい表情をして手紙を読んでいた。


「手紙?博士、手紙なんて送ってくれる相手がいたのか」


 検査や研究目的以外で工房から外に出た姿を見る事が無かった為、外部の人間と関わりが在るとは思いもしなかった為、思わずそんな言葉が口から出てしまう。


「ライド、私をなんだと思っているんだ。連絡を取り合う相手の一人や二人位は居るぞ。それより何か用か」


 博士に手紙を送った相手が誰なのか気には成ったが、今は能力を使える様に成った事を博士に褒めて欲しくて、口で説明する前に博士の前でフォークを創り出して見せる。


 すると博士は手紙を読んでいた時の険しい表情から一変して明るい表情になり、もっと能力を使う様子を見せてくれと言って来た。


 僕は博士の言葉に調子に乗り、次々とフォークやそれ以外にも目についた小物を頭の中でイメージして創り出していった。


「じゃあ次はこのコップを、あれ?なんか急に力が……」


 幾つかの物を能力で創り出すと、突然全身の力が抜けてその場で倒れた。バタンと音が研究室に響き、博士の声が段々遠退いて、意識が途絶えた。


 夢?らしきものを見た。多分意識を失ったからだ。ここ最近は見なくなったそれは、いつもとは少し違うものの様に感じる。


「なんだ、まだこっちに来るには早くないか」白銀の毛を纏う何かがこちらに向かい話しかけて来た。姿形はあやふやに見えるが何故か僕はそいつを頼りに出来る存在と認識している。


「あぁ、そうか。まぁ最初に出来た時は調子に乗ってしまうのも仕方無いよな。次からは気を付けろよ」


 そいつは僕の額に手らしき部分を当てて一息付いた後、グイっと力強く頭部を押されて僕はつい後ろに一歩下がってしまう。


 後ろに下がった足は地面に着かず、何も無い空間を漂って、そのまま後ろにバランスを崩し背中から下に向かい落下していく。


 落下の際、見上げると僕を押したそいつは「また会おうな」と言って手を振っていた。


 全身を地面にぶつけた様な衝撃がして目が覚めると、研究室に置いてある仮眠用のベッドで横になって居た。博士は机の方で何かの作業をしている。


 僅かな倦怠感を感じながらも横になっいた身体を起こすと、博士がこちらに気付き「目が覚めたか」と声を掛けて、カップを手渡す。


 何だか前にもこんな事が在ったようなと考えていると、博士の方から先程能力を使って見せている際に倒れた原因に付いて話してくれた。


「多分さっき倒れたのは魔力不足が原因だろうな。ライドの特異能力はおそらく頭でイメージした物、それも細部まで明確に思い描いた物を鉄で創り出す能力なのだろう。そして何かを創り出す際に体内の魔力を消費していたから、生命維持に必要な魔力が足りなく成ったせいで倒れたんだと思うぞ。まあ、現段階では断定は出来ないがな」


「それってもしかして、あのまま能力で何かを創り続けていたら死んでいたかもしれないって事なのか」


「創り続けられたならそうなるな。だが、そもそも全ての魔力を自分の意思で消費する事なんて早々無いぞ。さっきも言った様に保有する魔力量が大体三割を下回る前に先程の様に魔力不足になって意識を失うからな。意識が無くなれば自分の意思で魔力を消費する事は無い。それに呼吸さえ出来るならすぐに動ける程度には魔力も回復するぞ」


 そう言って博士が指差した時計の針は僕が研究室に入って来てから十数分程度しか経っていないことを示していた。


「と言っても、起きてすぐに能力を使えば折角回復した分をすぐに消費してしまうからな、今日の所はゆっくり休んどけ」


 そう言われ、博士に急かされる様に研究室を後にして、今日は早めに休む事にした。


 翌朝早朝、博士に呼び出されて研究室に向かうと特異能力を使った測定を行うと言われる。果たして何を測定するのだろうと思っていると、博士からある物を手渡された。


「博士、本当にこんな恰好で外に出ないといけないのかよ」身体中に電極を付けた半裸の状態で扉を開け放たれた玄関の前に立ち、外から入って来る冷たい風に思わず身震いしてしまうなか、後ろから大きな機械を押して来る博士に問う。


「文句を言って無いでライドも運ぶのを手伝え、誰の為にやっていると思っているんだ」


「博士の研究の為だろ」少しむくれながらそう言うと「分かっているじゃないか」なんて返事を返された。


「兄ちゃん早く行ってよ、後ろ詰まっているんだから」博士の後ろから、機械やケーブルを運ばされている兄妹達に文句を言われて、渋々外に出る。


 案の定、外はとても寒かった。それでも仲間達と協力して降り積もる雪を掻き分けて博士の用意した複数の何に使うか分からない機械を並べ終える。


 ケーブルで機械どうしを繋いでいると、見慣れない木箱が目に入った。不思議に思い中を確認すると大量の青い液体が入ったガラス瓶が並んでおり、ラベルにはマジックポーションと書かれている。


「博士、これも検査に必要なのか?」そう尋ねた問いを博士は後で説明するとだけ言って、機械の機動準備を始めた。


 準備を開始してから約一時間が経過し、外に出れる様に成ったばかりで体力の無い兄妹達が疲れ始めた頃、ようやく博士が検査開始の合図を出す。


 事前に指示された通りに、博士や兄妹達から少し離れた位置で昨日と同じくフォークを創り出す。


「よし、予想通り特異能力を使う為には魔法同様に魔力を消費するみたいだな」


 博士は機械に映し出された数値を見て納得した様子で記録し、次はもう少し大きな物を能力で創る様に指示を出してきた。


「大きなものと言われてもすぐに思い付かないんだが、何か良い大きさの物とかあったかな。……そうだあれを創ってみようかな」


 フォークよりも大きい物で何か無いかと考えた時、いつも使っている薪割り用の斧が頭に浮かんだので創ってみる事にして見た。いつも使っている物なので、改めて細部まで見ずとも簡単に頭の中でイメージでき、手元に全て鉄で出来た斧が創り出される。


「ふむ、やはり対象が大きくなると消費する魔力量も増えるみたいだな。それにこの脳波は……」


 博士が先程と同様に機械の画面を見ながら記録を取り終え、更に大きな物を創る様に指示を出される。


「斧のよりも大きな物と言われても、すぐに思い付かないんだけどな」


 斧を近場に置いて、次に創る物を考えながら周りを見回して、近くにある木に目が留まり、軽く木を観察して取り敢えず外側だけを頭でイメージして、創り出してみる事にした。


 手を前にかざし、今頭でイメージしたものを目の前に創り出す。だが半分程木の形が出来たところで、魔力不足に陥り急に全身の力が抜けて膝から崩れ落ちる。


 遠退く意識の中で、周囲から兄妹達の騒がしい声が聞こえる。そして完全に意識が途絶え掛けた時に冷たい何かが口に無理やり押し当てられ、何かの液体を流し込まれた。


「げほ、げほ、な、何を飲ませたんだこれ。すっごい不味いんだけど」


 無理やり飲まされた、雑草の様な味の液体にむせ返り、途絶え掛けた意識が戻る。咳込みながら倒れていた身体を起こすと周りに兄妹達が集まっており、近くにいたセリカが安堵した様子で先程木箱に入っていたガラス瓶を持っていた。


「良かった。突然倒れたから心配したんだよ」セリカは心配そうな声でそう言う。


 どうやら博士の指示でマジックポーションとやらを流し込まれたらしい。


「そのマジックポーションは消費した魔力をある程度回復させる効果がある即効性の薬でな、大量にあるから魔力不足で倒れて研究がとどこおる心配は要らないぞ」


 博士は何故か楽しそうにそう言った。それってつまり今日は休ませる気が無いと言う事だったりするのだろうか、そんな嫌な予感を感じつつも、ポーションを受け取り飲み干す。


 ポーションは先程飲まされた時同様に酷い味だったが、飲み終わるとすぐに全身から抜けていた力が回復して動けるように成った。効果は中々の物のようだ。


 結局その日は、丸一日博士の指示で特異能力を使用して色々な物を創り、能力使用時に起きる身体えの影響や、能力で何が出来て、何が出来ないか等をポーションの在庫が有る限り調べる事になり、ようやく終わった時にはその場で倒れる様に寝てしまった。


 後から知った事だが、マジックポーションは一日に何本も服用する物では無いらしい。


 精々一度に服用したとしても二、三本なんだとか、それ以上服用すると身体、特に脳に影響を及ぼして昏睡状態に陥るのだとか。


 僕はそんなポーションを三十本は飲んだ。正直それ以上からは数えていないので細かい数を覚えてはいないのだが、四本飲めば少しの間意識を失い、五本飲めば半日気絶するような物をそれだけの数飲んだのだ。


 そしてあの検査から一ヵ月、そう一ヵ月もの間眠っていてようやく目覚めた訳だ。


「こう言う事は事前に言って欲しかったよ。目が覚めた何気なく日付けを見た時はすぐに理解出来なくて暫く固まっちゃったんだからさ」


「あの時は、新し発見も有って、つい調子に乗ってしまってな。まあ死にはしないのだから良いじゃないか。それよりも見てくれこの数値、あの日のデータを元に調べたんだが……」


 そう言って博士は悪びれた様子も見せず、子どもの様な無邪気な表情で楽しそうに記録した数値と、分析したデータを見せて来る。


 そこに記録されているデータには、特異能力で創り出した鉄の成分表や魔力の消費量、手元では無く空中に創り出せる最大の範囲等々、様々な内容が記載されている。


 そのデータを一通り目を通し終えたところで、博士がとんでも無い提案をして来た。


「実戦データも取りたいから、近くの魔獣を相手に戦って来てくれ」


「え、戦う?急に何を言い出すのさ、僕は今まで一度も戦った事なんて無いのに」


 そう、戦闘経験なんて一度もないのだ。それなのに一ヵ月も昏睡していた相手に戦いに行けと、博士は鬼ですか?


 確かに昏睡する前は、博士に協力して貰って魔物を倒せる為のトレーニングを毎朝行って居たが、実戦なんてした事も無い。その上、唯一の武器になるこの特異能力だってつい最近使える様になったばかりなのだ。だから今回は流石に断ろうと思った。思ってた。


「なんだ、まさかビビッているのか。ライドも意外と意気地ないんだな」


 *  *  *


 翌日、僕は工房から暫く歩いた村とは逆側に位置する森の中を一人で歩いていた。


「まったく、博士め、本当に手ぶらで魔獣と戦わせに行かせるとか何を考えているんだよ」一人で文句を言いながら、日の光が入らない薄暗い森の中を歩き進む。


 見事に博士の挑発に乗ってしまった僕は、指示された魔物や魔獣が生息すると言われる場所に来ているのだ。


 当然武器に成りそうな物は何一つ持って来てない。何故なら今回はあくまで特異能力の実戦データを取る為なので、持ってきた物と言えば身体に張り付けられた電極らしきものだけ。これで脳波や魔力量等の色々なデータを記録しているのだとか。


「おかしいな、いつもなら小動物くらいは見付けてもおかしく無いと思うんだけど」


 森に入ってから数時間は経過しようとしていた頃、周囲に動物のいる気配すら感じない事に違和感を感じ始めた。


 いつもなら、村に行くまでの道でさえも動物や小型の魔物くらいは見かけてもおかしくない筈なのだが、森に入ってからここまで一匹も見かけていない。それどころか生きた生物が僕しかいない様な気さえさせる程、不気味なまでに静かなのだ。


 動物すら居ないのでは、実戦なんて出来ないし一旦帰ろうかと後ろを振り向くと、そこには見た事も無いものが居た。


 辛うじて二本足で立つ様に見える人の形に似た何か、僕よりも一回りも大きなその身体は、生気を感じさせない複数の生物を無理やり継ぎ接ぎに繋げたような醜悪な見た目をしており、五つもある目玉全てがこちらを見ていた。


 裂けた口から複数の生物の鳴き声が混ざったような気味の悪い声を発しており、言葉にすらなっていない筈なのに何故かその意味が分かってしまう。


『新しい玩具見つけた』


 そんな言葉が頭に浮かび、継ぎ接ぎの身体から発する強烈な腐蝕臭も合わさり吐き気と眩暈が同時に襲って来る。


 そいつは笑声の様なものを上げ、意気揚々とこちらに飛び掛かって来た。


 そいつから逃げるか戦うかすら考えさせる間も作らせずに、継ぎ接ぎの怪物は虎や鹿等の生物を無造作に繋げた腕で襲い掛かる。


 咄嗟に片手を前に出し、身体を庇うが奴の鋭い爪が何の防具も身に着けていない僕の腕を意図も容易く切り裂く。


 切り裂かれた部分からは血が止め処無く流れて行き、傷口から見えた自身の骨が攻撃の威力を物語っており、直撃した時の事を考えてしまい思わず顔が引き攣る。


 僕のその様子を怪物は恍惚の表情で五つも有る目を歪ませて楽しそうに笑い始める。


 そのにやけた目を見た際、夢で見た血で染まった鎧のにやけた目を思い出させ、怪物と姿を重ねる。


 すると、僕から死の恐怖は無くなっていた。代わりにあの夢を見るたびに募っていた憎悪や怨念と言った感情が胸の内から溢れて、目の前に居るそれが憎くて憎くて堪らなく思えてくる。


 そんな僕の事を気にする事も無く、継ぎ接ぎの怪物は二度目の攻撃を仕掛けて来る中、僕は頭に浮かんだそれを創り出す。何度も夢で見ていたもの、夢の中では掴むことは出来ても振るう事の出来なかったそれが今手元に有る。


 それを両手で構え、怪物の攻撃を正面から迎え撃つ。当然この僕は剣を握った事は無い、夢の中でさえ振るった覚えも無かった筈だが、妙に手に馴染むその剣を思いのまま操り、怪物の攻撃を弾き返す。


 奴の固い腕と僕の剣がぶつかる事で周囲に金属音が響くと共に火花が散り、攻撃を弾いた際に重たい衝撃が全身を駆け巡る。


 衝撃で吹き飛ばされそうな身体を抑え踏み止まり、まったく怯む様子の無い継ぎ接ぎの怪物が再び繰り出す攻撃に剣で斬り掛かる。


 二度、三度と繰り返し攻撃を打ち弾き合う度に、切り裂かれた片腕から血が流れ徐々にこちらの力が抜けてゆく中、怪物の方にも僅かに変化が訪れる。こちらの力が弱まると同時に怪物の力も弱まって居るのだ。


 そして、その原因も明らかな形として目で見えている。怪物の継ぎ接ぎが一部緩み初めているのだ。


 僅かに見えた勝機を見逃す分けも無く、歯を食いしばり血を沸かせて、怪物の攻撃に構わず残った力全てをそこに向かい叩きこむ。


 グシャリと音がして、怪物の攻撃が肩の一部を貫いた後、一点を狙った剣による攻撃は見事に継ぎ接ぎの縫い目を斬り開く。緩み掛けた縫い目を斬られた怪物の身体は意図も容易く解け初め、ぐらりとバランスを崩した様に横に崩れる。


 そして片腕から大量の血を流しながら、半壊した怪物に容赦無く止めを刺す。怪物はにやけた目をしたまま息をしなくなった。


 怪物の死を確認した後、脅威の去った事による緊張が解けた事と出血により、その場で意識が途絶える。


 再び意識が戻り、気が付くと何故か目の前に工房があった。あの後どうやって帰って来たのか一切覚えておらず、先程の出来事が夢だったのだろうかと思って血の流れていた箇所を見ると、傷跡こそ残って居るものの傷口は完全に塞がっていた。


 博士に怪物との遭遇に付いて報告を上げたが、博士の口ぶりからは継ぎ接ぎの怪物については知らなかった事が窺えるだけだった。


 翌日、継ぎ接ぎの怪物と遭遇した場所に向かうと、そこに怪物の死体は無かった。だが、止めを刺す際に剣を突き刺した地面には跡が残って降り、あれが夢では無かった事を物語っていた。

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