第二章 蛇洞窟と戦う聖職者3
朝になり、近くに川があると言う事なので、スオウに連れられて水を汲むに向かった際に、二人で昨晩の事に付いて話していた。
「あやつ、素手で逃げるとは大した度胸よな。それとも、素手でこの辺に生息する魔物をどうにか出来るだけの力でも隠し持っておったのじゃろうか。我の見た様子じゃと何も考えずに逃げ出した様にも見えたが」
「昨日話した様子だと結構行き当たりばったり見たいな所もありそうだったからね。取り敢えず無力化してから聞けば言いとか言うくらいだもの。それでも、今もスオウの眷属が見付けられずにいるなら少なくとも実力や経験とかそう言ったものは有るんじゃ無いかな。それにまったくの考え無しって訳でも無さそうだし」
レイナは結局、僕に質問をする事を条件と口にしていたのに、その質問を聞いて来る前に居なくなってしまった。もしかしたら質問をする必要が無くなったと言う事も考えられるけど、わざわざ槍を置いてまで切迫した状況でも無かったのに何で逃げたんだろう。まぁ、それは見つけてから聞けばいいか。
昨晩、レイナが逃げてからスオウの眷属達は森中を捜索して居るのだが、今のところまだレイナの逃げた先は見つけられずにいた。
「そう言えば、昨日の話で気になっていた事が有るんだけど。スオウやレイナの言っていた教会って、法竜教会なのか。今まで殆ど関わって来なかったから良く知らないけど、確か創造教の教えを伝えるだけの宗教組織じゃないのか?あの教会に所属する聖職者は皆レイナの様に戦えるのか?それに騎士団とやらも聞いた事がないんだけど」
川の水を汲む間、気になっていた事をスオウに尋ねる。スオウは元々異世界の住人なのだが眷属を大陸中に派遣して情報収集をしている為。工房周辺でしか活動して居なかった僕よりもよっぽど世間の事情に詳しいのだ。
「ん?あぁ、そう言えばライドは今まで工房って場所から出たことが無いから、世間一般的な知識も余り無いのじゃったな。良いぞ、お主と我の仲じゃ、我の知っている事なら何でも話してやろう。えーと、法竜教会の事に付いてじゃよな。さて何から話したものか」そう切り出し、スオウは出来るだけ僕が分かり易い様に言葉を選んで順序立てて教会に付いて教えてくれた。
まず最初に法竜教会とは、この世界の基礎を造ったと言われる創造神亡き後にその偉業を伝え、創造神が残したこの世界の秩序を守ったり、世界を存続させる為に尽力する宗教組織である。
今や、世界に居る様々な種族の人々の内、八割もの人々が法竜教会の掲げる創造教の信徒である。
さらに、この世界に存在する全ての国に対して中立的立場に居ながら、戦争に介入出来るだけの騎士団と呼ばれる武装団体を持っているのだとか。
そして、騎士団の主な活動として、各地に建てられた教会や聖堂周辺の警備及び巡礼の際に通る道の安全確保、罪人や異端者の処断や世界各地で異変が生じた際の対処、紛争や内戦の仲裁をしているのだとか。
唯の宗教組織と思っていたが、随分と多芸な組織らしい。
「……と言う訳で、法竜教会に付いての基本的な事を話した訳じゃが。あのレイナとやらが本部に戻る事になれば、我らは罪人や異端者の烙印を押される事になるじゃろうな。そうなれば今後騎士団に追われる身になってしまう。出来ればその前にあやつを見つけて再び捕らえたいところなのじゃが」
まるで、捕らえる事さえ出来れば騎士団に追われる事を回避出来るとでも言いたげなスオウは度々訪れる眷属からの報告を聞いている。だが溜め息を突いて居る様子を見るに余り良い報告は上がっていないようだ。
「そうか、ごめんよスオウ。僕が目を離さずに見ていたらこんな事には」
「えぇい、今更女々しい事を言うな。それに逃がしたことは我の責任でも在る。過去の後悔など無駄な事をするよりも、今後どうするかを考えるのじゃ」
「そうだな、分かったよ。取り敢えず水の確保も終わったし、まだスオウの眷属達が探せて居ない場所を教えてくれ」
スオウの話だと、この森を抜けるには人の足ではどれだけ急いでも一日は掛かるのだとか、森の出入口は既に見張りを置いているらしいので、レイナが森を抜ければ直ぐに解るそうだ。
だが、まだ森の外に出たと報告が無い為、この森のどこかに隠れているのは間違い無いのだとか。それに彼女の持っていた槍は今こちらの手元に有るので、レイナが槍を取り戻しに奇襲を掛けて来る可能性も十分考えられる。まぁ、それはレイナにとってこの槍がどれだけ大事なものかにもよるとは思うが。
「教えるのは構わんがお主、もう腹の方は問題無いのか。昨日はまともに食事も取れん程じゃったろ。無理して動いて酷くなるぐらいなら、我に任せて休んでおっても良いのじゃぞ」
「歩く分にはもう問題無いよ。元々この身体は丈夫だからね。スオウにはもう話しただろ、生きている限り欠損した部分は一日在れば直ぐに治るって。ただ、体力や魔力は回復が遅いのは困り処だけど」
「ふむ、どれ、確かめてみるか」スオウは悪巧みを考える様な悪い顔をして、昨晩レイナに槍の柄で叩きつけられた場所をつついて来る。
「うぐっ、な、何するんだよ」
「おや、平気では無かったのかぁ」にやにやと悪い笑顔を向けて来るスオウ。
こいつ、分かっててワザとやりやがった。
「歩く分にはって言っただろ。まったく、直接つつくのはダメだから」
「ハハハ、ライドよ、強がる気持ちも解らんでは無いが余り無茶はするでないぞ」
スオウは再び面白がる様に何度か同じ場所をつついて、ひとしきり笑った後、そう言って先に歩き出した。
痺れる様な痛みが腹部を襲うそれを腹を抱えて我慢しながら先程つついて来た事への文句を言いつつ、スオウの後に付いて歩く。
* * *
暫く他愛の無い会話をしながらスオウの後に続き森の奥へと足を伸ばす。
向かう先は森の中心に位置する場所で、ある理由から眷属に調べさせる事が出来ない場所なんだとか。
そして、ようやく辿り着いた場所は、同じ鬱蒼とした森の中とは思えない程の、まるでこの世界から掛け離れたかのような神聖な空間だった。
その空間だけが緑色の淡い光に包まれているようにも見え、歪な形に曲がりながら成長した木々や、ガラスのように光を透過する花弁を持つ花の数々、天然の宝石が露出している小岩の山等々、およそ人の手が加わった事の無いようなそこは、今まで見た事も無いようなものが沢山集まった不思議な空間。
まるでこの世界とは掛け離れた別世界のようにも感じるそこに目を奪われて、勝手に足が歩き出してしまった。そしてその光景に飛び込もうとする一歩手前でグイっと服の襟を引っ張られて、首根っこを摑まれた猫の様に身動きが取れないまま引き戻された。
「なっ!急に何をするんだよ」
「ライドよ、お主今死ぬところじゃったぞ」
「え、死ぬ。此処に入ったら死んでたのか?」
「あぁそうじゃ。ほれ、あれを見てみぃ」
スオウが向けた視線の先には一羽の鳥が居た。鳥は翼に傷を負ったのかふらふらと羽ばたきながら、僕が先程飛び込もうとした別世界に突っ込む。
そしてその瞬間、鳥の体はまるで蒸発でもするかの様にジュッと焼ける音と共に一瞬にして消え去った。そう消えたのだ。息絶えるでも墜落するでも無く空中で消滅するかのように消えた。
「…………」唖然とする。言葉が出なかった。
「あのまま入っておれば、お主もあのように成って居ったのじゃぞ。少しは我に感謝して良いと思うが、頭を撫でたりとかのう。……こりゃ暫くは動けそう無いのう」
僕は固まった様にその空間を見つめて、暫くした後にようやく言葉を絞り出してスオウに尋ねる。
「あのまま入っていたら、僕の身体も今頃あんな風に消えていたってこと?」
僕の質問にスオウは無言で頷いた。
旅に出る前の僕は、野垂れ死ぬつもりでいた。それに旅の途中で力尽きる事があったらそのまま生きる事を諦める気でもいた。だから死に対し恐怖を感じないものと思っていた。思い込んでいたんだ。
なのに、いざ目の前で広がる死の空間に飛び込んでいた事を考えると身体が凍る。
初めて明確に自分の死を想像した。そう恐怖を感じたのだ。
「死にたく無い。あんな死に方はしたく無い」自分でも気付かないうちに口に出ていた。
そして僕その言葉を否定する為に、恐怖で震える身体を無理やり抑える。両手を使い力を加えて無理やり震えを止めようとする。
そんな僕にスオウは声を掛けて来た。
「別に、無理して強がる必要なぞないじゃろ。此処にはお主と我しか居らんのじゃ。怖いものは怖いと言っても良いのじゃ。死にたく無いなら死にたく無いと言っても良いのじゃぞ。生物なら誰だって持つ感情なのじゃから、ようやく芽生えたその感情をわざわざ押し殺す必要も無いじゃろ。それに今は我が側に居るであろう。一人で抱える必要など無いのじゃぞ」スオウはそう言って僕の身体を抱き寄せる。
「だけど、だけど、僕は、僕がそんな事を考えるのは」そう、生きたいなんて、少しでも長く生きて居たいなんて、そんな自分勝手なこと、考えるなんてダメだ。だってそれじゃああいつらと同じになるじゃないか。自分が助かりたい為に僕の家族を殺したあの村人達と同じに。そうなったら皆を家族を裏切ってしまうんじゃないか。
「考えても良いのじゃぞ。自分勝手上等ではないか。それから、同じなんかでは無いぞ。少なくともお主は見ず知らずの蛇を助ける程の気概を持っておるではないか。じゃから心配せずともお主の考えている様な事にはならんぞ。安心せい、我はお主の味方じゃ、さっきも言ったが我が側に居るのじゃから一人で抱えんでも良いのじゃぞ」
その抱擁はどこか暖かく、その言葉は僕を溶かす様に甘く、触れた肌は蛇だからかちょっぴり冷たかったけど、心の温もりのようなものを感じさせた。
スオウに抱き寄せられて数分が経ち、段々と気持ちが落ち着いて行くのと同時に恥ずかしさが込み上がって来た。
「も、もう良いよ。落ち着いたから、そ、その離してくれ」照れくささから目を逸らしてそう言うと、スオウは直ぐに解放してくれた。
「本当に落ち着いたのか?おや、今度は耳が赤く成っておるようじゃな」
スオウの言葉に驚き咄嗟に指を差された耳を抑えると、少し熱くなっており、心臓までバクバクと心音を上げて早くなっていた。
「っ…………」恥ずかしさから声も出せずに、ジトっとスオウを睨みつけていると、スオウがハハハと笑いながら「すまん、すまん、お主の反応が面白くて、ついからかってしまったのじゃ」とニマニマとした表情で楽しそうに笑いながらそう言ってくる。
「はぁ、もう、こういうの慣れてないから、次からは止めてくれよ」こんなにも誰かに、からかわれたのは初めてだ。博士にもここまでからかわれた事は無いぞ。
「それで、ライドよ大丈夫か?」今度は真剣な表情でスオウが声を掛けて来る。
「大丈夫、もう心配要らないよ。それとありがとう」
「そうか、そうか、なら次に塞ぎ込んだ時はもっと甘やかしてやろうか」
「それは……遠慮しておくよ」スオウの言葉を聞いていると、まるで全てを肯定された気分になる。僕が醜いと思っていた生きぎたない人の生き方をする事を受け入れてしまった様に、本来は相容れない筈のものを受け入れさせる様なそんな力を感じるのだ。
このまま、甘やかされ続けたら何をする事も肯定されそうで、そしてそれを認めてしまいそうで怖くなる。
「それよりも、中に入ったら消滅するんだったら、この空間の中にレイナが隠れて居たとしても入れないじゃないか。こんなに木が生い茂っているんだったら、外からじゃ中の方まで見れないし、なにか良い方法でもあるのか」
僕とスオウはレイナを探しにここまで来たんだ。レイナが隠れている可能性も無いのに、わざわざ此処にやって来たとも思えないし、多分なにか中に入る為の方法を知っているから来たんだとは思うけど。全然見当がつかないのでここからどうするのか尋ねると、スオウは悪巧みをするかの様な笑みを浮かべる。
「あぁ、確かに今の状態じゃと我らではこの中に入ることは出来んが、当然方法は用意して居るぞ」スオウはそう言うと自身の指を一本一本くねくねと動かし、顔を天に向けて口を開けたかと思うと、一気に口の中へと突っ込んだ。それも肘の辺りまで一気に、なんの躊躇いも無く。
スオウは咳込むこともせず何かを探る様に、もごもごと言いながら口の中で手を動かしている。そして、何かを見つけたかの様に目を輝かせて、口から何かを掴み手を引き抜いた。
その光景はほんの一瞬の出来事だったのだけど、多分僕はこの衝撃的な光景を二度と忘れられないと思う。主に悪い意味で、何かの拍子に思い出す度に悪夢を見そうだ。
ちょっと引き気味に離れた位置で、スオウの口から引き抜いた物を観察する。それは、正直その喉をどうやって通したのか気になる大きさをしていた、五芒星を模った様な見た目のブローチだった。
「それは?」ドロドロとした透明な粘液の付いているそれを見せびらかして来るスオウにそう尋ねると、スオウは再び悪巧みをするかの様な表情をする。
「ふふふ、これはじゃな…………」スオウはそう切り出して、唾液の付いた五芒星のブローチと目の前に広がる空間に付いて説明してくれた。
スオウの掲げている、五芒星のブローチは魔法協会という組織が作ったマナを吸い込んで溜めることが出来る道具なのだとか。
そして、そのブローチで溜めることが出来るマナとは、僕達生物の体外に存在する魔力の事らしい。ちなみに魔力はこの世界に二種類存在して、もう一つは僕が特異能力を使う時に消費している体内に流れるオドと呼ばれるものもある。
オドはマナを生物が体内に取り込んだ後に自分の身体に適した形に変化したものの事でもあるらしいけど、そのあたりの説明は難しくて良く分からない部分もあったので聞き流した。
どうして、魔力に付いて説明したのかと言うと、目の前に広がる鳥を消滅させたこの空間が、大量のマナが満ち溢れて出来た空間だからだ。
先程、マナが生物の体外に存在すると言ったが、マナは分かり易く言えば空気中に含まれる酸素の様に、生物が生きる為には必要なものではあるけど、大量に一ヶ所に集まれば、鳥を消滅させた様に危険なものと成る性質が有るのだとか。
と、長々と説明してきたのだが、これからスオウが何をしようとしているか分かっただろうか。そう、スオウはこの唾液まみれになっている五芒星のブローチに目の前に広がるマナの層を吸いつくすつもりなのだ。
「どうするのかは、分かったけど。本当にそんな小さな物で、ここに広がる空間に有るマナ全部を本当に吸いきれるのか」
五芒星のブローチは手に収まる程の大きさに対して、マナの層は事前にスオウから聞いた話を元にすると豪邸一つは入る程なのだとか。
ブローチの仕組みとか解らないので、それ程大量のマナを小さなブローチの中に溜め込めるものとは思えず、疑いの目を向けていると、スオウは「まぁ、そこで見ておれ」なんて言って、五芒星のブローチを天に掲げる。
スオウは呪文らしきものを唱えると、ブローチは木漏れ日の光を浴びて銀色に輝きだす。すると、目の前に広がるマナの層がどこか揺らぎだした様に感じた。
はっきりと何が起きているのか全部理解出来た訳では無いが、目の前に広がる空間から何かが徐々に無くなっているのを感じ取る事は出来る。この無くなっていると思えるものがマナなのだろうか。
時間にしてみればほんの数分程度の時間しか経っていない筈なのだが、スオウの持つ五芒星のブローチに側に居ると、まるで吸い込んでいるマナが存在していた何年もの時間を体験した様な不可思議な感覚に襲われる。体内時間が無理やり狂わされてしまった様な不可思議な体験のせいで、頭が痛くなって座り込んでしまった。
そして、ブローチに全てのマナを吸い込み終えたのか、スオウが大仕事をしたかの様に、ふいぃ、と息を吐きながら掲げていた腕を下ろしてこちらに向く。
「おや、なぜそんな所に座って居るのじゃ?」
「なんか頭くらくらするんだけど、スオウは平気だったのか」
「?」スオウは僕の言っている事が分からないとでも言うかの様に首を傾げる。
こっちは立って居られない程、頭が痛くなったというのに、スオウの方はまるで何も無かったかの様に平気そうだ。
「あぁ、そうじゃったのう。お主はまだ慣れて居らんのじゃったな。すまん、すまん、お主と共に居るのが当たり前の様に感じて居ったから、つい忘れて居ったわ」
スオウはゆっくりこちらに歩み寄り、座り込む僕の額に輝きの失った五芒星のブローチを近付けて、先程とは違う何かの呪文らしきものを唱え始めると、スーっと頭の痛みが和らいで行く。
「あれ、痛くない。スオウ、何をしたんだ?」スオウが呪文を唱え終わる頃には、先程の痛みが嘘の様に引いて行った。
「少しマナに慣れさせただけじゃよ。これで動ける様になったじゃろ」
スオウの話によると、先程まで僕は普通は知覚出来ない筈のマナの流れを感じとってしまった為に、脳の情報処理が追い付かず、いわゆる酔いに似た状態になってしまったのだとか。
具体的に何をして貰ったのか解らないけど、スオウの助けで次からは大量のマナが流れる場所でも酔わなくなったらしい。
「……それで、本当にそのブローチに此処にあったマナは吸い終えたのか?見た感じだとさっきと余り変わらない様に思えるんだけど」
そう、此処から見る景色自体は最初に見た時と何も変わって居ないのだ。
辺り一帯を包み込む様な緑色の淡い光も、歪な形に曲がっていながら成長した木々も、ガラスのように光を透過する花畑の姿や、天然の宝石が露出する小岩の山等の全が、最初にこの場所に来た際に見た時と変わらない不思議な空間のままなのだ。
強いて違いを挙げるなら、先程よりも空気が澄んでいるように感じる事くらいだろうか。てっきりマナ満ち溢れているから、今の景色になっていたのだと思っていたのだが、もしかしてマナが集まって充満する様な事になる前から此処はこんな生態系だったのだろうか。そんな事を考えているとスオウは突然歩き出す。
「ちゃんと変わっておるぞ。ほらのう」スオウは何の躊躇いもなく、先程の空間に入り、こちらに来いとでも言うかのように笑顔で手招きをしている。
森に住む小動物達も新たに開かれた未開の領域を切り開くかの様に何匹かが入り込む。その小動物達は先程の鳥とは違い、消滅する事も無く平然と目の前の空間に入り、奥へと走り去って行く。
どうやら本当に、この空間に存在していたマナの層とやらを全て吸い込み終えたらしい。安全が確認出来たので、スオウの手招きに従い僕も歩みを進める。
ちなみに、先程スオウが使用した五芒星のブローチをどうやって手に入れたのか聞くと、眷属を使って盗ませたとか平気で行ってきた。本人曰く、蛇に盗まれる程度の管理をしている方が悪いとのこと。
他にも幾つか集めて(盗んで)いる物が有るらしく、どんな物を集めたのか聞いてみた所、再び口の中に手を突っ込もうとし出したので、慌てて止めた。
あの光景は出来ればそう何度も見たくない。見た回数だけ悪夢でも見てしまいそうだと思うとマナに酔った時以上に頭が痛くなりそうだからだ。
「さてと、マナも取り除いた事じゃし、場所もこの辺で良いじゃろ」スオウはそう口にして、眷属を集め出した。マナの層が無くなったお陰で、眷属達も自由に出入り出来る様になったのでここで、更に捜索の手を広げるものと思っていたのだが、どうやら違う目的で集めたようだ。
スオウの眷属達は何処からか、大量の食材と調理器具を運んで来ていたのだ。当然それらを使って、人探しをするとも思えない。むしろ料理を今から作る準備でも始めるかの様だ。いや、最初から人探しそっちのけで料理を始めるつもりだったのだろうか。
「ライドよ、お主、料理が作れると言って居っただろう」
「え、あぁ、まあ簡単なものなら作れるけど。……まさかここで?」
「おぉ、察しが良いではないか、そうじゃよ。今此処で、是非ともお主の料理の腕を振るってみせるがよい」
スオウの正気を疑った。当然だ、まるで一刻の猶予も無いかの様にレイナを探すとか言っておきながら、料理を作れとか言い出したんだから。まぁ、今日は朝から木の実しか口にして無いし、腹が空いたのかもしれないが、果たして今で無ければいけないのだろうか。レイナを見つけた後でも良いのでは無いだろうか。
そんな事を思い浮かべている僕にスオウは「料理を作れば、レイナの方がのこのこやって来るぞ」とか言うものだから、仕方なく作り始める。
きっと、スオウの事だから何か考えでも有るのだろう。しかし、蛇って何を食べるんだろうか。……生肉?でもそれだったら料理しろとか言わないよな。なんて考えているとまるで心を読むかの様にスオウが「人間の食べられる普通の料理で良いぞ」と言って来る。
蛇達の持って来た食材は、様々で獣肉、何かの草や木の実、魚等々、どれも日持ちし無さそうなものばかりだ。果たして全部食べきれるのだろうか。
取り敢えず鍋で良いかとか思いながら、今度は蛇達が頑張って持って来たであろう調理器具に目をやるのだが。
「なんだこれ」運ばれて来る調理器具のどれもが見た事の無いものばかりだった。料理なんて包丁と鍋とおたまが有れば作れる物じゃなかったのか、と言うかそれぐらいしか調理器具を知らないのだけど。
「何で包丁に穴が開いているんだ?なんだこの鍋、なんで蓋にスイッチが付いているんだ?炊飯器?炊飯釜じゃないの」
器具の名称は蛇達が器用に地面へ文字を書いてくれた事で理解出来たが、持ってきた蛇達も詳しい使い方が分からないらしく、結局いつもの様に、能力で包丁や鍋を創って料理する事にした。
正直これが一番楽でも有るのだ。何たって能力で道具を創れば、いつでも創れていつでも消せるので洗う必要も無いし。
しかし、改めて考えると随分と便利な蛇達だな。どこから持って来ているかはこの際考えないとして、調理器具や食材を持って来たり、文字を読んだり、書いたり出来るんだから、数匹分けて欲しいものだ。あ、でもそれじゃあ、餌とかも用意しないといけないのか。
そんな事を考えながら食材を斬って、鍋に放り込んで味を整えて行く。豊富な材料を全部使ったのだが、我ながら今回は上手く出来たと思う。煮込んでいる鍋から美味しそうな匂いが森中に漂う。
スオウは待ちきれない様子で三人分の食器を用意し始めた。
ん?三人分?食器の数を不思議に思いながらも受け取った一つ目の皿に料理を注いでいると、グ――――っと大きな音が背後から聞こえて来た。
スオウのお腹の音かと思って振り返ると、そこにはレイナがお腹を抱えて恥ずかしそうに赤面しながら涎を垂らして立っていた。
本当にレイナがのこのこやって来てしまった。
「…………あー、えっと、食べる?」注いだばかりの料理を盛った皿をレイナに向けて差し出して尋ねる。
すると、レイナは相当お腹が空いていたのか、再びグ――と短い腹の音で返事して無言で頷き、奪い取る様に差し出した料理を取り上げて、口に掻き込みだした。
その様子はまるで何日も食事を取れなかった人間が、ようやく食事に有り付けた様な鬼気迫るものを感じさせる。
視線をスオウの方に向けると、スオウはにこやかな笑みを浮かべる。
「だから、言ったじゃろ。のこのこ現れると」
一体どんな手品を使ったのか知らないが、スオウは事前にこうなる事を予測していたのだろうか。
視線をレイナの方に戻すと空になった皿を突き出される。その口元にはまだ涎が付いており、腹の音もまだ鳴り止みそうに無い。意外と図々しいなこの人。
「晩用にとって置くつもりだったけど。一応食材もまだ有るし、もう少し増やしておくか」凄い速度で無くなって行く鍋を横目にそんな事を呟いた。
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