断章 大魔法使いの誤算 ~鋼の狼誕生の切っ掛け~

 霧と幻が創り出した世界、その世界に存在する現実と幻想の狭間で一人の大魔法使いが先程垣間見たばかりの未来を羊皮紙に書き写していた。


 華と鋼の都は、反逆者達の手に寄り混沌を招き入れ多くの血で染められる。血はにまみれた欲望の渦は聖なる盃に不浄をもたらす。


 広大な自然を管理する生命の大樹は享楽の鬼により、命を絶つ大太刀で切り落とされる。大地に不浄をもたらし、魔力の源泉はその近郊を崩す。


 崩れた均衡は魔物を狂わせ騒乱を呼ぶ。騒乱は絶望をもたらし、絶望が世界中に伝染することで力無き者達に恐怖を与える。


 理想だった王は伝染する恐怖により暴君へと成り果て、心優しき者を手に掛ける。暴君は禁忌を破り、災いの魔王を呼び覚ます。


 虚構より生まれた信仰は新たな意味を獲得し、深き眠りについていた旧き支配者を目覚めさせる。旧き支配者は嘆きの後、おのが眷属を解き放ち生命の選別に勤しむ。


 そして、霧の世界に終焉の鐘が鳴り響き、残された命ある生命は最後の楽園すら手放し、終わりの無い絶望へ身を投じる。


 これらの出来事はそう遠くない未来に起こる出来事だ。何もせずに現状のまま放置すれば、未来視通りの事が全て起こり、今生きるこの世界から離れなければならなくなってしまう。


 それは未来視を見た大魔法使いにとっては困るのだ、何故なら彼には果たさなくてはいけない役目がある。それを果たす事無く自分だけ逃げる分けにはいかない。


 この役目を果たす事は大魔法使いにとっては自身の命以上に大切な事なのだ。


 世界の半分が滅ぶ程度なら目を瞑れたが、全てが滅ぶと言うからには放置も出来ない。


 それに後十年程で、創造の巫女の後継が誕生する。折角目的の為に彼女の後継が生まれる様に手配したと言うのに、世界の方が無くなってしまっては長き計画も失敗で終わりを迎えてしまう。


 その上、彼女の生まれ変わりを死なせてしまっては、亡き親友に申し訳が立たない。


 直接今見た未来の出来事に関わる事が出来れば解決出来ずとも世界全てが滅ぶ事を回避出来るので、何の憂いも無いのだが。とても残念な事にそれは出来ない。


 それと言うのも、あと数日もすれば今使っているこのボロボロの体も使えなくなってしまうからだ。


 目的の実現まで目前まで迫って居たとは言え、時間を無駄にしない様に五十年以上体を変えずに使い続けたのは失敗だった。


 魂が定着してしまった体を別のものに変えるのは、どうしても時間が掛かってしまう。


 今から急いで次の体に移ったところで、数年、下手をすれば十数年は掛かる。


 そうなれば、目覚めた頃には全てが手遅れになってしまう事だろう。


 だからと言って、誰かに助けを求めて世界を救って貰おうにも、万年引きこもりをしている大魔法使いに頼れる相手など遠の昔に亡くなっていたり、今どこに居るかも知らない連絡の取れない相手くらいしか居ない。


 良い手立てが思い付かず、大魔法使いは外界との交流を断った過去の自分に腹を立てつつ頭を悩ませる。


 何か、何かこの破滅に向かう未来をどうにか出来る方法は無いものか。


 だが結局何も思い付かずに、はぁ、と溜め息を付く際、頭を下に向け机に置いている亡き親友の形見を茫然と眺めて居る時に、ある解決策を思い付いた。


「居ないのなら造れば良いじゃないか」


 大魔法使いは長い年月を生きる間に正気を失っていた。だからこそこんな狂気じみた発想を思い付いたのだった。


 大魔法使いは自身の思い付いた完璧なプランを実行に移すべく、先程眺めて居た亡き親友の形見を持って屋敷を飛び出した。


 行先は既に決めている。後数日しか活動出来ない以上、自分で世界を救う救世主を造り出す時間は無い。そもそも今の自身では一々命令を言って実行させるしか能の無い唯の動く死体程度しか造れないのだ。


 だったらどうすれば良いか。答えは簡単だ。他の誰かに造って貰えば良い。


 こう口で言えば簡単だが、そこらにいる平凡な者では救世主を造る事など出来ないだろう。だからこそ、最高の、それも自分と変わらぬ程狂ったその道のプロにこそ造らせるべきだ。


 そして、大魔法使いは自身のプランを託すにふさわしい人物に付いて心辺りが有る。


 ごく最近、自身の隠れ家から遠く離れて居ない場所に工房を構えた一人の錬金術師だ。


 その錬金術師は元々は帝国で働いていた学者だったが、異端の研究をしていた事と詰まらない権力闘争に巻き込まれたせいで、今じゃ帝国の僻地まで追いやられたがそこでも飽きずに自身の研究を完成させる事に人生を費やしている狂人だ。


 それに何より、彼は自分と同じ理想を目指して居る人物の一人でも有るし、彼の研究内容や錬金術師としての能力も救世主を造るには申し分も無い。


 元々は彼の研究を盗み見て、自分の死霊魔法に応用し、自らの手で亡き親友を蘇らせたかったのだが、その前に世界が滅んでは意味が無いからな。


 蘇った親友と直ぐに再会出来ないのは残念では有るが、後の事は錬金術師に託す事にしよう。同じ志を持つ彼ならきっと必ず研究を成功させて親友を生き返らせてくれる筈だ。そうに決まっている。


 しかし、一つ不安要素が有る。それは今から向かって居る錬金術師の工房に有る錬成に使える材料がどれも純度の低い物が多い事だ。今から造って貰う必要が有るのは世界を救う救世主なのだ、その上自身の親友でも有る。


 私情も含まれてはいるが、純度の低い物を使われて錬成されても、世界を救える程のものとして復活させられるとも思わない。


 使う素材の指定は暗示で何とかするとして、問題はどれを素材にするかだ。


 錬金術師の持ち物に一つ使えそうな物が有るのは確認できている。亡き親友の形見を使うのは当然として、せめてあと一つ何か良いものは無いだろうか。


 そんな事を考えながら工房に向かう途中で、大魔法使いは先程まで村だったであろう場所に目を留める。


 そこはつい今しがた鎮火したばかりといった、焼け焦げて崩れた建物と大量の惨たらしい殺され方をした死体が転がる場所だった。


 大魔法使いは錬金術師の工房に向かう道中で、一度足を止め。その村に入る事にした。


 目的は当然先程考えて居た、錬成に使わせる素材探しだ。


 惨たらしい殺され方をした死体は強い負の感情を死んで尚も持ち続ける。その上、多くの死体が集まる場所では、生物から流れ出した多くの魔力が辺りを漂い一際強い負の感情を持つ死体に集まる。さらに、死んだばかりの死体というのは良い素材になるのだ。


 村の奥に進むと、最高の条件を揃えた死体を見つける事が出来た。


 その死体の側には、何かの儀式の様に大量のバラバラ死体が有り、近くに有る他のどの死体よりも強い負の感情を持っていた。程よく時間が経っていた事で大量の魔力も宿っている子どもの死体だ。


 不気味な程都合の良い素材と巡り有った事で、大魔法使いは少し興奮気味になる。


 未来が平穏であったなら、今すぐ保存して持ち帰りここぞという所で研究に使いたいものだと思いながら、その死体に近付く。


 すると、大魔法使いと死体の間に割り込むかのように二人の子どもが立ち塞がった。


 金髪の二人の子どもは死体に近付く大魔法使いを威嚇するかの様に睨みつけて来る。


 よく見ると持ち去ろうとしていた子どもの死体も髪を血で濡らして赤く染まっている箇所が多いが、元々の色は金髪の様に見える。


 恐らく立ち塞がる二人の子どもはその死体の兄妹か何かなのだろう。


 死んでいるとはいえ、家族を引き裂く事に大魔法使いは心を痛める事も無く、二人の子どもを魔法で眠らせて、血塗れのその死体を持ち上げる。 


 一応、眠らせた二人の子どもの近くに魔物除けの結界を張っておいた。哀れみによるものなのか、二人の未来を垣間見たからか、大魔法使いはその場に二人を寝かせたまま、その場を去った。


 大魔法使いが去った少し後、ある聖職者が滅んだ村を訪れた。聖職者はそこで、二人の眠る子どもを発見して、教会に連れて帰る。


 その様子を遠見で確認した後、大魔法使いは再び工房へ向かう。


 コンコンとノックが聞こえ工房内にで研究をしていた、白衣を着た男が警戒しながら扉の向こう側に居るノックして来た人物に誰だと尋ねる。


 だが一向に返事が返って来なかった。白衣の男は自身の懐に手を入れ、銃の用意をし、警戒しながらゆっくりと鍵を開け扉を開く。


 扉をある程度開けて周囲の様子を確認するが人影らしき物は見えない。


 今度は扉を全開して辺りを見回したが、ノックしたであろう人物らしき人影も、降り積もった雪に足跡すら見当たらなかった。


 その代わりとでもいうかの様に、玄関扉の前には血の様に赤黒い髪の少年と、その胸元にある何かの骨、そして一枚の羊皮紙が置かれていた。


 白衣の男は少年に近寄り安否を確認するが、少年は既に事切れている。


 少年の死体に置かれている羊皮紙には文字が書かれており、白衣の男はそれを手に取ると、その場で読み始める。


 やあヘンリー博士、唐突で申し訳ないけど君にお願いをしに来た。


 わけあって君に姿を見せる事が出来ないのでこの手紙に要件を書き記して置くよ。


 なに、お願いと言っても君にとって有益なことだから気構える必要もないさ。


 この手紙と共に置いてある二つの素材、そして君のペンダントを使って人狼のキメラを造って欲しいのだよ。


 後出来れば、他に使う素材も今博士の持っている最高の素材を下に書き記したからそれら全てを使って欲しい。


 君の成功を心から祈っているよ。


 研究の支援者より


 拾い上げた羊皮紙にはそんな事が書かれており、文章の下には錬成に使う指定の素材が書かれている。


 そこに書かれている素材のいずれも、白衣の男が密に集めた素材ばかりだった。


 白衣の男は手紙の内容に驚き以上の恐怖を感じ、周囲を見回している。


 だが少し後に遅れて、恐怖心が消えた。そして、まるで何かに強制されるかのように置かれていた少年の死体と何かの骨を拾い工房の奥に向かう。


 そしてその二つを錬成釜に入れて、羊皮紙に書かれている素材を入れていき、最後に実家から持ってきた、自身の命よりも大切だった筈のペンダントも錬成釜に入れてしまう。


 その様子を窓の外から見ていた大魔法使いは満足した様にその場を後にする。


 それから三年後、雪が降り積もる帝国の雪山でようやく生物としての形が出来た一匹のキメラが培養液の入ったカプセルの中から外に出た。


 だがここで大魔法使いの予想は大きく外れる。カプセルから出て来たキメラは魔法使いが望んだ親友では無く、新たな生命として自己を獲得したのである。


 この時既に魔法使いの体は朽ち果てており、新な体で眠りに付いている為、かの大魔法使いはこの事実をまだ知らない。

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