第4話

 少女は書物の一項目に指を這わせると、つつつーと紙面を撫でた。


「何故、大指導主グランドデュークが奇術師と呼ばれていたか、知っているかしら」

「魔法史の授業で聞いたことが……確かあれだよね? 宿した魔力を失って壊れた魔導具を新品のように生き還らせたっていう」

 

 魔術師メイジの作る魔導具は有限であり、その魔導具に込められた魔力が尽きると壊れてしまう。もしくは使用できなくなるのだが、非常に貴重な魔導具もこの世の中には存在する。二度と作成できないであろう代物は、有識者によってレプリカを作られ、その魔導具の能力を後世に受け継いでいくのがつねだった。

 しかし、彼……奇術師と呼ばれた大指導主はそれをいとも簡単にくつがえした。優秀な魔術師でさえ、魔力の消費量に耐えきれず使うことをはばかれてきた空間魔法を自在に操れたのである。

 その魔法を使って、彼は修復不可能と言われた魔導具の時間を巻き戻してみせた。

 奇跡の力を見たものたちが稀代の魔術師だと――奇術魔術師コンジュラーだと崇めたのが始まりだと言われている。


「ま、待ってよ! だって、もうその時代には禁忌魔法に指定されてたはずで……!」

「ええ、よ。だからこそ、彼は大指導主になって己の力を誇示したくなった」


 学生のうちに顕現した彼の魔術能力。

 しかしそれは、すでに人体へ影響を及ぼすとされ禁忌とした魔法であった。当然、彼は空間魔法を禁止されてしまう。一時、もて囃した大人たちや物珍しさから英雄扱いした学友たちはすぐさま掌を返す。

 ――彼を道化師ジェスターだと嘲笑あざわらい罵ったのだ。

 プライドが高く、誰よりも魔法というもののチカラを見せつけたいと考えていた男は、そこで考えたのだろう。

 各国で唯一、魔法の使用が制限されていない存在になればいいと。


「大、指導主さまにってこと?」

「故意にその座を狙って、暗殺を目論んだ。そういうことかい? ネリ」

「本当に、ウルルク君の言うとおりだとしたら……私利私欲のためにシーア様を? そんなの、間違ってる」

「――そうね、間違っている所じゃあないわ。してはならないことよ。けどね、勿論それに疑問を持つ魔術師はいた。お父様や現司法高官ジャスティシアを筆頭に、事件当時は再捜査を嘆願していたわ。……この走り書きが挟まっていたの。小さい頃盗み読んだ時は難しくてわからなかったけれど」


 内部反発や事実の発覚を恐れた奇術魔術師コンジュラーは、まだ規模の小さかった反国家組織マルバノに手を貸す。国民の注目を魔女シーアから背けようとしたのだ。

 マルバノによる研究所の度重なる襲撃。

 彼らが望む、魔法使いのための国を再建させたいという気持ちを利用した彼の思惑は見事に成功した。人々は次第に女神が謎の死を遂げたのを追求するのを忘れ、マルバノによるテロに属目するようになる。

 また、官僚たちも反国家組織の行動に振り回され、先代大指導主の件に時間を割けなくなった。


「これを見て」


 ルグレの残したノートを切り取ったらしきメモには、無念を表したような文字が綴られている。

『マナの樹を探し出したアイツは利用しようとしたが失敗した。魔女シーアに敵わないと悟った彼は、マナの樹の魔力を使って暗殺を実行しようと考えたと推測する。しかし、千古ミル・水瓶ヴァスに隠されたそれを現世へ現すことは不可能だと判断したのだろう。どうにかして魔力を手にしようと模索している最中、長い間外交で執務室を開けていた彼女と運悪く対峙してしまい、シーアの膨大な魔力により繰り出される魔法で惨敗したが、プライドの高い彼のことだ。そのまま収容されることはなんとしても避けたかったのだろう。空間転移魔法エンヴォイアを使い、魔女シーアを国外へ飛ばした――いや、異空間へ転送したと言うのが一番説明がつく。これを相談したのは信頼出来るセイラアだけだが、彼もまた同じ考えに至ったようだ。私が感じ取れる限り、彼女の魔力は未だ衰えていない。つまり、このリヨン・ミュノーテの街に必ずいるはずだ。私は何としてでも、真実を暴き予言ウァテスの魔女……我らが大指導主グランドデューク様を連れ戻すことをここに誓おう」と、そう記されていた。

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