第3話

「それじゃあ、その魔女は死んだはずが生き返って、それに殺されそうになっていた西の魔女をネリちゃんが賢っ――あ、ちが……えーと、その……なっ、なんか急にネリちゃんが光って、それから……」

「……お馬鹿」

 

 エイダの入院している処置室での出来事を聞いた赤髪の少年は、幻浪族マーナガルムの彼に賢者の石の件を話していないことを悟り、濁した。少し言いかけていたのを運よくウルルクは聞き流していたらしく。ホッと胸を撫で下ろすが、幼馴染みの視線が痛く刺さっていた。

 西の魔女を襲ったマルバノの大蜘蛛魔女。彼女は確かに、一度死んだと言っていた。そしてそれを禁忌魔法で生き返らせたのが――


大指導主グランドデュークさまってわけ。マルクが見聞きした司法高官ジャスティシアとのやりとりもそれを証明しているわね」

 

 反政府組織マルバノと、それを正すべき一国の指導者が繋がっていたとなれば、この国だけの問題ではなくなる。ことは慎重に進めなければならない。


「お父様は任命式の時にはすでに大指導主がフランダール家のことを知っていたって……あれだって今思えばおかしかったわ。前大指導主さまが急死なさって急遽選抜されたんだもの」


 十一年前。

 歴代最高の魔術師メイジと呼ばれた予言ウァテスの魔女シーアは、貧しい農村や小さな町村に自ら出向き人々に豊かになる知恵の魔法を授けるなど、とても慈悲に溢れていた……そう、まるで女神だと国民から慕われている大指導主だった。

 彼女が務めている間はマルバノも比較的おとなしく、国は平和そのものであったが、ある年に事態は急変する。

 彼女の側近を長年務めていた奇術魔術師コンジュラーは、彼女が執務室で亡くなっているの見つけた第一発見者だった。混乱を避けるため、その遺体は彼によって速やかに処理されたという。

 国の指導者の席が空いているのは捗々はかばかしくない。彼はすぐさま時期の大指導主を選定するべきだと動いた。

 そして望まずして空席になったその座には、奇術師として魔法使いにも一目置かれ、尚且つ長きに渡り彼女を支えていたという経歴を考慮された彼――現大指導主が就くことになったのである。


「あの時はまだ幼かったけど……街中、ううん。国中がそのニュースで持ちきりだったよね。シーア様、一度だけ見たことがあったけど本当に美しい人だったなぁ」

「生きてるわ」

「――ぅへ?」

「だから、魔女シーアは生きてるって言ったの」


 黙って聞いていた幻浪も、マルクの様に素っ頓狂な声をあげそうになるほど驚く。思わず握っていたカップを落としそうになったのを、重大発言をした張本人の少女は「危ないわね」と叱咤した。


「驚くなってほうが無理があるって。ねえ、マルクくん?」

「うん……あの、生きてるってどういうことなの? もう葬儀だってして――」

「誰がその遺体を見たの」


 偉大なる魔女シーアの遺体は、国を取りまとめる者たちでさえ見ることが許されなかった。棺は固く魔法で封印されていたのだ。

 当時、いち官僚でしかなかった父親、ルグレは幼い我が子に忠告していた。それを、ネリはずっと覚えていて。というよりも、忘れることなんてできなかった。


『誰も御身体おんみを見ることがなかったとはな……あの男以外は』

『おとうさま?』

『ネリ、よく聞きなさい。シーア様は生きている。そして、あの男が大指導主となった今――お前は』

『……?』

『いや、そうだな。推測にすぎないな、こんなものは。いいか、ネリはフランダールの血を濃く引いているがゆえに魔力も人並み以上だ。しかしそれをどう使うかはお前次第……学びなさい、ネリ。いつか来たるその日までにその魔力を扱えるほどの魔術師メイジになるために』


 幼少期に父から聞いた、信じられない話。けれど幼き少女は、厳格で真面目な父親が嘘や確証のない話をするとは思えなかった。眼鏡から透ける眼は真剣そのもので。


「だから本当に生きてるんだと思うの」


 それを聞いた少年たち、特にマルクは彼女の父親のことは幼い頃から知っているし懇意にしてもらっていたのを覚えている。おじさまはそんな笑えない冗談をいう人ではないことは彼もわかっていた。

 ただ、魔女シーア――前大指導主が生きているとなれば大問題であることは間違いなく。そして生存しているならば何故死んだことにしているのかも理解ができない。


「殺そうとしたけど、殺せなかったとか」

 

 ズボンから覗く白銀色の尻尾が揺れる。

 狼の耳を持つ少年はぽつりと零すと、突拍子もないことを言ってしまったと慌てて訂正した。


「……ジェスター」

「ジェ――? ネリちゃん、今なんて」


 蒼顔でソファから勢いよく立ち上がった少女は、リビングの奥にあるルグレの書斎に走る。

 忽然と駆け出した彼女に二人は置いてけぼりで。視線を合わせ首を傾げていると、分厚い古書を手にしたネリが戻るなりテーブルに広げ出す。

 クッキーの乗った皿や空いたティーポットが落ちそうになり、すんでのところでマルクとウルルクがそれを奪いとるように退かした。


「奇術師……転送魔法…………千九百年代の禁忌、追加項目」


 呪文のように独り言を言いながら何百ページもありそうな古い図書をめくっていく。

 聞き覚えのある単語にマルクは反応した。


「千九百年代の禁忌魔法――? それって確か空間系魔法だったよね」

「空間系、魔法?」

「あ、えっとね……物体を別の場所に転移させる魔法。あとは時間を巻き戻したりする魔法も含まれるかな」

「そうよ、この年に禁止されたのは空間魔法。――まったく、はじめに教えたじゃないの。ウルルクったら忘れたとは言わせないわよ。このあたしが直々に教授してあげたのに身になってないなんてね。……全てが終わったら貴方にはたくさん魔法学について詰め込んであげるから覚悟しておくことね」

「あ、あはは……お手柔らかにお願いするよ、姫様マシェリ

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