第6話
ネリ・フランダールとしての秘密を知った
それどころか、無言でふらりと立ち上がると、対面のソファに座る彼女の前まで行き、やさしくその小さな身体を抱きしめたのである。
勿論、直後鉄拳が彼を襲う。
「
「――マルクもいることを失念しているんじゃあないでしょうね」
「あ、いや、ボクは……ええっと……お構いなく」
「そんなことないと、思うよ」
「?」
「ううん、ごめん何でも――そうだ、ボクちょっとお手洗い借りるね」
リビングをでる際に横切った彼女の表情は気色ばんだものではなく、マルクの知らない顔をしていて。本当の意味で気持ちに踏ん切りをつけた少年は、照れたように俯く幼馴染みを親友として、素直に祝福することができていた。
※※※
「え、ええ。わかりましたそのように。大丈夫よ、あなた。わたしだってあの子の母親ですもの」
「おばさま?」
お手洗いを貸りに行ったマルクは、トイレから戻ろうとした際、宰相と連絡をとっていたネリの母親の会話を偶然にも聞いてしまった。
「――あら、マルクちゃん。どうかした? ああそうそう、もう少しウチで待っていてくれる? ご自宅の方には連絡はしてあるから」
「あ、あの、おばさま。さっきの話……」
「やっぱり聞こえてた? ごめんなさいね、度々巻き込んでしまって」
おばさんの申し訳なさそうな言葉に西の魔女とのことや、未遂とはいえ、ネリに危害を加えてしまいそうになったことを反芻してしまう。巻き込まれたというより、当事者に……加害者になりそうだったのを止めてくれた本人や、こうして受け入れてくれるおばさま達には頭が上がらない。
そんなふうに考え込んでいると、二階から双子の姉であるランが血相を変えて駆け降りてきた。
「お母様、南支部も攻撃受けてるみたい――! あの子、大丈夫かしら」
「落ち着いなさいラン、タナなら平気よ。今ルグレさんが向かっているわ」
「お父様が……? じゃあ私も向かうわっ! 妹ひとりでマルバノと交戦させられないもの。南支部は規模は小さいけど重要な――」
「ランさん、それ……どういう意味ですか」
自責から俯いていたままだったマルクが、双子の姉が言い放った言葉に目を見開く。
マルバノと交戦? 南支部?
まくし立てる少年に、ランとネリの母親は苦虫を潰したように言い渋る。一体、今度は何が起こっているのだろう。
とてつもなく嫌な想像が
「
「……ラン」
「隠したってバレるわ。ほら、外、見てみる?」
腕を引かれ廊下にある窓の外を見るよう促される。
色鮮やかな花々で飾られた石畳の
「――なんで……なんですか、これは」
リヨン・ミュノーテの、閑静な高級住宅街。
先ほどまでのそれはみる影も薄くなり、黒煙が立ち込めている。大荷物を手に逃げる人々。
ホウキで飛んだオバサンがふらふらと空高く上がるのが視界に入る。
「マルクちゃん」
おばさまの手によって塞がれる直前に見えた、見えてしまった光景に、少年は耐えきれず嗚咽を漏らす。
「だ……って、今! 今あの女の人……どうしてっ」
悠々と、赤黒いローブを翻す魔術師の繰り出した追撃魔法で撃ち落とされた年配の女性は、ランが見る限りすでに息たえているようだ。戦場になっている地元の惨状に、少年はどうしてこの邸だけが平気なのかとたどたどしく尋ねた。
「私が結界魔法を使っているからよ。外からはこの邸は見えないようになってるの、家族以外はね。わかって、マルクちゃん。大丈夫、あなたのご両親は避難が済んだらしいから」
「ボクの家族が助かったって、そんなの……さっきの人は、もう」
「お母様、やっぱり私行くわ」
泣きじゃくる少年を見届けたランは玄関先に立てかけられたホウキを呼び寄せると、横に持ち飛び乗った。覗き込んでいた大きな窓が開き、彼女は軽やかに手を振ってそこから勢いよく飛び立って行く。
幼馴染みの母親は、我が子が戦下へ向かうのを止めなかった。
「ねえ、いまランお姉さまが……」
騒ぎを聞きつけたのか、リビングにいたネリとウルルクが廊下に出てきた。
嗚咽を漏らしながら泣くマルクに泡を食ったように声を失う少女達。何事かとそこに居合わせている母親に問いただす。
「ネリちゃん、リビングに戻ってて……何でも、ないんだ」
「ちょっと、何でもなくはないでしょう? どうしたのよ。お母様もマルクも変よ」
黙ったままの母親に、何かを見たらしき友人。おかしな様子にネリは頭をフル回転させる。
「――何」
途端、胸元が熱くなる。
ぐつぐつと煮えたぎるような、耐え難い苦痛に顔を歪めた少女はマルク同様、廊下に膝をつき倒れるようにしゃがみ込んだ。ウルルクがそんな彼女の肩を抱こうとした瞬間だった。
「い、いや……やめて」
「ネリ?」
「ダメ、離れなさいっ――!」
煉獄の炎が上がる。賢者の石の力を抑え込むため身体が自衛しようと反応したからなのか、少女の魔力も必死にそれに抗おうとしていた。しかし、体内に寄生する石の魔力は彼女を橙色の眩い光で包み込む。
――
残された少年たちは、少女に手を伸ばす。
「ネリちゃんっ!」
母親の悲痛に叫ぶ声が、すでに遠く聞こえて。
どこに転送されているのかは検討がついていたネリは、案外、自分を見つめる三人より冷静だった。
行手を失った二人の少年の腕は、虚しくに床へ落ちた。
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