第4話


 沿革えんかく万華鏡カレイドスコープ非楽音ひがくおんかなで、追憶から現実へと少女を呼び戻した。

 ドルイドの記憶からはじき出されたネリは、突如とつじょ変わった景色に唖然あぜんとする。

 昔日せきじつの情景や、情報量の多さに困惑を隠せない。

 幼子おさなごのころ、散々読み聞かせられた夢物語ゆめものがたり度々たびたび登場する『賢者けんじゃの石』という奇跡は、実際に現実に在ったもので。その存在が自分の中にあるのだと、若干じゃっかん驚きはしたが、これまでにあった事を思い返せばには落ちた。

 フランダール家に生まれ、賢者の石の継承者となってしまったゆえに、反国家組織であるマルバノに狙われていたのだとすれば納得がいく。

 そして、見せられた記憶の中で気になる点がいくつかあった。

 自分の魔力が突然なくなった原因は、それを見ても判明しなかったし、何よりあの『ローバー・』という男。既視感のある風貌と、偶然にも同じクレルと名の着く少年を、ネリはよく知っていたのだ。

 初期のマルバノ組織を率いていた深淵オプスキュリテの魔術師について、何か知っていないか叔母さまに聞こうと万華鏡から顔を上げる。

 

 「ねぇ、エイ……ダ――?」

 

 隣にいたはずの彼女が居ない。

 気配を辿たどるが、この空間には既に居ないようだった。エイダの事だ。少女を置いて、ひとり去ることはないだろう。

 化粧箱へ万華鏡を戻し、鍵が掛かったことを確認するとショーケースに並べた。

 ――地下保管庫への道はまだ繋がっている。少女がちゅうに揺らぐそこに手をかざすと、引っ張られるように、真っ白な異空間から魔法図書館へ移動した。


 壁の中を通るのは二回目だが、胃の中の物が迫り上がってくるような気持ちの悪さには慣れそうもない。不快なその感覚に、思わず目を閉じる。

 うねる空気が無くなったことを肌で感じとり振り返ると、クリーム色の壁にはゆがみはなく、異空間への扉は閉ざされた事が見て取れた。

 ピリッ――と、こめかみに電気が走る。

 紐状ひもじょう稲妻いなずまがどこからか伸び、張り巡らされたそれは絡めるように少女の身体に巻きついた。

 

 「久しぶりにしては随分ずいぶん挨拶あいさつね」

 

 四肢を封じられ、動きを封じられる。

 しかし、そんな状況でもネリはいたって冷静だった。

 締め上げるいとは、抵抗すれば電流が流れる仕組みの緊縛魔法。一度、学生寮を抜け出そうとした時にバレて、一晩ひとばんベッドへくくられたことを懐かしく思い出す。

 今と同様、『彼』の優しい心を表しているのか、力加減がされ過ぎて跡も残らないそれは『幼馴染み』が得意とする電絲魔法トネール・コルド

 

 「西の魔女が居たでしょう。……マルク、彼女を何処どこへやったの」

 

 図書館の中は暗く、ランプがない為に姿形すがたかたちは確認出来ないが、そこにいるのはリヨンに置いてきた幼馴染みで間違いはない。

 革靴の音が静かな図書館に響き渡る。

 パチパチと鳴る電光のいとがうるさいくらいだ。

 蝋燭ろうそくの火が揺れ、照らされた影は少女へ近付く。よく知った少年はネリを視界におさめたまま、ゆっくりとランプを顔元へ掲げた。

 

 「あの人なら眠ってもらってるよ。大丈夫、怪我はさせてない――って言いたい所なんだけどさ。すっごく抵抗されるもんだから」

 「エイダに何をしたの。答えなさい」

 「……ネリちゃんってさ。継承者だから、いつもそんなに上から目線だったの?」

 

 目前に立つ、そばかすに赤毛の幼馴染みは気色けしょくばんだ顔で少女をにらむ。はじめてみた表情だが、そこにはあわうれいを感じた。

 ――何故、『継承者』である事を知っているのだろう。

 口角を上げたマルクは、左手に持った杖をトントンと右掌みぎてのひらに軽く叩きつけながら、ネリへ一歩一歩距離を詰めていく。


 「質問の答えがまだよ」

 

 圧倒的に不利な状況下であってもひるまない少女に対し、それも想定内なのか。彼は余裕な眼差しで見つめ返す。

 家族よりも長く、一緒にいた二人だ。

 手を取るように相手の考えがわかっていたのに、手の届く先で見下ろすマルクの面構えからは、以前のように読み取ることが出来ないのがとてもくやしかった。

 

 「わかったんだ、ネリちゃんとは太古ふるくから運命で結ばれていたんだって。だってそうでしょ? そうじゃなきゃオカシイんだ。一番遠い分家ぶんけだけど、ボクは間違いなくローバー・クレルの血を継いでる。そしてキミは『賢者の石』の継承者、ドルイド・フランダールの末裔まつえいなんだもの」

 「まるでヒトが変わったみたいね。一体どうしちゃったのかしら……あたしの幼馴染みはこんな馬鹿げた真似するような阿呆アホじゃなかったわ」

 

 万華鏡から見た、彼の記憶。そこには確かに彼の言う通り『深淵オプスキュリテの魔術師』とドルイドの記憶の断片があった。

 意識がこちら側へ戻って早々、既視感をいだいたのはローバーとマルクの名が同じことだけでなく、フィラデルフ国ではまれな色素である赤髪と黄色味がかった肌の色にだった。記憶でみた魔術師は美しい長髪と端正な容姿をしていたので、すぐには気付けなかったけれど。

 

 「過去は過去よ。あたしはネリ・フランダールであって、ドルイドではないわ。あなただってそうよ。――マルク、杖を捨てなさい」

 「はははっ! めぐり合わせって凄いよねぇ。出逢うべき運命さだめだなんて、とてもロマンチックだし。恋愛小説ばっかり読んでるんだから……ネリちゃんもこういうの、良いと思うでしょう?」

 

 ――ヘーゼルカラーの眼孔がんこうは、何処どこうつろだ。会話の噛み合わない処をかんがみても、何者かに操られていることは明白であった。

 彼の中に眠っていた潜在意識を無理やり呼び起こしたのだろう。

 杖を握る手には大量の汗をかいていて。術者に抵抗を見せた爪痕も痛々しく喉元に見えた。

 少女は溜息を吐くと、緊縛きんばくされた状態のままその場にしゃがみこむ。

 

 「ああ、ネリちゃん疲れちゃった? ごめんね、ボクとした事が気が利かなくって。すぐに楽にしてあげ――」

 

 身をかがめようとしたタイミングを見計らい、マルクの頭部へ思い切り頭突どつく。

 ランプは彼の手から滑り落ち、床へ叩きつけられた衝撃で硝子ガラスが割れ砕け散った。

 ふらついた少年のひたいにはうっすら血がにじむ。本の趣味を指摘されたせいか、少々本気を入れすぎた。まあ、今の幼馴染みにはこれくらいがちょうど良かっただろう。

 ―― 十一年間、嫌というほど魔法だけでなく体術まで教えこんできたのに。

 自分が捕縛されたことよりも、他人に意図も容易たやすく心を操られた事に対して、ネリは心底イラついていた。

 

 「どこの誰だか知らないけれど。このあたしをまどわそうなんて、百億年はやいわ」

 

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