初めて見た幽霊
それが何歳の頃だったのかはよく覚えていない。高校生くらいの頃だったかもしれないし、20代だったかもしれない。
ただ、珍しく父方の伯父が来るという日だった。既に伯父が到着しているとわかっていたので、私は最寄り駅から自宅へ、少し急ぎ足で歩いていた。
寒い季節だったので、まだ夕方だったがもう随分と暗い。
家の近くには有名な心霊スポットがあった。
それは3階建てのテナントビルで、正面部分はガラス張りになっている。坂の勾配のため、1階より2階の方が道路からよく見えた。
2階は全て空部屋だったが、その日、不意に真ん中の部屋に目が行った。その部屋の中には学校でよく見る木の机がぽつんとあり、女性が一人着席している。
足早に通り過ぎながらも、なんとなく「あそこに新しく入るお店の人かな」と思った。
しかしその場を離れ家に着いてから、昼間でもあるまいし、なぜ電気も通っていない空きテナントの内部がくっきりと見えたのか? そもそも灯りも持たず空きテナントに女性が一人で座っていることなどあるだろうか? と、色々妙だったことに気付いた。
「ああ、なるほど。あれが噂の幽霊か」と、ぞっとするよりも合点がいくような気持ちが強かったことを覚えている。
まあ、私の話はそれで終わりなのだが。
実はその場所、心霊スポットではあったが、近所の人間からはあまり怖がられていなかった。というのも、3階の中央を長年陣取っている小中学生向け学習塾の存在があったためだ。
昔から「そこだけは霊が出ない」と言われていた。おそらく、子ども達が集まる明るい雰囲気の場所は霊も嫌なのだろう、と。なかなか弱気な霊である。
私が霊を見たとき、学習塾の両隣は空室だった。左側はかなり入れ替わりが激しかったと記憶しているが、右側には少し前まで美容室が入っていた。私もそこで何度か髪を切って貰ったことがある。
そのテナントビルに出る霊は女だと言われていて、特に霊障が酷いのが2階、次いで1階と3階らしい。
3階を借りたためか、その美容室の店長はなかなか霊に遭遇しなかった。しかしスタッフ達は次々に霊を目撃し、気味悪がってすぐに辞めてしまう。
ある時、女性スタッフから「きっと店長は男だからちょっかいを出されないんですよ。もしかしたらあの霊に気に入られてるのかも」と言われたが、店長はやはり気にも留めなかったという。
しかし店を始めて数年後、遂に店長も件の霊を目撃した。
閉店後、一人で道具の整理をしていたときのことだ。トレイの上に置いたハサミを取ろうと手を伸ばしたとき、視界の端で細い手がハサミの上に載っている光景を捉えた。驚いて反射的に顔を上げると、鏡の中に女が佇んでいるのを見つけたそうだ。
その日以来すっかりその場所が恐ろしくなり、すぐに店を移転した……というのは、移転後も彼の店へ通ってた父から聞いた話だ。
ちなみに私は、先述した「霊が出ない学習塾」に2年以上通っていた。噂通り、そこで女の霊を見たなどと言う者には一人も出会ったことがない。学生だけでなく、女性の大学生講師も同じだった。
中高生が授業を終えて帰るのは22時頃だったと思う。ガラス越しに閉店後の暗い美容室を眺めてみたことはもちろんあるが、そうしていて女の霊を見たことはない。だからどれほど霊の噂を聞こうとも、私はどうしてもそのビルを怖いとは思えなかった。
美容室の店長の話からそうなったのか、最初からそう言われていたのかはよく知らないが、そこに出る霊は「女に嫉妬するから、女にしか悪さをしない」というキャラクターらしい。
「女に悪さをする女の霊」というのは、漠然とした個人的なイメージだが、昔から全国各地に存在している気がする。勉強不足で具体的な怪談が思いつかないが、洒落怖だと「洋子さん(かもめ)」などはそれに近い部類だろうか。
私が見た机に座る彼女が、果たして本当に若い女性に嫉妬しているのかはわからない。しかしながら、私は幼少期から「霊って、男か女かをどうやって見分けてるんだろう?」という素朴な疑問を抱えている。
見た目だけ判断している……わけではないような気がするのだ。なぜなら多くの幽霊は、自分でも知らないような情報を見抜いてくることがある。
例えば「あいつ、憎き何某の子孫じゃないか!」とか、あるいは「こいつは死期が近い」とか。
大体、星元裕月くんレベルの中性的な美貌の持ち主ならともかく、ちょっと線の細い小柄な男性を女性と見間違えて襲うなんてことがあったら、なんだか格好悪い。「幽霊のくせにわからんのかい……」とがっかりしてしまう。
やはり人ならざる者であるからには、精度の高いセンサーを搭載していてほしい。
「あいつは女……に見るが、ふむ。MtFのバイセクシャルか。身体は男のままのようだが、バイとは言っても自覚のないレズビアンのように見えるな。今日のところは見逃してやろう」とか、それほどの千里眼で我々の本質を見抜き、害をなすか否かを判断してほしいと願う。
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