第十五節 黒に染まれ

 轍国へと舞い戻った魔騎難は、城の上から一帯を見下ろしほくそ笑んでいた。轍燈花の体内に長らく棲んでいた影響だろう、国民一人一人の中にある魂、その本質が手に取るようにわかる。今まで『魂』と認識していたものの正体が、明瞭に理解できる。

「とにかく判明したぞ。己の力の本質が。ああ、笑いが止まらん。己は神にも等しい」

 頬の緩むまま、魔騎難は下々の人間達の魂──もといコアを作り替え始めた。元より数年間監視してきたコアである、変質は容易にできた。

 阿鼻叫喚が聞こえてくる。どうやらコアの変質具合には個人差があるらしい。適性の高い者は激痛を伴いながらも早期にレシーバーズへ変貌したが、低い者は人にもレシーバーズにもなれず、断末魔の叫びと共に肉塊へと成り果てた。

「こうして見るとより実感できる。あの女、怪物どもの中でも上位の種だな。──『ゾア』…か」

 魔騎難は書庫の『ヤマト伝説』を思い出した。いつの日か現れる英雄。世界を救う先導者。よもや何百年も後に自分の戦闘の記録を見ることになるとは思わなかった。それにしても酷い作品だった。この力を実際に手に入れてようやく実感を抱くような、そんな夢物語を吹聴するとは。曖昧な希望ほど残酷なものもあるまい。

「全く、進化を促す必要があるのか?こんな欠陥品ども」

 かつての『上司』への愚痴を独り呟き、

「どうでも良いか。己は己の生きたいように生きるだけだ」

 魔騎難は全国民のコアに呼びかけた。戦え。殺し合え。勝て。その強さを誇示するが良い。

 途端に、レシーバーズ同士が殺し合いを始めた。超常現象の数々が地上で起こる。血飛沫が舞う。

「これも試してみるか」

 空中に浮かび上がった炎の輪から、大量の肉削が投下される。連鎖的に発光しては、次々とレシーバーズ達を消し去っていく。

「いいな。一気に厳選できる」

 声を弾ませる魔騎難の姿は、さながらゲームを楽しむ子供のようだった。

「強者だけが生き残ればいい。あとはいらん」

 何の気なしに出た言葉に対し、魔騎難は鼻で笑った。

「…彼と同じ事を言ってしまった。親が親なら、といったところか」

 そのようなことを口にしていると、他のコアとは異なる性質のものが勢いよく城に近づくのを感じた。

「来たな」

 笑みを浮かべ、魔騎難は錆びた赤色の鎧を身に纏う。刹那、魔騎難は猛進するブラックリブラの前に立ち塞がった。ブラックリブラが足を止める。

「腐っても騎士だな。兵の厳選を邪魔したのはともかく、その点は褒めてやろう」

「それはどうも、先輩」

 互いの威圧感がぶつかり合う。本能のまま暴れていたレシーバーズ達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ところでお前、小さい女はどうした」

「置いていきましたよ。一応、彼女は勾国の重鎮ですので」

 魔騎難が大袈裟に拍手する。

「勲章な国王じゃないか。人命と国政を大切にするとは」

 腹立たしく思ったブラックリブラは魔騎難を睨んだ。

「小生は野蛮ではないのですよ、あなたと違って」

「辛辣な事を言う。同じ腹から生まれた仲だろう?」

 そう語る魔騎難の目は、あからさまにブラックリブラを見下している。

「皮肉というのは、言動を隠してこそ活きるものでしょう」

「勘繰りすぎだろう。…お前、よもや『嫉妬』か」

 直後、笑う魔騎難の顔面に拳が入った。だが、涼しい顔で魔騎難はブラックリブラを指さす。

「図星だな」

 パンチが連続で繰り出される。しかし、熱され膨張した空気が見えない壁となり、ブラックリブラの攻撃を全て受け流す。鎧にも届かない。

「皮肉なものだよな。ヨハネス自身、認めたくない感情から生まれた者ほど弱いのだから!その実、その情こそ彼の本質だというのに!」

 炎がブラックリブラの両腕を焼く。

「己やお前が世界を壊したがるのも、奴の本音故かもしれんぞ?」

 ブラックリブラは咄嗟に魔騎難を蹴飛ばし、距離をとる。

「随分と親を貶しますね」

「当然。奴がいる限り、己は絶対でないのだからな!」

 魔騎難は黒い影の姿となり、背後の王城に向かって伸びていく。真っ黒に染まると同時に、城はその形状を変えた。やがて城は龍となり、翼を広げた。風圧で数多くのレシーバーズが巻き上げられる。中には4mにも迫る巨漢もいた。

 魔騎難は骨をも震わせるような重い音を轟かせ、石造りの顎を軋ませながら笑った。

「故に、己の障壁は全て壊し!糧とする!頂点はただ一つで十分!」

 体内で爆発させた肉削の光を、レーザーのようにして吐き出す。即座に避ける。

 ブラックリブラはかすめた肩の肉が、綺麗に削がれているのを目視した。痛みが走る。だが、かえって生気が漲る。

「その割に兵の厳選やら魂の憑依やら、挙げ句能力の剽窃とは、小賢しい頂点もいたものですね…!」

 転がる骨の山を尻目に、ブラックリブラは吐き捨てた。

「強がるのはよせ。見苦しいぞ?」

 魔騎難は首を鳴らし、指から炎の針を飛ばした。ブラックリブラの足の甲と足首に刺さる。降り注ぐ針の雨からは逃れられず、ブラックリブラはその身に猛攻を受け、地面に磔にされた。

 その光景を見下ろし、魔騎難は笑った。

「似合いだぞ、『嫉妬』」

 ブラックリブラは踠くも、動く度に炎が孔を焼き痛みを走らせる。内から神経を焦がされるような気分だった。

「せっかくだ。お前の力、有効に使わせてもらおう」

 やめろ。声を上げようにも、炎が喉にまで侵食して言葉にならない。ブラックリブラは呻き続けた。だが無情にも、龍を覆っていた影はブラックリブラの中に入り込み、意識を染め上げた。

 魔騎難は針を消し、炎で傷を塞ぎ起き上がった。肩を回す。

「さすがにあの女よりは動けるが…鈍重だな」

 ブラックリブラの魂に刻まれた記憶が流れ込む。

 ヤマト達との戦いで魔騎難が封印された後、四騎士は生まれた。その中で、ヨハネスの『嫉妬』が形を持ったブラックリブラは、生まれた時から存在を忌まれてきた。邪険に扱われ、見向きもされない。厚遇を受け続ける『高潔』のホワイトライダーに『嫉妬』し続ける数千年だった。

「だから見下してきたわけだ、人間を」

 何かの上で在り続けたい。生まれ持った性は、際限の無い渇きをブラックリブラにもたらした。身内から見ればお山の大将、外の者から見れば脅威。常に孤独だった。

 だが、タカマガハラに来て、偽のオーダーと会って、奇妙な感覚に陥った。見えない階段を着実に昇るような、欠けたピースが埋まって新たな画面を作り出すかのような、そんな感覚。奉莉だけは、何故か見下す気になれなかった。

「…なるほど、弱いはずだ。少女に絆される程度の嫉妬心しか持てないとはな」

 もはや興味は無い。魔騎難は流れ込むブラックリブラの記憶を断った。そして、生き残った四体のレシーバーズが自身に傅いているのに気づき、彼等の方を向いた。

「問う。お前達は何ができる」

「自分は物質を柔らかくできます」

 最初に答えたのは、白く膨らんだ身体のレシーバーズだった。

「妾は毒を吐けまする」

 次に紫色のレシーバーズが、女豹のように身体をくねらせて答えた。漏れ出す吐息は、死体に群がるハエの命を奪う。

「視る。以上」

 目の無いレシーバーズが答えた。すると白いレシーバーズが勢いよく立ち、

「ふざけたことを言うな!第一、説明になっとらんではないか!」

 と激昂した。動じない目無しレシーバーズに魔騎難が、

「弱点を…だな?」

 と問うと、目無しレシーバーズは静かに頷いた。

「最後はお前だが…答える気はあるのか?」

 魔騎難の瞳の先にいるのは、傅いたまま眠るバク型レシーバーズだった。この態度にも白いレシーバーズは激怒し、

「従わんか!」

 バク型レシーバーズの頭を叩いた。自分の頭蓋骨の弾む音で、バク型レシーバーズは起きた。尚も怒りのおさまらない白いレシーバーズに、紫のレシーバーズは身を寄せた。

「許してやらんか。従う従わぬは個人の自由であろう?」

「なら何故この方に頭を下げる!」

「奴は知らんが、妾は面白そうじゃから。して、そちは?」

 緩やかな調子で喋る紫のレシーバーズが喋り終わる前に、白いレシーバーズは大声で答えた。

「決まっている!強き者には従え、それが自分の人生訓だからだ!」

 紫のレシーバーズは吹き出した。

「威張り散らす故どれほどたいそうかと思えば…小さいのう」

「貴様、愚弄するか──」

「黙れ」

 魔騎難の一言で、場は一斉に静まった。

「…答えんなら、お前の魂を読み取っても構わんぞ?」

「ぼ、僕の能力?は、皆の頭の中、に、行けること、デス。さ、さっき、やったみたい、ニ」

 咄嗟にバク型レシーバーズが答えた。

「つまり夢の世界へ忍び込めると。で、引き金は眠ること、か」

 普通に考えればオカルトで済む話だが、厳選に耐えた所を見るに、相応の強さはありそうだ。魔騎難は笑みを浮かべた。

「──ではこの地の文化にあやかり、お前達に真名を与えよう」

 白いレシーバーズを指さす。

「入道」

「はっ」

 次に紫のレシーバーズ。

「睡蓮」

「うむ」

 目無しのレシーバーズ。

「里眼(りがん)」

 頷き。

 最後にバク型レシーバーズ。

「夢走(むそう)」

「は、ハイ!」

「お前達はこれより、己の僕として働け。手始めに支配といこうか。落とした領土はお前達のものだ。中立も何も関係ない、全てを染めろ。血と自我で」

 四体は改めて傅き、魔騎難の威光を讃えた。

 入道の提案で開かれた戴冠式の中、魔騎難は玉座で頬を緩ませていた。勾国遠征より帰還した雑兵は、四体には及ばないものの全員素質あり。大幅な戦力強化となった。

 楽しみだ。この駒を奴等にぶつけるのが。

「国寄せの準備は近い…!」

 登子達が天王山を降り、凪村を通ろうという時のことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る