第三節 ハッタリ王子
凪村を抜け、勾国の国境地点付近まで進んだ辺りで、登子と仁は宿を取った。宿の周囲には機械修理店や道具屋が随分と並んでいた。
部屋の中、そのことを不思議がって窓から眺めていた仁に、登子が説明する。
「『鉄広場』は町規模で勾国の道具関連の製作を一手に請け負っているの。だから密集しているってわけ」
「なるほど、ギルドみたいなモンか」
仁は呟いた。通常、同規格の商売を敵の近くでやるのは悪手だが、国家的事業ともなれば話は別である。互いに切磋琢磨できる環境を国(パトロン)が与える。そして完成品を国家規模で宣伝する。そうすれば国益、町の利益に繋がる。
「ここでなら、俺のユニゾンギアも直せるかな?」
ボロボロになり、荷物と化したユニゾンギアを仁が枕にする。登子は顎に指を置いた。
「どうでしょうね…私、機械には詳しくないから何とも…」
仁は身体を起こし、ユニゾンギアを担ぐ。
「とりあえず、聞いてみるしかないか」
そう言って宿の外に出て、仁は最寄りの機械修理店に足を運んだ。ドアを開けると同時にベルが鳴る。
「らっしゃい」
そのベルに続くようにして、壮年の男性が奥の方から挨拶した。仁は机の上にユニゾンギアの入った包みを置く。
「これ、直してほしいんです」
物珍しそうに見つめ、
「ちょっと待ってな」
と、店長は解析用の道具を次々に取り出してはユニゾンギアを凝視し、首を捻って唸る。
「兄ちゃん。どこで見つけたんだい?うちにくるってことはセルフメイドってわけでもないんだろ?」
「友人が造ってくれまして」
店長は驚いて仁を見た。
「どんな師匠の下で学んだんだい、そのダチは…天才としか言いようがねぇ…」
零は、ユニゾンギアの開発は日向の使っていたアーマーを参考に、より安全で汎用性の高い装甲を目指したと語っていた。二人とも、恐ろしいほどの天才だということを仁は思い出し、目を細めた。
「ホント凄いです、俺の友達」
だが直後、店長の言葉で現実に引き戻される。
「ワリィな…そのダチに頼んでくんねぇか?俺には直せそうにねぇ。レベルが高すぎる」
「そうですか…」
仁は再び、ユニゾンギアを包みに入れようとした。その時、
「あー!」
という叫び声と同時に、コートを脱ぎ、周囲の人物より身なりがはるかに綺麗な男が店に突入してきた。
「ちょっと失礼!」
ユニゾンギアを手に取り、男は瞳を輝かせた。
「ガラス越しにも伝わった精巧な造り、一点の淀みなき金属光沢、何より間近で見てこそ理解できる芳しき鉄の匂い…まさしく逸品だ…!」
「おい、それ俺の…」
仁がユニゾンギアから男の手を払いのけようとした直後、男は仁に振り向いた。
「欲しい!余に寄越せ!」
「は?」
反射的に声が出た。
「何で見ず知らずの奴に俺のモンあげなきゃいけねぇんだよ」
仁が突っかかろうとすると、店長が間に割って入った。そしてすかさず、仁に耳打ちする。
「この方は勾国の王子、勾七光(まが ななみつ)様ってんだ。あんまり歯向かってもらっちゃ困るよ、俺達に飛び火すっから!」
「そう言われても…」
「何をコソコソとしている」
七光が二人の顔を覗き、眉を潜める。
「とにかく、あの逸品は余が引き取って良いな?」
仁は店長を退け、
「いいわけ無いだろ!」
と七光に怒りをぶつけた。郷に入っては郷に従えと言うが、いくらなんでもこれは傍若無人にも程があるだろう。
「王子様か何か知らねぇけど、それは俺の友達が一生懸命造ってくれた代物なんだ。そう簡単に渡せるか!」
七光は仁の剣幕に圧倒されたじろぐが、しばらく考え込んだ後に一つ提案した。
「なら余が直せば貰い受けても構わんな?」
仁は訝しげに睨んだ。
「できるのか?店長だってできなかったことを、お前が」
七光は自信満々に言ってのけた。
「当然であろう。機械に関して、余の右に出る勾国の者はおらん故な」
できないことをここまではっきりと言う人間はいまい。七光の腕は確かなのだろう。しかし、それでも仁は首を横に振った。
「お前がどれだけ機械に詳しくても、そいつを渡すわけにはいかねぇ。何があっても、絶対だ」
「ではこのまま放置するというのか?使われてこそ道具は輝く。『ガラクタ』のままで何ができる」
七光の失言に仁の怒りは頂点に達し、襟を掴んで壁に押しつけた。
「オメーもう一回言ってみろ…!」
七光は目を逸らし、冷や汗を流した。店長は震えた声で制止するよう呼びかけるが、誰の耳にも届かない。
どうやらガラス越しに騒ぎは広がっていたようで、登子が物凄い形相で入店してきた。
「あなた何してんのよ!」
登子の声で、仁は我に返る。襟から手を離し、俯いた。
「ごめん。こいつにユニゾンギア、奪われそうになってキレちまった」
登子は七光の顔を見る。途端、登子は七光に詰め寄り、力ずくで仁に頭を下げさせた。
「…こちらこそごめんなさい。知り合いが迷惑かけてしまって」
目を丸くする仁に、登子は疲れ気味に付け加えた。
「色々事情があるのよ、王家って…」
七光は上目で登子の顔を確認する。胸の高鳴りを感じた。
「まさか…登子殿か!?」
久方ぶりに、思わぬ形で許嫁に会った七光は興奮を隠しきれなかった。
「10年ぶりくらいかしら、七光王子。相変わらず変わらないわね」
ため息混じりに挨拶する登子に、七光は顔を上気させつつ距離を置く。
「これは失態を見せてしまった!…で、その男は何者だ?」
登子は仁に目配せする。
「彼は志藤仁。別の世界からやって来た人で、今は訳あって私に協力してくれているわ」
「召使いか?」
あまり綺麗とは言えない仁の身なりを見ながら失礼なことを口走る七光に顔をしかめつつも、仁は一応の説明をしておくことにした。
「旅の仲間だ。ヤマト伝説に書かれてある、三種の神器を集める。そのためにユニゾンギアは必要なんだ。だからお前に渡せない」
七光は鼻で笑った。
「何がヤマト伝説だ。あんな迷信に従って登子殿と旅をしているだと?戯れ言も程々にするがよい!」
おかしい。仁は思った。登子によれば、勾国は政教合致の国家である。ならば、王族こそヤマト伝説の類を信じて疑わないのが道理というもの。何故、鼻で笑える?
不思議がる仁の耳に、不意に怒鳴り声が聞こえてきた。
「ここに王子がいると聞いた!我々のもとに連れ出せ!」
不穏な空気を感じ取った仁はすかさず店長に、
「王子を奥へ」
とだけ告げ、店を出ようとする仁に、七光は問いかけた。
「どこへ行くつもりだ」
仁は振り向き、語気を強くした。
「お前、絶対外出んなよ」
気圧され、七光はそれ以上何も言えなかった。
「私も…」
「ダメだ」
扉の方を向いたまま、登子の言葉を遮る。
「仮にも王女なんだ、下手なことしたら争いのダシに使われるぞ」
登子はそれ以上、何も言わなかった。
仁が表に出ると、向こうで鎧を着た男達が鉄広場の人々に詰問していた。
「王子は見たか?」
「いえ、私達は何も…」
職人の一人が否定するが、兵士達は手を強く掴み上げて再び尋ねた。
「王子は?」
「だから知りませんって──」
「嘘をつくな!貴様も共犯にするぞ!」
骨を砕かれ、職人は悲鳴を上げた。仁はすぐさま現場へ走り、
「やめろ!」
と叫んだ。
「その人の手を離せ」
兵士が仁を見る。
「我が国において王権は絶対。それも知らんとは、さては異国の者だな?」
王権?では、七光王子を殺そうとしているのは国王、つまり彼の父親?疑問が浮かび上がるが、今はもっと大事なことがある。
「そうだ。でもな、国のルールが何だろうと、誰かを傷つけていい奴なんて一人もいねぇ!」
「ならば貴様も、国家反逆罪で引っ捕らえてやる!」
「ちょっと待った!」
逆上して襲いかかる兵士達の前に、七光が現れた。
「お前、来んなって言っただろ!」
「心配ご無用。何故なら余は王子だからな」
七光は咳払いし、兵士達に胸を張った。
「やぁ諸君、余はここだ。その者の手を離せ」
だが、兵士は笑ったまま職人の手を離さない。
「余に用事があるのだろう?言うことを聞いてさっさと──」
「そうだな、用事を済ませるとしよう。貴様を殺してな!」
兵士の一人が七光に剣を振った。七光はよろめき尻餅をつく。
「何をする!余は王子だぞ!」
兵士達は嘲笑した。
「まだわかっていないみたいだな。王が貴様を殺せと命じたんだよ、バカ王子!」
「父上が…?」
七光の身体は絶望で動かなくなってしまった。涙が溢れ出す。
「嘘だ…」
兵士達の笑いが更に激しくなった。
「おいおい、現実逃避しちまったぜ!」
「こんなバカ王子が国を背負おうとしていたんだからな!ちょうどいい膿潰しだ!」
「ふざけんな!」
仁は怒鳴った。
「何が膿潰しだ…!命を軽く扱ってんじゃねぇぞ…!」
『膿潰し』発言をした兵士の眉間に皺が寄る。
「やり合おうってのかよ?国家権力と」
「泣いてるとこ見て笑う奴は許さねぇ。それだけだ」
「生意気な小僧だ、やっちまえ!」
一斉に突撃する兵士達を、仁は軽々といなして薙ぎ払った。レシーバーズと生活を共にし、四騎士とさえ交戦したのだ、人と戦うのはもはや造作もない。
「これでよし、と」
仁は兵士達を椅子に座らせ、縄で両手両足を縛った。
「反省するまでそうしてろ。飯はちゃんとあげるから」
それから、手を砕かれた職人の前に駆け寄り、人々からもらった添え木と包帯を使った。
「あくまで応急処置ですので、すぐに医者に診てもらってください」
手当を行い、仁は早急にその場を去った。
どういった事情であれ、国家反逆罪に問われる行為をしたのは間違いない。下手に他人と接触すれば、関係ない人々が巻き込まれる可能性が高い。それは最も仁が望まないことだ。
ともかく、仁はしゃがんで七光に手を差しのべた。
「立てるか?」
七光は仁の手を掴んで立つ。尻に付いた埃を払う。涙を拭い、情熱的な眼差しで仁を見つめた。
「どうした?」
七光は意を決して言葉にした。
「…旅に同行しても良いだろうか?」
「いいけど…何のために?」
仁が尋ねると、七光は仁の手を両手で握りしめた。
「余は…無力だ。さっき、それを思い知った。だが、あなたに着いて行けば、少しは強くなれるかもしれない。情けない自分を変えられるかもしれない。そう…思ったのだ」
目を伏せる七光の手を握り返し、仁は提案した。
「じゃあ直してくれよ、ユニゾンギア」
「え?」
当惑する七光の肩を軽く叩き、笑顔で言った。
「機械で右に出る奴はいないんだろ?俺には真似できない。お前にしかできないこと、やってくれないか?」
七光の顔が明るくなる。
「…お安いご用だ、師匠!」
「師匠?」
「人生の師ゆえな!」
「そんな御大層な…」
「謙遜するでない、師匠!」
「恥ずかしいからやめてくれ…」
「何故だ師匠!」
「だからやめろって!」
二人で笑いながら、登子の待つ修理屋へ戻っていった。空はもう暗くなっていた。
勾国の中に潜む魔境『霊源の森』の奥深く、義太郎は満身創痍で大木の幹に磔にされていた。辺りを幼児程度の小さな霊獣『土児(ツチノコ)』達が囲う。
「よりによって、守護獣んトコ降りるなんてなぁ…運がええのか悪いのか…」
息も絶え絶えに呟く。
「ま、悪いやろな…事もあろうに…蛇やもんなぁ…」
霞む視界で義太郎が捉えたのは、白い鱗の大蛇姫『久天空使(くてくうし)』の姿だった。
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