第49話 攻め立てる罪


 柳が気付いた時、そこは列車の中だった。自分と稲永以外にも何人か乗っている。


 曖昧な意識、未だに闇に沈んでいくような虚無感が柳にこびりついているようだ。目元を擦り、眠気と抗おうした時、そこで自分が泣いていることに気づいた。


 何故だろう?


 そう思う間も無く列車が急停車したのだ。慣性の法則に沿って停車の勢いに押されて咄嗟にバランスを崩し席に倒れる。


「当列車はお客様と電車が接触致しました為……」


 状況を把握出来ない柳は列車の中を一通り見回す。

 アナウンスの内容に苛立つ人、時計を確認して先を急ぐ人、事故の世間話をする人。

 誰も被害者について興味は無さそうだった。


 そうしていくうちに夢の中で感じた異常を思い出していく。

 そして、ただこの中で一人、柳だけがそのアナウンスに得体の知れない焦燥感と言う恐怖を感じていた。いつも自分もこの中の一人なのに、気に留める事はないはずなのに、その被害にあった誰かに対して想像を止めることはできない。


「すいません!誰か私の友達を知りませんか!」


 見覚えのある少女が隣りの車両からやって来る。だが何処で見たかは、寝起きの柳には分からない。切羽詰まった様子で車両内を走る。


「あ」

「あ!」


 彼女を見つめる柳に気付いた彼女も、何かに気づいたようでハッと目を見開く。何かを確信したかのようなその表情は次第に落ち着きを失い涙目で訴えかけて来る。


「まぁ、落ち着けや、お前さん」


 だがそれを遮るように小さく呟かれたその一言を、柳は聞き逃さなかった。


「”忘却”」


 稲永は素早く彼女の頭に手を置き、呪文を唱える。


「え?」

「……!」


 静かに唇を嚙み締める。柳はその意図を察したのだ。

 少女は自分に何が起こったのか解らないようでその場で固まり、狼狽える。


「お前さん、何か探してたようだが」

「あ!そうです!私の友達の由香を!由香を知りませんか!」

「いや、ワシらは知らん。見てない」

「……」


 あの大人しく物静かだった面影は無く、友達の為にここまで行動できる少女だとは。柳の中で枷が重く、苦しくなる。


「見てないな?」

「え、ええ……」

「そうですか……」


 それから列車を降りれたのはいつだろう?柳は気が気でない。目覚めた時とはまた違う、闇が柳にのしかかる。自分の在り方が酷く歪む。


「柳、しばらくすればまた、仕事でここに来ることになるかもしれん」

「……」


 柳は何も言う気になれない。どうしても、今は何もしたくない。


「……まぁ、気にするなとは言わん。だが自分を見失うなよ」


 先に階段を上り改札に向かう稲永の目は、真っ黒に淀んだ柳の瞳が忘れられなかった。

 そして、柳は稲永が自分に対しての言葉について考えていた。柳は忘れられなかった。自分に対して向けられた瞳を。


 自分の居る組織は正義ではない。人を守るために行動をするのではない。隠さなければならない。知られないよう隠す、ただそれだけ。アフターケアなんてしない。


 ポケットの中の金色の糸が絡まった干からびたナニカに、罪の意識を感じる。


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