第48話 血に濡れた銀色


 視界を塞がれ、いつどのタイミングで当たるわからない。


 だがそれでも本能的に飛びのく。方向を間違えれば歯につぶされ、一瞬で轢き

 肉に変わる。避けても一直線で柳と距離を離し、暗い闇の奥に消える。


 柳が追いかけてもには、何処までも続く線路の先の闇の奥で方向転換を終え向こうから突進して来る。柳が避けけれているのは向こうからの巨人の目の光が認識できているからに過ぎない。列車と同じ速度で動く相手にこちらから攻撃を当てる事は難しく、柳は避けることしか出来ない。


「ハァ……!ハァ……!」


 避け続けてもいずれ限界が来る。柳は息を荒げ、どうしようも無い現状を打破しようとあたりを見渡す。




 怪物を追いかける列車は、じきに追いつき横並びになる。

 稲永は右側のガラス窓を叩き割り、縦横無尽に走る怪物に拳銃で狙いを定める。


(手持ちの弾はシリンダーの中を合わせて二十四発、これで列車と同じ大きさの奴を仕留めろってか!?)


 だが、怪物が右に曲がれば列車も追うように揺れ、左に曲がれば激突を避けるように列車も動く。確実に殺す為に怪物の頭部をを狙うが、揺れる列車の中ではまともに照準を向けることが出来ず、稲永は苛立つ。


「柳どこだ!出てこい!」


 怪物に向かって叫ぶが、帰って来るのは怪物の体当たりだ。

 それに対する稲永は躊躇無く引き金を六発引く。狙いをつけずに適当に撃たれたが的は大きい故に全弾、蛇のような太い胴体に命中する。だが傷の大きさは蛇に六本の針が刺さっただけのようにも見える。


 怪物を止めるには全く歯が立たない。

 ああ、無情。列車に衝撃が走り、稲永の居た車両の扉や壁が破壊され剥がされる。

 稲永は衝撃にろくに耐えることもできず後方の壁に叩きつけられた。窓が割れたが

 そのまま外に飛び出さなかったのは幸運だったろう。


 だがそれは他の人間はそうではない。


「きゃあぁ!」


 怪物は運転席に立っていた由香を狙う事で列車の制御を奪おうとしたのだろう。

 由香が声を出すと同時だった。彼女は体当たりで壊れた扉に差し込まれた怪物の腕に連れ去らわれた。


 状況を把握することは出来ず呆気に足られた表情しか出来ない。


 そのまま怪物の身体に引きずり込まれる。

 成すすべなく怪物の肉の中に溶けるように消える。


「由香!」

「クソが!」


 稲永は悪態を吐くことしか出来ない。酒瓶を投げつけても効果は見られない。

 最早、この数多の人を喰らった怪物は人の手に負える存在ではないのだ。





「クソ!」


 白い巨人は何度も柳を轢き殺さんと線路上を往復する。二車線の内の一つから高速で突進を繰り返す。そいつの顔は回数を重ねる度に愉悦に染まり柳を嘲笑う。


 どうにかして巨人を殺すかここから逃げるかをしなければならない。逃げ口らしき場所は巨人よりも巨大な歯が待ち構え、線路上の猛攻が柳の思考を奪う。


 だが、その流れは最悪の形で終わりを迎える。


 何十目かの突進を避けた後、立ち上がった柳の予想外の背中から何かがぶつかる。体制をを崩し、何が起きたか分からない。


「痛った~……?」


 起き上がった柳は目の前に座り込み辺りを見渡す美香が視界に入る。


 白い光は今、由香を包み込む。


「由香ちゃ」


 ぐしゃり


「あ……」 


 今目の前で振り返った彼女の顔が柳の目に焼き付いて離れない。

 あっけなかった。手を伸ばす暇もなく。


 最期の言葉を発することも出来ず。その瞬間を認識できたのだろうか?

 目の前の線路には彼女のものだった血痕がそこに残る。


 嘲笑うように白い巨人が柳の少し遠く離れたところで笑い、そこまでに続く飛び散った赤い塊の痕跡が踏切に沈むように消え、車輪に纏わりつく金色の毛髪の隙間から生気無い目が攻め立てるように柳を見つめる。


「あ……あ……」


 あ~あ。守れなかったね。柳風斗。


 記憶の中の少女は無惨な最期を遂げた。どんな最期?

 切り刻まれ、何度も棒で叩かれ青く腫れ、最後には首だけ。

 彼女もまた、おんなじ目だったよね?


 じゃあ、君の隣に、後ろにいたのは誰だった?



 放心状態の柳に向けて再び車輪が回る。

 彼女の残った骸を拾い、胸に運ぶ。その目はどこも見ていない。


 祈るように立ち竦む柳に血濡れた車輪が迫る。少しづつ加速を付けて突っ走るそれは言う。


「ムコウデモイッショニネ」


 残酷で愉悦に染まった慈悲を、柳を向けようとする。


 銀色に光るそれが襲う。




 銀色のナイフが巨人の腹に突き刺さる。


 高速でやって来る突進に構わず捨て身で行われた柳の無謀で力任せに飛び掛かりの刺突で、ひしゃげた左腕が腹を貫いた。直線で脱線はしないものの、二輪で立つ巨人はその勢いのまま背中から地面に倒れ引きずられる。


 赤く血走られたその目は巨人から見ても異常だった。


 巨人の腹の上で何度もナイフを突き立てる。残った右腕だけで何度も何度も。長い腕で殴りつけようが、引きはがそうと引っ張るが離れる事は無い。

 

 こんな奴は見たこともない。ここまで追い詰めたら抵抗を諦める筈だろうと。

 そう言いたいかのように口を動かすが


「向こうでも死ね」


 最後に頭に突き立てられたナイフが奥で長く深く突き刺さり、縦に腹にかけて裂こうと刃が振り下ろされる。

 空いた巨人の間に柳は吸い込まれた。




 突然、怪物は巨体を唸らせ、悲鳴をあげた。


 怪物の背骨にある白い人影の一人の内側から銀色の血に濡れた刃が飛び出す。内側から切り裂かれた怪物はこの痛みで悲鳴を上げたのだ。


 見覚えのある銀色は少しづつ縦に人影を切り開こうとしている。


「”延伸”!」


 稲永の術により伸びた刃は怪物の背骨の人影を切り開き、内側から一人の男が飛び出す。血に濡れた剣を構えたその男は背骨人影を一人、また一人と根元から切り捨てる。

 背骨の人影達は怯え狼狽える。暗黒の底に落ちていく同胞と自身の末路に。

 一人、容赦なく。

 二人、手で身を守ろうが関係なく。


 残りの三人は慌てるように怪物に指示し、柳を怪物の腕で薙ぎ払い落そうとするが手首から先を切り落とされる。


 三人、背後の仲間に縋り付くが背中から切り裂かれ。

 四人目は三人目に暗黒の底まで引き擦りこまれた。


 怪物自体は何度切られようが痛みがないのか無反応で進む。


 そして、最期の一人は、血に濡れた男に手を前方に突き出し命乞いする。


「散々喰ったろう?今度は俺が狩る番だクソ野郎」


 大きく振りかぶられた銀色が脳天に振り下ろされた。


 それと同時に怪物は目から青い光を発すると継ぎ接ぎの体をバラバラになって消えていく。


「柳!早く回収しに行けこのポンコツ!」

「由香!由香は?!」


 稲永と美香が乗り出し、落ちていく柳に呼びかける。

 そのまま暗黒に落ちていく柳の目は泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る