第47話 轢者は走る


 稲永が見たのは列車では無かった。


 白い蛇のようなものが線路を走るというよりは泳ぐというのが正しいと思える程の勢いで線路を進む。だが蛇というのはただの比喩で、実際には改札奥で見た白い人型の集合体と言えよう。歪に溶け混ざり、各々の体の名残りが剝き出しに流動する。尻尾と背骨にかけて盛り上がって人の上半身の形で盛り上がり揺られている。その先頭車両は人の頭部の形で造られ、列車を丸々飲み込まんと言わんばかりの不気味な大顎が開かれている。その姿は頭蓋骨と背骨だけ蛇のようにも見える。肋骨の隙間から生える青白い多数の手と肉で構成される大きな腕が柳を掴み走る。


 最初の列車で遭遇した怪物よりも大きく、長くおぞましい白蛇が瞬く間に柳を連れ去ったのだ。

 その怪物は元は何だったろう?現代を生きる怪異は列車の飛び込み自殺者を取り込みここまで大きくなった。おどろおどろしい程にそれは肥大化し力をつけ、今や列車に関わったものを新たに餌としようとする。


 哀れなものだ。死は救済では無い。解放だ。

 生からの、現代に蔓延る数多のしがらみからの、悪魔から魂を守る肉体からの。


 解き放たれたからと言ってその先が安全だと誰が言える?




「まもなく電車が参ります、A市方面某市行きでございます。乗り降りの際は~」


 その怪物の後を追うように一台の列車が走る。中には誰もおらず運転席にすら人はいない。無人の電車は三人の前で止まる。


「え?え?」

「どうなってるの……?」

「お前らも早く乗れ!」


 流れるように目まぐるしく流れていった情報を処理できずにいた彼女達は急かされるまま列車に乗り込む。


 発進した列車は真っ直ぐ走るが、怪物は進路を右なりに逸れて真っ直ぐ走る列車から逃げる。


「クソ、どこを走ってるこのポンコツ!」


『当列車は怪物追い、某市行きです!!』


 突如、車内アナウンスが流れる。稲永が運転席を見ると底にはマイクに向けて声を発する由香だった。


『お願い!あの人を助けて!』


 彼女の祈りが通じたのか、列車は全速力で曲がり怪物を追いかけ始める。列車は揺れ三人それぞれは振り払われないように列車にしがみつく。

 暗黒の中を走る列車は、怪物を追い掛けるのに連れて周りに犠牲者であろう青い人魂達が現れ、空に点在する星々のように輝き出した。

 

 神秘的な死者の送迎は、その結末に全て委ねるかのように彼らを見つめる。




 「ここは?」


 柳が気が付いた時、そこは踏切の上だった。

 大口に飲みこまれた筈の柳はあたりを見渡す。夜空には青い星が輝きを放ち神秘的だ。だが踏切の外はまるで口のように巨大な歯が動き、外に出る存在を轢き潰すのを待ち遠しくしている。ここは恐らく自身を飲み込んだ怪物の中なのだろう。


 だがそれを気にする間もなく柳の横から眩い光が襲い、視界を奪う。


 咄嗟にその光から逃れようと前方に飛びのく。先ほど柳が立っていたそこを何かが高速で通り抜ける。そのままそこに居れば柳は無惨な肉となっていただろう。だが、柳を襲ったそれは列車では無かった。


 列車のような轟音を響かせるが、それは車輪だけだ。だがその列車の車輪は柳の腹部程まである大きく、車輪には肉の皮が覆われ絡みつきその車軸の真ん中から大きい白い人影の上半身が乗っている。その白い人影を支えるように、数多の犠牲者の欠片が絡み、蠢く。肉塊の中にスーツや制服、誰かの荷物が部分的に剝き出しそれらは一つの意思で束ねられているように動く。

 柳よりも大きい白い巨人は目から出る光を柳に浴びせながら、車輪の肉をスライムのように流動させ、今柳が立っている隣りの線路上に車輪を乗せる。

 その間、視界が白しか見えなくなる程の光が柳を捉え続け、白い巨人は車椅子のように車輪に手を置く。


 その顔は普段よりも活きの良い獲物をどう調理しようかと吟味するかのように目を細めていた。少しづつ追い詰め、確実に始末できるよう徹底した追い込みをする狡猾さは、真っ向勝負を得意とする柳には分が悪い。


「イッシュンダカラ……」


 巨人は車輪を回し、再び突進して来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る