第46話 轢死者
柳達は駅に降りる。
由香の背には美香が背負われている。
何処かも分からぬ駅のホームは不気味な程暗く、反対車線のホーム以外の存在は見えない。稲永が線路のあるはず所を覗き込むが何も見えない。黒い空間が海のように広がり、絶海の孤島のようにホームが二つあるだけ。駅のライトだけがその存在を主張している。
「絶対、暗闇に入るなよ。どうなるか分からん」
三人はホームを歩く。酒瓶を手に警戒する稲永を先頭に、次はただ考えることをやめ恐怖に顔を引きつらせる由香、最後にナイフを手にした柳。両端の二人のASには反応はない。
ホームの先の階段を降りる。だがその先、改札より先は闇。その中から白い無数の人影が此方を見ている。改札機はそれらが此方に来ないように閉じられている。
「オイデ」
「ツライダロウ?」
「サミシイ」
その影達は手招きするしぐさで小さな声で呼びかける。
「ひっぃ!」
それを見て由香は小さく息を漏らす。
「反応するな。無視しろ、引き込まれるぞ」
稲永はそれだけ言うと反対車線のホームの階段を上がり始める。
柳は由香の肩を持ち、進行方向に推し進めようとする。だが白い人影の中に何か違和感がある。
(なんだ?何が違う?)
白いパレットの中に描かれた白い絵から僅かな違いを探すように、柳はそれに目を惹きつけられる。
白い人影達、野次馬のように集まる彼ら。よく見ると例外なく彼らは笑っているように見える。だがそれだけじゃない何か違う。
「あ、あれ……」
由香が指を差した先、それは改札機。
いや違う正確にはその下。改札機の扉でよく見えなかったが、その下は白一色。柳達の立つ駅の石色のタイルが、扉の向こう側から白一色なのだ。
だが柳には何故由香がそこを差したか分からない。
「お前ら何してる?」
階段の途中から稲永の声がする。
「ほら行こう。調べないと」
柳がそう足を進めるよう催促するが
「嫌だ!戻ろ!戻ろうよ!」
「ダメだ」
稲永がそう上から叫ぶ。
「電車の進行方向は一定。ワシらはあの電車でここに来た以上、元に戻りたければ反対車線の電車に乗るべきだ。それにあの壊れたガラクタが置かれたホームに電車が来るとは思えん。ほらとっとと行くぞ」
稲永はそう言うと先に進んでいく。由香は稲永のいうとこに思うところがあるのか、ゆっくりと階段を上がっていく。
柳が階段を上がった後、白い人影は蛇腹のように一列に動き出す。
三人は今ホームのベンチで座る。美香はその一つに寝かされている。
「何も無ぇじゃねぇかよ」
柳は列車の時刻表を見る。そこにはどの時間にも到着する時刻は書かれておらず、罫線だけがあった。何分も探すがここに彼らを連れて来た怪物はおろか、脱出口すら見つからない。
「どうするの……?これじゃあ帰れないじゃない!」
「落ち着け由香ちゃん、何かあるはずだ。それにこんな所、現実にはないはずだ。少なくとも何処かにこの世界を作る核となるものがあるはず」
柳は辺りを見渡すが何も手掛かりは無い。意識を失った美香、半狂乱の由香。
どうにか稲永と柳は現状を打破しようとする。
「ここは駅だ。どうやって元に戻る?どうやった敵は来る?」
「もしかしたら奴はワシらがこのまま狂うのを待ってるのかもしれんぞ」
抗おうにも狩人は現れぬ、辛抱強い相手だ。
「そうだ!柳、ちょっと待ってろ!」
稲永は突然声を張り上げ階段を降りていく。
それから数分した後だった。
『今から列車が~参りますぅ~黄色い線の内側でお待ちくださいぃ~』
その声は人を小馬鹿にしたようなモノマネをする稲永のモノだった。
突如アナウンスが流れる。
だが暫く待っても列車が来る様子は無い。
「ダメだったわ」
「何してんすかあんた」
柳は稲永の突然の奇行に引いている。
「まあ聞けや。こういうところでは常識とか認識とかが曖昧な世界だ。形だけの儀式でも効果はあるんだ」
そういうものだろうか?
と柳が思った瞬間、今度は列車到着のアナウンスの音楽が鳴る。
「おお、遅れて来おった。さて、獲物が逃げようと動き出したんだ。むこうも動かざるえないはずだ」
「美香!待って!危ないよ!」
「なんだ?」
稲永が訝しむより先に足を動かすのが先だった。柳のその行動は反射で行われた。振り返り走る柳の目には、由香の制止を振り切り線路に向かい歩く美香が映る。
「かえれる……かえれる……」
彼女の様子は何かに操られているようで、引き寄せられる歩いている。
距離は離れておらず彼女を引き止める事は簡単だった。由香を受け止め、黄色い線の内側に押し飛ばす。だが問題はそこじゃない。
「柳!伏せろ!」
そう聞こえると同時だった。
「オイデ」
柳にまとわりつく白い影が見えた。
(自分を掴むこれはなんだ?)
柳はそう思うと同時に列車に連れ去られた。
瞬く間に小さく見える駅。そこに由香と美香がこちらを見ているのが見える。
ハッと意識を自分を掴む存在に向けた途端。
大口が柳を飲み込んだ。
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