第45話 終着駅


「何だったんだ……一体」


 二人掛かりで抑えていた扉にもたれ座る柳。

 稲永が見つめる連結扉の先は暗黒しか見えず、どうなっているか分からない。


「美香!美香!」


 倒れた美香を呼び起こそうとする由香。とにかく必死と言えよう形相。今の彼女は正気ではない。


「落ち着け、嬢ちゃん。倒れた人間を揺らすのは余計危険だ」


 稲永は由香を優しく押し払い、首元の脈や鳩尾当たりに手を置く。由香は落ち着き払うためなのか、すぐそばに座り込み様子を見ている。


「気を失っただけだ。息もしてる。寝かしてやれ。」


 柳は倒れた美香を抱えて椅子に寝かせる。気を失った少女は柳が思っているよりも重い。力を抜くと液体のように流れ落ちてしまいそうだった。


 その横顔を由香が見つめる。その顔は不安と恐怖に満ちていた。




「さて、どうする?柳」


 列車の外、いつの間にか駅に止まっていたが駅名は書かれておらず。電車の電光掲示板にも何も映らない。次も前も空白の何処か分からない駅。向こうはこちらを騙す気はないようだ。

 柳がネットで見つけた怪談噺では列車から降りるなど言語道断。だが最後尾だけの壊れた列車の中に居て、なんになろう?


「降りるしかない……のか?」


 列車から一歩降りればどうなるか。列車にいる間、今は何も起こらないが、外に何が待ち構えていようか?


「柳、残りの酒はいくつだ?」

「一本だけです」


 稲永はそれだけ聞くと少し考え込み、自身の持つASを見る。


 今も反応はあるが針が少し揺れる程度だ。それを一人一人の前にかざす。それは全員の前で鳴る。由香にはそれが何かよくわかっていないようだが。


「全員、印をつけられたか……」


 誰もここから逃げられない。抗うしかないのだ。


「ワシが先に行く。後についてこい」

「なんで……外に行くんですか……?」


 その声を上げたのは柳ではなく由香だった。


「危ないよ?外は怖い……ここにいよう?いてよ……私と美香を守ってよ……」


 そういう彼女の眼はまともじゃない。恐怖に歪み二人を見つめる。怪物とまともに戦える人たちから離れるのを怖がり、縋り付こうとする。


 柳はどこかでその怯え震える目を知っている。だがそれは判らない。少し頭が痛んだ気がした。それよりも目の前の少女を助けるため、この少女を追い詰める元凶を殺さねばと、思う柳の顔は反射的に笑っていた。


「大丈夫。必ず二人共、助けるから」

「柳、どうする気だ。連れては行けんぞ」

「置いていくのは余りに危険です、彼女たちが隙だらけです」


その一言に稲永は頭を抱えかきむしる。


「まぁいい一つ条件だ。春山だったか?ワシらが怪物をやる。だからお前はそいつを守れ。ワシらにそんな余裕は無いかもしれん」

「由香ちゃん、何かあったら君に美香ちゃんを預ける。その時は俺が守るから」


 柳は由香を安心させるためにそう微笑む。一瞬、由香の目に映る自分の目が赤かった気がした。


 怪物は今も鳴りを潜めている。


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