第44話 追い詰める
稲永と車内を進む歩く二人。
周囲を見渡すだけで足を進める稲永に対して、柳は過剰に周囲を探ろうとする。だが何も見つからない。
無駄に神経をすり減らし緊張が抜けない中、先頭列車に近づいた時にようやく変化が現れた。
「ねぇ美香、どうしよぉ。絶対変だよ!」
「どこかから出られればいいんだけど……」
そこに居たのは女子高生二人。
見覚えのない制服から柳の知らない高校の生徒のようだ。
柳は反射的に自身のASを切る。自分のは常に自分自身に反応している。音が出る変なもの持つ人間は怪しい。
「あ、誰か居るよ!」
「よかった~」
希望でも見つけたかのように駆け寄る彼女達。こんな状況、誰かが居たからよいのだろうか?まぁ人間、群れて生きる生物だ。彼女達は安心を求めているのだろう。それがどう解決に繋がるかは誰も知りはしない。
「私たちずっとどうしていいか分からなくて、怖かったんです!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
二人いた方の一人、金髪の彼女は柳達に近づく。彼女からすれば大柄のスーツの二人に臆せず近いてくる。彼女たちは余程心寂しかったのだろう。
「まぁ、取り敢えずは落ち着けよ。お嬢ちゃん、どうしたんだ?」
稲永は平静に彼女たちに質問を投げかける。いつもの唯我独尊な暴れっぷりはなりを潜めている。
「ずっと……変なんです。いつもならすぐ降りれるはずなのに…今日はずっと走っていて……一体何が起こっているんですか?」
金髪の少女の後ろ座席に座っていた美香と呼ばれた少女が答える。
「それはよくはわからん。だが取り敢えず、調べるしかない」
「え~っと、それで二人とも、名前は?」
「私は春山由香!」
金髪のギャルらしいパーカーの厚着の少女がそう答え、
「わたしは……山岸美香です……」
黒髪の体の細いセーラー服の少女が答えた。
「そうか。ワシは稲永でこっちのデカいのが柳だ。取り敢えず先頭に行くぞ」
稲永は彼女たちの前を歩き、先に行こうとする。柳はなんとなくそれに付いて行く。
「どうして……ですか?」
「動いているということは運転手がいるだろう。そこで何かできんかと思ってな」
だが稲永は彼女たちに聞こえないように小さく呟く。
「まぁ、どうせ誰もいないんだろうが」
傍に居た柳の耳にだけ、それは聞えた。
柳は稲永を連れ稲永に小声で話しかける。後ろを歩く二人は何か話込んでいる二人を訝しげに見ながら後をついて来る。
「で、どうすんるです?このまま調査出来るんですか?術とかどうとか出来ないですよね」
「それは取り敢えず置いとけ。今はここで何か起こさんとずっとこのままだ」
そうこう言っているうちに先頭車両に着く。
すぐ目に入る異常は運転席の窓ガラス。そこが白い布に覆われ先が見えない。
「見えないね。カーテンしてる」
だが柳には先ほどの連結通路での白い布を思い出した。
見るからに人以上の体格であろう布の存在。カーテンというには縦に伸びるはずのしわは、横にもガラスに押し付けられるように付いている。
だが、悲しい事に彼女たちはそれに気づいていないようだ。
「そう言えばお嬢ちゃんたち、電車に乗るとき変な事とか無かったか?」
稲永は運転席に近づく前に立ち止まって聞いた。
「え?わたしは……特に……」
「私は何も…あ、今日はなんか人数少なく無かった?」
「そう?別にわたしは……そう思わなかったけどな……」
そうしていくつかのやり取りを二人は続けている。
「何かわかりました?」
「いや特に関係なさそうだ」
刑事二人は運転席の窓ガラスに向き直る。
「さて、どうしたもんか。鬼が出るか蛇が出るか」
意を決して稲永は戸に手を掛ける。
が開かない。
「柳、叩いてみろ」
柳は正直冗談じゃないと言いたかった。いつこの白い布らしき怪物に襲われるかと気が気でない。罠があるかもしれない空間で迂闊に動きたく無かった。だが稲永の目は何かを確信しているようで、懐に近い所に手を置いている。
「おーい誰か~!」
仕方なく柳はガラスを叩く。
しかし布に反応はなく、向こうに居るかもしれない運転手の反応もない。
「どうしましょう…」
「ガラス割って中に入るか?」
「え~?それ大丈夫なんですか?」
稲永の狂言に柳は文句を言おうと振り返った。
「ん……?何の音?」
先に声を出したのは美香だった。
稲永のASが鳴り始める。
そう、今まで鳴って居なかった。だが近くに何かが出て来た。
柳の方を見た途端、いや正確には柳の後ろ、二人は顔を青ざめさせ、足が震えている。一体、自分の背後が一体どうなっているか。柳には分からない。分からぬが故の恐怖が、柳の背筋を走る。
「走れ!」
稲永が叫ぶと同時に背後のガラス窓からヒビが入るような軋む音が鳴る。女子高生二人が我先にと走り、稲永もその後を追うように走る。柳は訳もわからず足を踏み出す。
それと同時にガラスが割れた音が鳴る。
柳は走る。急ぎ走る。背後から何が追いかけてくるか判らない。ただ人の形でない事は背後の窓やシートが砕かれるような破砕音が物語る。ビニール袋にいくつか入った瓶を持つ柳は煩わしい瓶を取り出し投げつける。
だが必然的にその姿を見ることになるだろう。
いったい、これは何であろうか?ぱっと見は、丸い大きな醜い肉の塊と言えるその流動するおぞましき肉の中に、人を取り込まんとする口。その中はヒルような歯が円形に並び、その喉奥にまで続く。体中の流動する手や足、目などの身体機関が絶えず位置が変わりながら柳を追いかけてくる。所々人の皮の剥げた、筋線維剝き出しの箇所も流動する。
それが列車を破壊しながら迫って来る。
これはいったい、なんなのだ?
その認識は一瞬の出来事だ。スローモーションのように瓶は弧を描きながら飛んでいく。怪物自身がその瓶を取り込み瓶を砕く。
「ぎゅああぁぁァァァァァァ!」
人の悲鳴のような、虫の鳴き声のような、それとも機械の軋む音だろうか?
この酒瓶に効果があるのは間違いない。
柳は逃げながら瓶を投げつけながら距離を離す。
「速く走れ!」
列車の最後尾、稲永がライター片手にこちらに来るように催促している。柳がそこ来ると同時に酒瓶をひったくり、シートから切り取ったのか、大きな結ばれた布に酒を染み込ます。
それを燃やし怪物に投げつけ扉を閉める。
燃える布はあっという間に火球に変わり、アルコールの染み渡った怪物は体のあちこちから煙を上げ燃え出す。
「ぎゅアああァアア!ぎゅああアあアあぁアアあ!」
全身が絶え間なく焼き焦がれ怪物は悲鳴を上げる。
その間何度も扉に体当たりをし、それでもこちらを喰い殺さんと迫る。
「柳!押さえつけろ!」
大の大人二人でもやっとの衝撃。いつ扉が壊れてもおかしくない。
「あ!ちょ美香!」
余りの恐怖に美香は気を失い倒れてしまった。
長い怪物との防衛線、焼け焦げた肉の臭いが漂い怪物は沈黙した。二人は疲れ果て、息を切らしている。
「え~次は■■~■■~」
それを嘲笑うような列車のアナウンス。駅名にノイズが走り何処か分からない。
列車は失速し、その連結扉の先はまるで今まで夢であったかのように全てが暗闇に消え、沈黙が訪れた。
「美香!美香!」
仰向けに倒れたままの美香。
「誘われてるな」
見覚えのない駅に止まる。まだ危機は終わらない。
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