第41話 先人たちと取り残された者共
「お前に合わせたい人達が居る」
「何で…ここに……!?」
柳が慄いているのを尻目に稲永は振り向く。
「あ?なんじゃ?なんかあんのか?ここに?」
尋常じゃない様子の柳に、稲永が抱いたのは怒りより疑問だった。
ただ彼に紹介しようしていただけだったのだが、ここに来て目に見えて震えている。人の感情を弄び人を観てきた稲永だからこそ、柳が震えている理由が解る。
柳の顔には恐怖というには違う、困惑や不安のような向き合うことを躊躇うような感情が見て取れた。
「あ!?おい!どこ行くんだ!」
柳は自分が今何しているか判らない。だが勝手に足が動き、柳を導く。自分はそこに向かいたくない。だが自分の中にあるナニカに操られるかのように。
どうだ?柳風斗。お前は今まで忘れロクに向き合わなかったそれは今、寂れ苔むした墓として現れた。親の死にまともに向き合わず忘れたかったが余り、その哀れな姿になり果てた。
お前はその人間の最期をどう思う?
「柳……」
何かに取り憑かれたかのように、気が狂ったように、まるで急いで何かを取り戻さんとするように、墓場の水道をから道具を持ち出し磨く柳。稲永はその姿に何も言えなかった。
「気は済んだか。柳」
ひと段落したのを見計らい稲永は声を掛ける。
「俺の……両親のなんです。ずっとここで二人だけ、ずっと行ってなかったんです。きっと親戚も、誰も行ってなかった……俺も…」
「そうか……」
二人の間には何も言えない空気が広がる。暫くして稲永は口を開く。
「来い」
稲永はそれだけ言うと柳に背を向け歩き出す。
そこから坂を登った先の一番上、一ヶ所に集中した墓の前に稲永は立つ。
十以上の墓がそこに集められていた。その墓たちは苗字だけではなく下の名前らしきものも刻まれている。
「お前の先輩達だ」
稲永は一つ一つの墓の前に立ち掃除を始める。
「こいつらは全員、俺の部下だった奴らだ。どいつもこいつも家族や家、全てを無くした訳ありだった。最初は正義感に溢れて、それぞれ戦ってた。だがどいつもこいつ途中で狂って最後は人の形を残したのは極少数。みんなワシより先に逝っちまう」
稲永は顔色一つ変えず話す。稲永の声は柳には何というか、自分に向けて諭しているように思えた。
「お前は多分、ワシに似ている」
「一人で必死に生きて、足搔き戦い、だけどその中で何か大切なものを失って、それでも一人で何かに振り回されて。そんなん哀れだろ。先に逝ってしまった、お前を思う奴らが」
「お前も親以外にもなんかあるだろ。そうじゃなきゃ普通あんなとこには行かん」
「あんなとこ?」
「お前あそこ、真理の館跡に行ったろ。見てたぞ、偶然だが」
柳にはこの老人の行動範囲と行動原理が分からない。稲永は柳に背を向けたまま話を続ける。
「詮索はせん。どうせ神絡みだろ」
ふと、柳は稲永が掃除する墓の中に一つだけ名前の刻まれていない墓があったことに気づいた。
「最後にワシからのありがたい助言だ。お前はワシみたいになるなよ」
だが稲永はそれについて詳しく言及する事無く、それだけ言うと立ち上がり去ろうとする。
「今日はそれだけだ。あいつらの安眠を祈ってやってくれ」
一人取り残された柳は稲永の後ろ姿を見送った後、一人一人の墓の前で手を合わせ、最後は両親の墓の前に来た。
そこで柳は何を思っただろう。
ただ柳はそこで初めて哀しむ事より、両親の安眠を祈った気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます