第四章 ゴーストユニバース

第39話 柳風斗の過去④


 白い空間、柳の夢の中。

 今ここに、黒い影はない。


 柳は不思議に思いながらも夢を歩み始める。

 

 アパートでの新生活。自分一人。どこかの親戚の名義で借りたこの部屋はいつも一人。そこに初めての来客だ。


「ここがフウトの家かい?」


 写真の少女、夏川姫らしき人物がやって来る。その顔は写真と同じでこの時、夢の中で始めて彼女の顔を視認出来た。


「ああ」

「いいね!一人暮らし。ボクもいつかしてみたいよ」


 始めて来た場所に興奮を抑えられない子供のようにはしゃぐ。彼女は


「そうか?俺は……」


 そこで柳は言葉が詰まる。思い出したくなくて、だけどこの先の言葉が出なくて。


「あ」


 彼女がそれに気付いたのは柳が言葉を詰まらせると同時だった。

 彼女の目線の先にある位牌と写真。


「俺の……両親だ」

「そっか……」


 彼女の顔は反応に困ったのか申し訳なさそうに言う。振り返る彼女は何かを察したのか、柳に何かを語りかける。


「ボクが……居るから……その……フウトは一人じゃない。前を向こう」


 不器用な彼女なりの励ましは過去を振り返らない柳の心に響いたのだろう。

 不器用同士だから、相手の事を理解しているこそ。


 うつむく二人が各々の次の言葉を綴ろうと顔を上げた。


 だがそこは柳のアパートですらなかった。

 柳は状況が呑み込めず慌てて辺りを見渡る。

 コンクリート製の壁の窓一つない見知らぬ場所。

 天井に着いた電球だけが空間を照らす。部屋の影が少しづつ辺りを覆い始め、柳は焦燥感を覚える。


 地下室にあった扉を開け、走り出す。

 入り組んだ道の中、迫る闇から逃げる。

  

 走る、逃げる、逃げる。


 長い迷宮のような地下空間を走り続け一つの扉を開ける。勢いよく放たれた先。

不気味な空間のに座り込む一人の少女。見覚えのある傷だらけの少女。柳の目には、彼女を取り囲む鉄の匂いのする拷問器具たちが今にも彼女に飛び掛からんと蠢いているように思えた。


「あなたはだあれ?」


 無垢とは知らぬが故に美しい。だが知ってしまえばそれはどうなる?





「姫!」


 ガバッと柳が起きてあたりを見る。そこはいつもの柳のアパート。夜の暗さが窓に入り部屋は静寂に包まれている。


 だが姫が居ない。

 いつも、布団に潜り込んでくる姫が居ない。今日も寝る前に居たはずだ。急ぎ、柳は起き上がり姫を探す。


だが姫はあっさり見つかった。

開け放たれたベランダで一人、座り込んでいた。


「姫……?」


何処か上の空のようで、何処か不気味な後ろ姿。

彼女に差す暗い影は姫の全てを覆い隠すように。


ボクを見てる?」

「あ?ああ」

「……本当?」


 柳はこの状況がうまく言い表せないが、何か大きな勘違いをしている。そういう、違和感があった。


「さ、もう寝るぞ」

「……わかった」


 姫の手を握り布団に戻る。柳は姫に何があった判らない。だが少なくとも目の前の少女を放っては置けない。

 そう思っている。


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