04_怒りの矛先

「どうして、お前が、知っている。俺が、半獣になりたいということを......」


 親友アルバートの声が響く。彼は、驚きの表情を浮かべ、若干、動揺している風に見えた。タイムベルに一緒に行った時に、僕が、隠れてアルバートと半獣とのやり取りを聞いていたことを彼は当然、知らない。


「タイムベルで半獣たちと出会った後、一人で帰るように君は言ったけれど、僕は、君の様子を隠れてずっと見てたんだ」


 アルバートは、僕の話を聞いて、沈黙した。もしかしたら、隠れて見ていたことに対して、苛立ちをあらわにするかもしれない。少しして発せられた彼の声は、意外と落ち着いていた。


「ちっ、見ていたのか。せっかく、帰れと言っておいたのに......。まあ、いい。なら、俺がなぜ、半獣になりたいのかも聞いて知ってるということか」


 アルバートの顔に影が落ちる。


「うん、聞いてたよ。家庭のことも、何者にも虐げられない力を得るために、半獣になりたいということも知ってる」


 僕は、タイムベルで半獣たちにアルバートが訴えるように、自分の胸の内を語る様子が頭を過った。


「ああ、俺は力がほしい。だから、ここに来て、半獣に会いたかったんだ」


 やはり、自らを半獣にしてもらうために、半獣に、接触を図ったということらしい。彼は半獣にしてもらいたいという願望を捨てきれてはいなかった。


「力なんていらないよ。僕がいる。アルバート、君が苦しんでいるなら、僕が助けるよ。友達じゃないか」



 それを聞いて、アルバートは、突然、狂ったように声を上げて笑い出す。


 ふふ、ふはははははははははははははははははははは。


 彼は笑い終えると、こちらを見つめ、落ち着いているが、どこかとげのある口調で言い放った。


「鬼山、お前がどうにかして、この俺の胸を抉られるような気持ちを解放することができると本気で思っているのか?出来るわけがない。仮に、お前が、奴から俺を遠ざけられたとしても、俺のなかにつもりに積もった怒りの感情までは取り除くことはできやしない。この怒りの気持ちは、奴を力を以て懲らしめることでしか消し去ることはできないんだ。親友のお前なら、分かってくれるだろ?」


 アルバートの眼光には、底知れない憤怒ふんぬの念が宿っていた。鋭く尖った怒りの矛先は、憎しみの対象に向けられていて、あとは半獣による力さえあれば、その矛先で簡単に親の命をも貫かんとする狂気を放っている。


 親友として、彼を助け出せると思っていた。でも、無理かもしれない。そう思わせるほどに彼の持つ怒りの感情は、根深く想像を遥かに越えた強靭さを孕んでいた。


 彼の怒りの感情に触れて、僕は、返事を返すことに躊躇ためらいを抱かざるをえなかった。でも、言わなければならない。ここで引き下がる訳にはいかない。拳を握り、勇気をふりしぼって叫んだ。


「分からないよ!半獣と会って、半獣にしてもらう。そんなの馬鹿げてるよ!死体があったんだ。半獣に、会っても僕たちは、殺されてしまうんじゃないかな。それじゃあ、なにもかもが台無しだとは思わない?」


 僕は、自分の気持ちを声にして彼に精一杯ぶつけた。瞬時に、アルバートの眉間にしわが寄る。


「馬鹿げているだと。お前にとっては、そうかもしれない、鬼山。だが、俺にとっては、とても重大なことなんだ。今まで親父に与えられた痛みを、親父に与えなくては、この沸き上がる感情を消し去ることはできない!それができないのなら、俺は半獣に殺された方がましだ!お前だけ逃げたければ、逃げればいい!俺は、ここに残る!」


「そんなのずるいよ!僕は、君を失いたくない。アルバートはここで初めてできた親友だから......」


 アルバートは、僕の言葉を聞いて、少し動揺したように見えたが、すぐに顔を背けた。


「なら、お前は、今から親友じゃない。一人で、逃げればいい」

 

(親友じゃないだって......簡単にそんなこと言うなよ)


 僕を突き放すようなアルバートの言葉に、怒りが沸いた。拳が震えてしかたがない。こんなにも、人に怒りを感じるのは、初めてのことだった。できれば、これほどの怒りを向ける相手が、親友であってほしくはなかった。

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