03_血の臭い
アルバートから悩み事を聞かれて、結局、僕は、話すことができなかった。不安が口をふさぎ、言うな言うなと
鬼山聖は、半獣になっていて、人の血を食らうことでしか生きれない。
なんて......言えるわけないだろ。
半獣に興味を示すアルバートに言えば、僕たちの関係は、崩壊してしまうかもしれない。負の感情にとらわれた人間は、獣よりも先が読めない。
「そうか。無理していう必要はない。誰にも言いたくない悩み事の一つや二つあるものだからな」
アルバートは、僕が黙りこんでしまったのを見て、言った。黙るべきではなかった。これでは、悩み事があるって言っているようなものだ。すぐに否定すれば良かった。
「ごめん、たいした悩み事じゃないんだ。気にしないで」
僕はアルバートに嘘をついた。親友に嘘をついてしまったという罪悪感が、胸に充満して苦しかった。本当は、人生を大きく狂わせてしまうほどの大きな問題を抱えていた。
「おっ!?おそらく、あれだな、変死体が見つかった橋は」
アルバートの指差す方向を見てみると、鉄製の橋が架かっているのが見えた。アルバートは、橋を見つけた直後、にやりと表情を変貌させる。
「ほんとだ。誰もいないみたいだね」
橋の周りには、人の姿はなく、ただ、草むらが風に揺られる音と、川のせせらぎが聞こえるだけだ。
「都合がいい。誰かがいると、邪魔だからな。半獣の手がかりを見つけられる」
僕は、アルバートな言葉を聞いて、彼の方を見た。
「半獣、やっぱり、アルバートは......」
僕がアルバートに話しかけようとした時には、すでに彼は橋に向かって駆け出していた。やはり、アルバートは半獣に対する興味は削がれてはいなかった。半獣に対する彼の飽くなき欲望を感じた。
彼の背中が遠ざかっていく。
まただ。このままどこかに、行ってしまって手の届かない場所まで行ってしまうような感覚に襲われた。
アルバートを追いかけようと、足の裏に力を入れた時だった。近くの草むらの中から、鼻を刺すような異様で強烈な臭いが、漂ってきた。僕は、半獣に近づくにつれて、徐々に
ただ問題は、何の臭いかだ。
この漂う美味しそうな臭いは。
血の臭いだーー。
僕は、臭いが出る近くの草むらを掻き分け、近づいていく。
血の臭いを放つ何かがある、この先に......。
恐る恐る草むらを進んだ先に、血の臭いを放つそれは、無造作に地面に横たわっていた。
「死体だ!しかも、全身の血を抜かれてる」
地面には、苦痛の表情を浮かべながら、何者かに血を抜かれ、しわくちゃになった人の死体があった。橋の近くで見つかった死体の特徴と一致する。僕は驚愕し、腰を抜かしてしまった。
しかも、ゆっくり手を伸ばし死体に触れてみると、まだ仄かに暖かみが残っていた。ほんの少し前に、半獣に突然、襲われて、全身の血を
だとしたら。まずい。
僕は、嫌な予感がした。アルバートは、一人、橋の方に行ってしまっている。アルバートを一人にしてはまずい。この近くに、半獣がどこかで息を潜め、今にも彼を襲うかもしれなかった。人間のアルバートでは、半獣に襲われれば、一瞬で命を失うことになるだろう。
すでに、アルバートは、橋の下にいるのが見えた。僕は、アルバートの元に、駆け出した。
アルバートは、イギリスに来て、初めてできた親友だった。大切な親友を失いたくはない。今までの僕なら、半獣と立ち向かうのは、難しかっただろうが、半獣となり身体能力が上がった今ならば、立ち向かい、友を守ることができる。
先ほど見た死体が頭にちらついた。アルバートをあんな姿に絶対させない。
橋の下まで行くと、アルバートは、地面をまじまじと見ていたところ、僕は、彼に死体のことを伝えた。
「アルバート、ここは危ない!あそこの草むらで、まだ暖かい死体を見つけた。全身の血を吸われていたんだ。早くここから去ろう」
「なんだと。本当か!俺も、見つけたぜ、獣の毛だ。何の獣なのか分からないが」
アルバートは、近くに半獣にいることを知っても、全く逃げようとしなかった。
「アルバート、早く逃げよう!」
「何、言ってるんだ、鬼山。半獣に会える絶好の機会じゃないか。これほどスリリングな体験はなかなかできない」
「だめだ!行こう。ここから一刻も早く離れよう」
僕は、アルバートの腕を掴み、一緒に逃げようとした。
「頼む、離してくれ。俺は、半獣にどうしても会いたいんだ」
アルバートは、僕が腕を掴んだが、全く動こうとはせず、真剣な表情を浮かべ、言った。
「アルバート......やっぱり君は、半獣になりたいんだね」
僕は、アルバートの言葉を聞いて、思わずそう呟いていた。僕と彼の間で、一瞬にして、なんともいえない沈黙が訪れる。やけに、川のせせらぎが大きく聞こえた。
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