02_隠し事

 僕たちは、学校が終わると早速、死体が見つかった河川敷かせんしきへと向かった。河川敷は、学校から数分で歩いていける距離にある。まだ、上空には、鮮やかな青が広がり、燦然さんぜんと輝く太陽が僕らを優しく照らしていた。


 アルバートが、一歩前を歩き、彼の後ろを僕がついていく。お馴染なじみの光景だ。いつも、彼は僕より先を歩いていた。辛く苦しい時も、心の支えになってくれる頼りになる存在だ。日本からイギリスに来て、僕が孤独に負けずにやってこれたのも、彼のおかげといっていい。


 (俺を半獣にしてくれないか......)


 あの日、アルバートが放った言葉が頭に流れ込む。彼を分かっていると思っていたけれど、僕の知らないところで親友は苦しんでいた。


 だとして、僕は何ができるのだろうか......。


 きっと、アルバートは、僕よりずっとずっと強い。一人でも困難を乗り越えていけるだろう。


 僕は、アルバートの背中を見た。ずっと、彼の背中を見て、歩いてきた。彼は、僕の憧れだった。


 ーーだけど、これからは。


 アルバートの隣を歩いた。


 彼と対等に、一人の親友として歩いていく。もう守られる自分は嫌だ。これから、向かう先に何が待ち受けているのか分からないけど、半獣と出くわすかもしれない。


 もしもの時は、半獣になった僕をさらしてでも、彼を守らなくては。それで、僕たちの友情に亀裂が入ったとしても......。


「ここが、変死体が見つかった河川敷か。確か、変死体は橋の近くで見つかったってニュースでは言ってたな。鬼山、橋がどこにかかってるか知ってるか?」


 河川敷は、二人ともそもそもあまり来たことがなかった。変死体が見つかったという話を聞いて橋の存在を知った。


「いや、僕も知らない。どっちにいけば、橋があるんだろう」


 僕たちは立ち止まり、河川で鳥が優雅に水浴びをして、水面の水を弾き飛ばして飛び去っていく様子を見ながら、話をしていた。


「そうか。鬼山も知らないのか。とりあえず、河川に沿って歩いてみてもいいな」


「そうだね。右か左かどっちから行く?」


「どうしようか。鬼山、お前ならどっちに行く」


「えっと、じゃあ、右で。特に理由はないけれど、直感で」


 とりあえず、僕たちは、右側のルートを川に沿って、歩きながら、橋がないか探した。


 清らかに流れる川のせせらぎが、聞こえてきて、歩くだけでもなんだか癒された。透き通った河川を小魚が泳ぎ、水面を鳥が浮かんで、たわむれている。自然豊かで、生命のいとなみを感じられるこの場所で死体が発見されたなど信じられなかった。


「なかなか見つからないな、もう少し奥の方にあるのかもな」


「うん、そうだね」


 僕たちは、さらに川に沿って、奥の方に進んでいった。その間、僕は、アルバートに、気になっていたことがあったので、聞いてみた。


「アルバート、何か悩んでることない?」


「いきなり、どうしたんだ。鬼山。別に悩んでいることなんてないぜ」


 アルバートは、悩みがないと言ったけれど、僕は知っている。彼は、母親を失い、父親の暴力を受けていることを。そして、力を求めて、半獣になりたがっていることも。あの日、タイムベルで何度も彼の胸の内を知ってしまった。


「アルバートは何でも一人で抱え込んでしまうところがあるから、一人で悩んでいることがあれば、相談してくれていいんだよ」


「鬼山......お前、いい奴だな。お前が親友でよかったよ。でも、悩みなんて本当にないんだ。気にかけてくれて、ありがとな」


「うん、ならいいんだけれど......」


 嘘だ。アルバートは、相変わらず、一人で抱えこもうとしている。


 結局、アルバートは、家庭の話はしてくれなかった。気な様子を見せているが、内面は、かなり苦しんでいる。その苦しみを、親友として何かできたらいいのだけれど。


 半獣たちには、話していたのに、どうして僕には、正直に話してくれないのだろうか。僕は彼の言葉を聞いて、寂しさが心に染みた。


「そういう鬼山は、何か悩んでいることないのかよ。最近、様子がおかしい気がするんだよな」


 アルバートは、僕の方を見て言った。


「僕は......」


 半獣になりつつあることを伝えるべきか迷った。伝えれば、どうなってしまうのだろう。全く想像が、できない。友に自分の悩みを相談できないでいるのは、彼だけでなかった。僕もまた、同じだった。

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