13わ゙ 明照

 その少年を見た時、本当は逃げ出したい気持ちだった。祖父や父が口酸っぱく、裏山の馬頭観音様に少しでもカケやヒビを見つけたら必ずすぐに直せ、結界で必ず囲めと言われていた。

 石像に小さなひび割れを見つけたが、まだ先でいいだろうと考えてた矢先にこうなった。


 霊能力者ではないが、少年の異様な様は病の類でないとひしひしと感じた。

まさに仏に頼るほかない。一心不乱に少年の無事を願い経を唱える

 近頃日々の努めをなんとなくこなしていると言うことを指摘された事をきっかけにケンカになった翌日に父は他界した。

父が一緒にいてくれたらどんなに心強かっただろう。そもそも、仏像が壊れたりしなかったかもしれない。


 合掌している手に、血がしたたる。

自分の鼻から出ている

それでも経を止める訳には行かない


沸騰しそうな頭がいまさら思い出す。

この地域の寺社と古くからの住民だけが知っているこの石像のいわれを


この近辺のはるか昔、飢饉の際に食人が行われた。それは同様の困難に見舞われた地域では特別珍しくない。

しかし、この地域には、人の味が忘れられず、土地が豊かになった後も貧しい家の子を買っては喰らう者がいたそうだ。

庄屋で大地主の娘トワコである。

トワコが喰ったあとの残骸を埋めた場所がここなのだ。公然の秘密であり、表立って人として弔う事ができずに埋めるしかなかった下男達は、苦肉の策として屠殺された家畜の供養として、金を出し合い馬頭観音を立てたと聞いている。

私達一族も、定期的に経を上げに通っていたらしい……


因果応報というのであろうか

ある日、庄屋の一家全員正気を失ったトワコに殺された。彼女は笑い狂いながらよつん這いで山に逃げたのち、度々人里におりては赤子や幼児をさらって食うようになった。

村の男が退治に行くが、トワコの美しさに惑わされ、殺し合ったり、崖から飛び降りたりして屈強な村の男はほとんど死んでしまった。

当時この地域の山は女人禁制だったため、苦肉の策として、醜い猟師の娘とその飼犬を送り込んだところ。見事に討ち取り、首を持ち帰ったという。


トワコに殺害された人々は、庄屋の一族の滅亡後すぐに寺の境内に改葬されている。

今ここに封じられてるのは、恐ろしい人食い獣として狩られ、封印されたトワコであるという。


明照は、よくある昔話か怪談の類と聞き流していた己を呪った。

ずっと耳の中で女が甘い声で囁いている。

耳を掻きむしりたい衝動を抑えながら経を唱える――


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