第17話 誓い

 幸せな夢から目が覚めれば、そこは薄暗い部屋だった。

 ダークブルーの壁紙で覆われた、空っぽな部屋。家具は何もない。ただベッドがあるだけ。


 私はショーンと出会って数十年後、ひとり日本へ帰ってきた。

 ずっと永久に、永遠に、傍に居られると思っていたのに。

 食物連鎖の頂点にいようが、ショーンの全財産を引き継ぎ富を手に入れようが、彼がいなければなんの意味もなかった。


 愛する人が消えた今、永遠の命など地獄に等しい。

 もう私を心から愛し、抱きしめてくれる人はいないのだ。


 私は家を出て、夜の街をフラフラと歩いた。

 フラフラと歩いていれば、いつも獲物はむこうから勝手に寄ってきた。


 バンパイアの嗅覚や聴覚は人間の百万倍。簡単に言えば犬と同じくらい優れている。要らない匂いを遮断し、目的の匂いだけを探すこともできる。

 私は常にショーンの匂いを探していた。

 どこにいても何をしていても、ショーンを忘れることはなかった。

 彼の肉体が滅ぼうが、魂は消えたわけではない。

 この考え方は日本人特有のものだったのかもしれない。でもそれに縋って生き続けた。


 輪廻。


 ほんとうにそれが存在するのなら、必ず逢える。また巡り会える。魂が呼び合い、私の近くへ生まれてくるはずだと。

 そう信じていたのだ。

 でなければとっくの昔に、私は自ら命を絶っていた。

 永久に続く孤独に嫌気がさして。


 ある日の夜、目を覚ました瞬間にショーンを感じた。私の中の何かがそれを敏感に察していた。


 近くにいる? すぐ、近くに?


 私は起き上がり、外へ飛び出した。

 昨日の夜には何も感じなかったのに。どういうことだろう。

 頭は疑問でいっぱいだった。


 ショーンの気配を追い、ひたすら歩き続けた。金持ちたちが集まる閑静な住宅街へ入る。また匂いが強くなった。胸が高鳴る。


 間違いない。これはショーンの匂いだ。


 手入れされた公園と森。大きな家が建ち並ぶ。その一番奥の家に、私は彼を発見した。

 白くて立派な家。広い庭。暖かそうなオレンジ色の光が窓から漏れている。柔らかなレースのカーテンがそよそよとなびき、家の中にいる住人が見えた。


「おかえりなさーい」

「ただいま。新居一日目はどうだった?」

「ふふふ。みのるが寝てる時にちょっと片付けたけど、私も疲れて寝ちゃったわ」

「いいんだよ。片付けは僕が休みの時に一緒にやろう。みのるは? ご機嫌だったかい?」

「ご機嫌だったわよ~。いっぱいミルクを飲んでグッスリ寝てくれるし寝起きもいいし。ホントにいい子だわ」

「そうか。ほぉら。おいで」


 母親の腕の中にいたショーンが、父親の腕へ抱かれる。微かに「あうー」という音が聞こえた。喜んでる感情が波のように伝わってくる。


 幸せな風景。


 その場を動けずに、ずっと立ち尽くしていた。

 どれくらいそこに居たのだろう。

 気がついたら家の中の灯りは消え、住人は寝静まった様子だった。穏やかな寝息も聞こえる。


 巡り会えた。

 あれはショーンだ。


 その想いに突き動かされ、彼をさらおうと思った。

 しかし踏みとどまった。

 彼は、みのると呼ばれた赤ん坊は、まだ目覚めていない。あの裕福で幸せそうな家庭の中で、育った方がいいに違いない。


 そして誓ったのだ。

 ずっと見守っていよう。あなたが大人になるまで。

 あなたの魂が私を求めるその日まで……


 もし、あなたを苦しめる出来事が降りかかった時には、あなたを守れるように。片時も離れず、いつも近くで、あなたを見ていよう。


 もし願いが叶わず、あなたが私を一生求めることがなかったとしてもかまわない。

 私は生き続ける理由を見つけた。


 ありがとう。私の愛しい人。





 完

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THE DARK ― 大手法律事務所のエースは妖しいバーテンダーの手中に堕ち、自我を覚醒していく たろまろ @taromaro0617

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