seiichi ― 清一

第13話 運命

「清一君、初めてのイギリスはどうだい?」

「日本との違いに圧倒されています」

「そうだろう。私も初めて訪れた時は衝撃を受けたよ。日本は随分遅れているのだとね」


 私は一八九八年八月三十日生まれ。好奇心旺盛な二十五才の青年だった。

 父は軍人だった。そのため、幼い頃から立派な軍人になるようにと教育を受けてきた。

 十四歳の時には陸軍の学校へ入学。家庭教師に英語は習っていたから、ドイツ語科に入るつもりだったのに、定員に満たないという理由でフランス語科に回されてしまった。


 陸軍学校だったから武道の授業は面白かった。

 でも勉強は本当に退屈だった。

 退屈だったからか学校に男しかいなかったからか、私は同性愛というものもそこで学んだ。そしてそれが原因で軽い傷害事件に巻き込まれた。


 ……まぁ、嫉妬に狂った学友にナイフで切りつけられたのだけど、ほかにも色々な理由はあったが、それが主な原因で陸軍学校は二年で辞めた。


 実科も学科も優秀な私だったが、素行に問題ありとみなされていたので学校側にしてみればこれ幸いな口実だったであろう。


 軍隊の窮屈な生活から解放され、私は父の許しを得ずして文学を志すことを決めた。語学研究と称して東京へ出たのは十七歳の時だった。東京の中学(現在の高校)へ入学。その翌年には東京外国語学校(大学)仏文科へ入学した。

 なお、この年に母を亡くした。

 父とは絶縁状態だった為、唯一、情を抱いていた母が亡くなったことで、私を縛るものは一切無くなった。


 下宿先の友人から薦められた本を読むようになり、軍隊以外の世界を知ることになった私は、次第に社会主義に感化されていった。

 しかし世は軍国主義の時代。

 学校を卒業後、社会主義を教える学校を開いたが治安維持法に抵触し三年間を刑務所で暮らすことになってしまった。


 その獄中でさらに語学を学びアナキズムの本も多読。出所してからは同志とともにアナキズムの本を発行した。

 アナキズムとは、不本意で強制的な形態のヒエラルキー(ピラミッド型の階層組織)に反対する政治哲学であり、その運動だ。

 簡単に言ってしまえば、国家を望ましくなく不必要で有害なものと考える思想であり、無政府主義ともいえる。


 もちろん日本政府がそれを良しとするはずもない。

 政府からの弾圧は年を追うごとに強まっていたが、密かに日本を脱出。上海で行われたアナキスト大会へも参加をした。

 その翌年にベルリンで開かれる予定の国際アナキスト大会に参加のため再び日本を脱出し、上海経由で中国人としてフランスに向かったのだ。


 大会は大成功だった。


 大会のあと、アナキストたちとの食事会を兼ねた会合が設けられた。人数にして四十人余りだったか。

 楽しく時間を過ごしていた私に話しかけてきた人物がいた。名はトマス。黒髪と青い目の美しい青年だった。


「セイイチ、明日の夜、君を当家の晩餐会に招きたいのだが」


 同じく日本から参加していた友人が耳打ちした。


「トマスは貴族で屋敷も素晴らしいと聞く。せっかくだから招待を受けたまえ」


 友人は他の人間から招待を受けていた。なので私もトマスの招待を受けることにした。

 それが己れの人生を変えることになろうとは露とも思わないで。


 

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