main course ― 主料理

第3話 接触

「櫻井、おめでとう」


 法廷から事務所へ帰ってきた途端に、同僚の吉井から声を掛けられた。


「ありがとう。早いな。もう知ってるのか?」

「さっきからニュースで流れてるよ。いい男に映ってるぜ」

「あははは……なるほど」


 日本のマスメディアは子供だと、こういう時痛感する。事件の真相よりも、警察の怠慢よりも、途方もなく長い時間を無駄に過ごした冤罪による被害者よりも、無罪を勝ち取った弁護士がちょっとテレビ映えする顔の作りなら、そこに飛びつくのだ。


 それを利用して売名行為する者も確かにいる。どっちもどっちと言われても仕方ないのだが、祭り上げられテレビでチヤホヤされて、本来の仕事がおざなりなった人間ならいくらでも見てきた。最終的な職業欄には「タレント」とでも書けばいい。俺にはまったく興味の無い話だ。



 デスクに戻れば、事務員の安田さんの達筆な字でメモ書きが数枚。そのうち、三枚はテレビの取材依頼。もう一枚は……


 ピクッと頬が震える。


 俺はメモを手に、安田さんのデスクへ足を運んだ。

 ベリーショートにメガネ。中性的な雰囲気を持つ安田さんは電話対応に追われていたが、デスク前で足を止めると、タイミングよく受話器を置いてくれた。


「安田さん、メモありがとう。悪いがこの三件は丁重にお断りしてくれないだろうか?」

「あ、櫻井さん。お疲れ様です。ふふ。かしこまりました」

「かしこまらないでくれよ」

「ふふふ」

「ところでさ、このメモは?」


 若干声を潜めて、安田さんに四枚目のメモを見せた。


 ―― tears of blood ――


 電話を受けた時間の下に、素っ気なく一行書いてある英字。そのメモ用紙を見て安田さんが俺を見上げた。


「ああ。それ、すみません。私もお名前をお伺いしたのですが、教えていただけませんでした。ただ、店の名前だから、櫻井さんに言えば分かるとおっしゃって。こちらから折り返しお電話差し上げますと、連絡先もお伺いしたのですが、それも結構だと」

「ふむ。一時間前なんだね? で、相手は男性……?」

「そうですそうです。男性です。その時間に電話がありました」

「分かったよ。ありがとう」


 安田さんは仕事に戻る素振りも見せず、興味津々という表情でこちらを見上げたまま。

 仕方なく事実を『曖昧に』説明した。


「先月だったかな? 学生時代の友人と飲みに行ったんだよ。久しぶりで飲みすぎちゃってね? 酔ってて覚えてないんだけど、マスターと意気投合して、きっと名刺を渡したんだろうね? 多分、また飲みに来てね! っていう営業じゃないかな?」

「あーなるほど! 確かに、その男性ちょっとそんな感じでした。親しげと言うか。お友達のような話しぶりで。だからお名前もお伺いしたんですけどね」

「うんうん。気にしなくていいよ。今度、電話があったら適当にあしらっていいから」

「かしこまりました」


 安田さんはやっぱりかしこまって、にっこり微笑むとうやうやしく頭を下げた。


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