第7話 六月の雨は軽油の匂い

「ちょっとこれ、治んないの?」

コンパクトに向けて控えめな声で問いかける。

「えーー!なにやってんのよ!またあんたのこと治したらまたまた無駄遣いもいいとこじゃん!頭使って戦いなさいよ!」

「いきなり刺されたんだからしょうがないでしょ!ちょっとこれはやばい気がする。」

実際私はもう自分の力で立ってられず、トイレの便座に座り込んだ。

「血が止まんない」

「はぁあーークソデカため息よ。どんくらいやられたのよ。」

「脇腹をグサっと、貫通してるかも、それより、寒い」

どくどくと包丁の柄から血が流れ落ちていく。

「一応教えてあげるけど変身すれば治るわよ。」

「早く言ってよ!」

慌ててコンパクトを高く掲げる。

「ちょっと待って。こんな時だけど契約の更新」

「ちょ、ちょっと、今、今更なんの」

「あんたの怪我を治すのは魔法少女の能力分、つまり3回まで」

「な!」

「こっちも慈善事業じゃないのよ。どの程度の怪我したのかしらないけど、魔法少女の力を魔法少女を倒す以外にはあんまり使って欲しくないわけ。だから回数を制限させてもらうわ。怪我治すタイミングはよく考えて使いなさいよね」

「ちょ、この状況で言うのかよ!」

滴る血溜まりがローファーを濡らす。

人間は確か体重にもよるが1リットルで失血死する。少なくとも張力を持ったこの水溜まりは350mlくらいのペットボトルをこぼしたくらいには溜まっている。

「今じゃないかもしれない!でも、今は!」

コンパクトを掲げ変身する。

真っ黒なドレスワンピースには血は浮かんでこない。カチャンと包丁が落ちる。

ニチャっと血溜まりを踏みつける。

そして考える。

まず、変身した以上、今この個室に入っていることを敵は確実に認識したはず。

そしておそらくこの扉を開けると昨日会ったあの少女が立っている。気配や物音では判断したわけではない。あの少女で確定しているわけではない、全て、あくまで推測だ。

その上で考える。

私はこの扉を開けるべきか、そのままライフルで撃ち抜くか。

もしかしたら無関係の他人を傷つける可能性もある。

トリコロールの色の盾を扉に押し付ける。

相手も飛び道具を持っている可能性も考える。

ピチョンと洗面台の水滴が落ちる音がする。静かな時間が流れる。

その時外で喧噪が聞こえ始めた。


ああ、そうか。私のことか。

包丁が突き刺さったままトイレに駆け込んだりしたら当然騒ぎにもなるか。

「ねえ、アンジェラ。この格好のまま外に出るのはあり?」

「ありかなしで言ったらなしだけど、ファッションセンス的に」

「いや、そうじゃなくて、魔法少女の状態で人目につかないでって言ってたじゃない」

「ああ、言ったわね。まあ、あんたがやろうとしていることは大方予想できるから言っておくけど別にそのままの見た目で出ても問題ないわ。ただ、武器とかはしまって、ドンパチやらなければね。」

「ドンパチやったらどうするの?」

「あんたの能力を即座に解除してバキボキ少女が現れるわね。」

「なるほど。」

「あー。あんたのこと少しだけ同情するわ。あの子、えらい怒ってたから多分一思いには殺したりしないかもね。」

「あんた、敵のこと把握してるのね!じゃあさっさと・・・」

「前にも言ったけど私はあんたが負ける可能性、デモンズとして処理される可能性も考えておかないといけないのよ。身の保身って言い方好きじゃないけど、私はどちらの味方もしないわ。」

「まあ、そんなことだろうとは想像してたけど・・・」

いまだにアンジェラは姿を現さない。おそらく私の部屋でゴロゴロしているはずなのに一向にコンパクトに飛んでこない点でそんなことだろうとは思っていた。

喧噪がより近づいてくる。

トイレの外から女の声と、男の声。どこかの一連の流れを見ていた女たちと男性店員だろう。

私はカラカラとトイレットペーパーを取り入念に血を拭う。

赤い絵の具のように伸びたそれをみながらどうしたものかと考える。

おそらく、私はこの個室から出るのは容易ではあるだろう。

血の滴るトイレの個室をノックすれば、中からゴスロリチックな女がなんですか?何かありましたかって?顔でのぞかせる。

当然トイレに続く血については聞かれる。私は恥ずかしそうに、あの、女性特有のと、少し恥ずかしそうに答える。体を乗り出して出血していないことを確認させる。

そのあと彼らはおそらく、包丁の柄がおなかから生えた女の子を探す。もしくはそんな子を見なかったかと聞かれる。

私は当然、個室に入っていたからわからないし、見ていないと答える。

そして電車の時間があるので、行ってもいいですか?と聞く。当然彼らは

「ええ、でも通り魔がいるみたいなんで気を付けて出てください。警察には通報してますが、到着まではできる限り誰かと一緒にいてください」

「はい。なるべく・・・」


一連の予想は大まかに合い、一つ違ったのは、トイレに入ってきたのはたった一人の男性の救急隊員だったことだ。

あれから何分もたっていないのに、そんなにすぐ救急隊員がくるのか?

くるっと振り向きトイレの出口ドアに手をかけるそぶりを見せながら化粧台の鏡で彼の動きを追う。その時、私の後頭部を目掛けてハンマーを振り下ろそうとした救急隊員と目が合う。この時明るい電灯で気が付いたのは、私の髪色や、髪型は中学生の、あのころの姿だった。二つ大きく結った髪は長く揺れ、盾で間一髪ハンマーの一撃を防ぐ。

「お前が敵か!!」

「なんで瑞佳を殺した!絶対に殺す!粉々になるまで!魂まで残さないくらい殺す!!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!」

ガン!ガン!と盾を殴りつける男が野太い声で叫ぶ。

敵は昨日の少女ではなかったのか。この盾ってどのくらいもつんだ?

余計なことばかり考えてしまう。こんなに大きな声の男の声はなぜこんなに威圧を感じるのか。小学校の校庭は広く感じたのに、中学のグラウンドは狭く、違う、集中しろ。この状況を。

私は両手で持った盾を一瞬手放す。抵抗がなくなったハンマーはそのまま盾を床に叩きつける。グワンと重い音が音がした。私は手放した瞬間、一歩とび下がり、ビームサーベルでその男の胸の当たりを切り払おうとする。瞬間男はいなくなり、例の少女が現れる。

空を切ったビームサーベルが彼女の髪の毛を焦がす。

そして踏み込んだ右足の太ももに彼女がいつのまにか出した包丁がつきささる。

「あっぐうううう!」

もっていたビームサーベルを思わず、手放す。落ちたサーベルはビーム刃を出しながら洗面台に突き刺さった。

「いたい?昨日聞いたじゃん?瑞佳は痛かったかなって?少しは気持ちわかった?瑞佳はもっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、痛かったんだぞ!まだまだこれからもっと、もっと、もっと、もっと、苦しめて、苦しめて、命乞いさせて!そして、そして殺す!!!!」

少女とは思えない声量で声を張り上げる。

でも、こいつの能力は分かった。おそらく変身できる能力だ。おそらく誰にでも。

「なんであんたなんだ!私は!こんなに愛していたのに!」

憎悪の理由もわかった。

「瑞佳の隣のベンチは私のものだ!ゴミカスのようなお前が!なぜ!選ばれる!訳がわからない!」

最後の方は嗚咽が漏れていた。

感に浸ってくれているのはこっちには好都合だ。

とりあえず、逃げるべきか、戦うべきか。

当然戦う。こいつの能力の範囲は分からないが誰にでも変身できるとするなら私は終始得体がしれないこいつにつきまとまとわれ続ける。


血が吹き出ているが、魔法少女に変身したおかげかそれほど痛みがつづかない。

その時まさに後ろから本物と思われる救急隊員の声が聞こえる。

担架がどうとか言っている。

「ねえ、ちょっと話さない?瑞佳のこと。あんたも親友だったんでしょ。あんたが死ぬまでにあんたの思い出全部私が引き継いであげる。そして、私はあんたになる。瑞佳に愛されたあんたになって思い出も引き継げばそれって私ってあんたってことじゃない?」

やべえな。こいつ結構イかれてるやつだ。アンジェラが言ってた想像を超えている。多分刺し違えてでも私のことを殺そうとする。そして歪んだ愛憎を夜な夜な晴らすアバズレだ。

「外に人が来てるみたいだけど、あんた魔法少女よね?姿見せても問題ないの?」

「はあ?別に私は今はただの女の子よ。何それ?やっぱりアンジェラね。あいつも殺す。魔法少女の姿であまり目につかないようにって忠告されてるってことはあんたも魔法少女なんでしょ?アンジェラから生まれた新しい魔法少女」

ちらりと横目に洗面台に突き刺さったビームサーベルを確認する。

「そうよ。私はデモンズの力を持った魔法少女よ」

「ずいぶんはっきり話してくれるのね。あきらめたってことかしら。でもすでに量刑は決まっている。あんたは皮膚という皮膚を削いで苦しめて殺す。」

「ずいぶん楽しそうなことを考えてるのね、わくわくするわ。」

まだか。

「あんたと長話している暇はないみたいね。すぐそこに救急隊員が来てるみたいね。とりあえず私はあんたを殺して、あんたの姿になって、自分で自分の皮膚を剥ぐことにするわ。鏡を見ながらね。あんたが苦悶に歪んでいる姿を誰よりも、本当に誰よりも近くに見てね。そしてそれをTikTokかインスタで配信するわ。あんたの実名付きでね。」

「本当、あんた、ぶっ飛んでるわ。そもそも私があんたにやられると思ってるの?」

「思ってる。というより、もう終わっているのよ。あんたの背後にあるのは何だと思ってるの?壁?」

鏡越しに背後を確認する。みるみるそれは壁から変身が解けて実態を表す。

「何てことない、ただの鉄柵よ。あんたの中学の入り口にあった校門にあった開閉式のね。何キロぐらいあるのかしら。でもあんたを押しつぶすか、押さえつけるには十分な重さだと思わない?」

グラっと鉄柵が私に向かって倒れてくる。

「はあ。べらべらしゃべってくれて助かったわ。あんたがサイコパスってこともよく分かった。時間をかけてくれてありがとう」

「はああ?何言って・・」

その瞬間、大量の水蒸気が二人の視界を妨げた。

「なによこれ!!!!」

「水蒸気よ。さっき投げたビームサーベルがようやく陶器を溶かして水道管に達してくれたみたいね。」

「このくそあまあああ!!」

右足の包丁を引き抜き彼女のいた方向に投げつける。そしてドアが鉄柵に引っかかったがこの女子トイレからでることができた。

グワーンと音がして地面が一瞬揺れた。鉄柵が倒れたようだ。

中が曇った女子トイレを覘きながら救急隊員が事態を理解できていなそうであった。私は彼らに一瞥せず電車の乗り口を目指して走る。

ゴスロリ女の全力疾走はこの地方ではおそらく初めてだろう。

改札を飛び越えて発車時刻間際の電車に飛び乗る。まばらな乗客一人一人を確認する。最後尾に飛び乗った私は半分身を乗り出し、飛び乗ってくる乗客を確認する。当然、あの少女の姿はない。

だが、おそらく、誰かの姿になって乗ったに違いない。

私が彼女の能力を持っていたら日を改めてもっと準備をして攻撃する。だが、話をしてみてわかった。あいつにはそんな冷静さがない。

プシューっとドアが閉まる。行先は高校方面。入口脇の手すりにもたれかかる。

これは賭けだった。やつはきっと乗って来る。

座席が全部埋まる程度に人を乗せた電車は4両編成でディーゼルエンジン駆動だ。そのエンジン音が快調に響き始める。

「ねえ、ちょっと」

急に話かけられびくっとする。

「あんた足から血が出てるよ。ケガしてるじゃないか座るかい?」

話しかけてきたのは母親と同じくらいの年齢のおばさんだった。

「・・・いえ、ちょっと軽く転んでけがしただけなんで大丈夫です」

実際痛みをほとんど感じなかったし、血もほとんど出ていなかった。

「いや、そういうのばい菌入って危なくなるから、まあ、大丈夫っていうならいいけど、病院にちゃんと行くんだよ」

「・・・はい」

こいつか。でも、この人は私が乗る前から座っていた。少なくても私よりも先に到着することは、いや、もしかしたらアスリート選手に変身して私より早く、いや、電車まではほぼ一本道だった。少なくとも並走する時間があったはずだ。

ゴトン、ゴトンと電車は進んで行く。

考えても無駄かもしれない。今は全方位に注意する。それだけに注力する。

彼女が乗っていないかもしれない。それはそれで不安だ。

2駅が過ぎて降りる乗客も増えてきた。その間この車両に乗ってきた人はいない。

ついて来なかったのか、とすっとブレザーのポケットにすっと手に入れるそぶりをするが、そのドレススカートにはそんなポケットはなく、手は宙を切った。スマホでハブ駅の状況を確認しようとしたが、どうやら変身するとその時持っていたものもなくなってしまうようで、ここでまた思案した。

変身を解いていいものか、どうか。ケガが治ってしまうということは今のケガも通常時に戻ったら大量出血するのではと考えた。

情報がないとイライラする世代だ。私は立ったまま足をゆらゆらと揺らした。3駅目でもまた人がおり、大分空席が多くなった。

「ねえ、やっぱりそれ、よくないと思うんだ。これだけ人が下りたんだから座ったら?」

おばさんがまた心配そうに声をかけてくる。

確かに空席が増えてきている。

「はあ、そうですね。ええ、座ります」

このおせっかいなおばさんからもっとも遠い進行方向側の位置の手すり脇の端に腰を下ろす。

その時、車内のドットで描かれた電光掲示板にハブ駅で小規模な事故が発生したため、列車遅延の情報が流れだした。

ただし、その情報の中にあの少女の情報はない。

けが人はなしとなっていたからだ。

また、私はため息をついた。安堵とも、不安ともつかないため息だった。

やつはもうすでにこの電車のどこかにいる。

そして私を注意深く見ている。どこかで。

でも私もそれを望んでいるだ。早く攻撃してこい。

電車はどんどん進み、いよいよ次が私の高校だ。

「ねえ、私看護師やってるんだ。ちょっと見せてよ。」

さっきのおばさんはいつの間に私の前に立っていた。

「いや、本当に軽くケガしただけなんで」

「まあ、深くないか確認するだけだから」

すっと私の傷口に触れる。

「イッッッ!!!!!ったあああああああ」

シューともジューとも形容しがたい音で何かを傷口にかけられている。少なくともオキシドールのようなものではない。だって皮膚が溶けている。

「濃硫酸だよ。すごいね。化学って私嫌いだったけど今日ほどちゃんと勉強しておいてよかったって思ったことはなかったわ」

このおばさんは私より前に座っていた。こいつが犯人だったのか?

おばさんが座っていた方向を見ると私の声に驚いたのかおばさんと目があった。

そして、見知った自分自身のドッペルゲンガーを見てさらにあんぐりと口を開けた。

こいつ、おばさんに変身していた。もうすでに魔法少女としてのタブーすら放棄している。もうなりふり構わず私を殺そうとしているのか。いや、そんなレベルのやつだって気が付いていたのに、失敗した。油断した。悔しい。

でも、勝った。

「私は、もう、何もいらない。あなたをどうやって苦しめるかだけしか考えてない。あんた一通り拷問して殺したら家に帰って枕を高くして寝る。あああ、今日は本当に最高の一日になりそう!」

「勝利を確信したって感じね。」

瞬間あの少女が現れた。

「ねえ、鬼ごっこしようよ。その足でどこまで逃げられるかわからないけど。私はーそうだな!斧にしよう!これであなたのつま先から順番に切り落とす!あなたはどこまでも逃げてみて!すごい楽しい!!」

私は完全に筋肉が解けた右足を引きづり彼女を突き飛ばし、最後尾に這って移動する。血と解けた肉が電車の床にぬるぬると、テカテカと後を残す。

「ははははは!それで逃げてるつもりなの!じゃあ一発目行くね!!!」

ゴッっと音がして。激痛が走る。つま先がというより、足の平が真っ二つに裂けている。

たまらず乗客たちは声々を挙げて先頭車両を目掛けて走り出していく。

私はそれでも進むのをやめない。

最後尾にさえ、つけば、いい。

「おそい!おそすぎ!ウケる!!ははははは!!赤ちゃんより遅い!」

また、ゴッっと音がした。次は左足を狙ったのか、斧はつま先を外れ、ふくらはぎをちぎる。

「ぐううう!!」

「ははははは!!ごめんごめん!!ちょっとずれちゃったね!!!」

それでも私は進む。

最後尾。この電車は先頭に車掌が乗ったワンマンで運行されている。つまり最後尾にくればそれより後ろは誰も居なくなる。

後頭部に衝撃。ちかちかと視点が安定しない。

「ちょっとあんまり進むの遅すぎてむかついちゃって頭蹴っちゃった!道具以外使うのは反則かな?」

そしてようやく私は最後尾に到達した。誰もいない運転室の壁に這うように体を起こして彼女をとらえる。

その姿は瑞佳の姿になっていた。

「いま気が付いたの?ずっと瑞佳のままで斧で割いたり蹴ったりしてたのに。残念だわ。本当に残念だわ。愛があれば、それが誰がやったかって気が付くと思うんだ私は。」

「ねえ、あんた思い出話聞きたいって言ってたわよね。」

息も絶え絶えに、私は言葉を吐く。

「えええ!思い出!そう!あんたと瑞佳との思い出!よく覚えてたね!えらい、えらい!!!どんどん頂戴!!」

「・・・・えーっと何がいいかしら・・・・」

「あんたと瑞佳の愛の思い出よ。全部ね。それまでは絶対に殺さないであげるわ」

「・・・そう・・・愛・・・・ね・・・・」

「早くいいなさいよ!!!」

鬼のような形相で待ちきれず斧で床をドンドンと叩く。こんな瑞佳は見たことはない。まぎれもなくこいつは偽物だ。

「あんたは瑞佳の内面を一つも理解できていない」

「・・・・今なんて?・・・・」

「あんたは一生、瑞佳を理解、することは、できない」

「てめええええ!!!何を言い出すかと思ったらそんなこと!」

「そんなだからあんたは選ばれなかった」

ブチっと切れた彼女は右手にもった斧で私の右頬を叩く。

割けて飛び散った歯と肉片が電車の窓に張り付く。

「次はない!次は脳天にいく!早く!思い出をよこせ!」

その時、電車の走行音が変わった。

こもるような反響するような。あの長いトンネルに入ったのだ。

「アンジェラ!正体はもうバレてる!私は一度変身を解いて!再変身する!」

私は言葉通り一度変身を解く。そしてすぐに変身する。さっきの怪我が回復する。

そのそぶりに偽瑞香は少し後退りする。

「へえーー!そうやって回復出来るんだ!じゃあ拷問もし放題ってことね!」

「お前のことを一通り観察して分かったことがある。お前は変身する能力だ。そして物も変身させることもできる。でも拳銃やらチェーンソーなんかは変身させてない。多分だけど構造がわからないもの、イメージができないものは変身させられない?違う?」

先程の弱った身体からは想像できないほど力がみなぎりスッと立ち上がる。

「何立ってんだ!!座ってろ!!」

「ねえ、どうなの?まあ否定も肯定もしないでしょうけど。そしてあんた自身はモノや機械には変身できない。もしくはしたことがない。」

「お前何度も言わせるなよ!!!座っていろ!!」

「そしてあんたは変身した人物と同等の身体能力を得られる。ただまあ所詮人間の域よね。一応確認するけどあんたが意気揚々と乗り込んできた時あんたは失敗しする考えもあったはず。」

「お前!さっきから何が言いたい!」

「あんたはもう負けたってことよ!」

私はビームサーベルを取り出し彼女に向けて振り下ろす。彼女はテレビでも見たことがあるバドミントン選手に化けてバックステップをする。

瞬間彼女はオリンピックで見たことがあるアーチェリー選手に変身し、おそらく競技用ではない原始的な形の弓を手に矢を放った。

私は咄嗟に盾を展開して防御する。カンっと高い音がした。

二発目が来ない。

盾から少しだけ顔を覗かせるとそこに彼女はいなかった。前車両に続く自動ドアだけがウィーンと音を立てた。

「想像通りの展開よ。アンジェラ!早く出てこい!」

「あちきを呼ぶなって!行かねーわよ!テレビがいいとこなんだよ...」

「アンジェラ、よく聞いて二つ確認するわ。まず今彼女は変身しているけど今の状態は普通の人間に見えるわ。その状態で殺しても問題ない?」

「あー、魔法自体を使用して変身しているからね。肉体が物質として変化しているけど魔法少女の状態として捉えてもらって構わないわ。」

「ok。もう一点。これから私がする事でバキボキ少女にするのは一旦待って欲しい。」

「え!なに!何するって?」

「バキボキ少女にするのはあんたと直接話をしてからにしてちょうだい。じゃあ行くわね」

「ちょっ...」

私はゆっくりと注意深く進む。椅子の陰や天井、手すりの脇、あらゆるところに潜む影。そう言ったところをゆっくりと注意深く見ながら進む。

おそらく変身は乳幼児にもなれるだろう。隙間なく探す。

一通り終わった後、ようやく次の車両の自動ドアの前に立つ。覚悟を決める。

ウィーンとドアが開く。2両分の乗客を乗せた車内はまばらだったのと一転して混雑している。

さっきの惨劇を目撃した人たちから悲鳴が上がる。

「これがあんたの作戦だったんでしょ。人混みに紛れてこのまま逃げ失せようってね。もしくは攻撃を続けようとしていたのか。どっちにしても残念だったわ。」

初めて使うイメージだったがアニメを何度も見返していたのですんなりとそれは現れる。

「ファンネルミサイル!」

ファンネルミサイルは車両の窓を突き破り放たれる。

「前方のトンネルを破壊しろ!!」

花火のような音をあげファンネルミサイルが加速しているのがわかる。そして破裂音。

ギギギギギギギギギ!!!!と聞いたことがないような音を立てて電車が急停車する。

この事態を想定していなかった私以外は前方に吹っ飛ばされる。

「.....大変申し訳ありません!ただいま線路上に落下物があり急停車をいたしました!申し訳ありません!状況確認までその場で...」

車掌からのアナウンスに皆がスピーカーに視点を合わせる。


私はとりあえず一番手前にいたOLの首をビームサーベルで切り落とす。

次は赤子を抱いた母親、そしてその乳児。

くたびれたネクタイの老齢の男性。

友達と手を握ってうずくまっている女子高生2人。

焼ききれて肉体から離れた首と体からは出血していない。

静かに、でも、確実な重量を持った首がゴトンと何度も落ちた。

スピーカーに注目したギャラリーは一瞬こちらに目を向け、またスピーカーの続報を待つようにスピーカーを見上げる。そして再度驚きの形相でごちらを見つめる。

綺麗な二度見すぎて思わず吹き出してしまう。

私は次々と首をはねる。

さっきのおばさんも、おじさんも大人も子供もみんなの首をはねる。

事態をようやく飲み込んだ乗客はパニックを起こして先頭車両を目掛けて走り出す。

それでも私を一人づつ確実に殺していく。

殺しながら、隅々を確認する。「人」が入れそうなところにはかたっぱしからビームサーベルを突き立てる。

前方からは悲鳴やらドアを開けろと騒ぐ声が聞こえる。

2両目が終わって3両目に行くと、何人かが無理やり窓をこじ開けて外に飛び出そうとしていた。私はそれには構わず、また、一人づつ、一人づつ首を刎ね、物陰を確認する。

一人が窓をたたき割って外に飛び出した。

私は外で待機しているファンネルミサイルでその人物の頭部を狙って炸裂させる。

グラっと重心が変わった体が再び入ってくる。

ビクビクと全身を痙攣させながら血だまりを作る体を踏みつけて私はまた、一人づつ首を刎ねる。そして物陰を確認して、人が入りそうなところにビームサーベルを突き立てる。

4両目、先頭につく頃には思ったより人が少なかった。

もっと逃げているかと思ったが、せいぜい10人程度だ。

その一番奥でガタガタと腰を抜かして、座り込んでいる少女がいた。

「な、な、あんた、なに、なに、なにをしてんのよおお・・」

私はまた、手前の人間の首を刎ねる。

「何って。あんたを追い詰めているんでしょ。」

その時車掌が飛び出してきたが、何が起きているのか全く理解できていなそうだった。

「これは、これは、あんたと、あんたとあたしの問題であって、こんな、こんなことは・・・」

「想像できなかった?馬鹿じゃない?私は最後までやり遂げるわ。それが瑞佳を殺した私にできる最後の手向けなのよ」

一歩近づく。ヒッと老婆が声を上げる。私はまた、首を刎ねる。

「や!やめて!やめてください、おきゃくさ」

私はビームライフルで車掌の胸を打ち抜く。

「初めて撃ったけど、意外とあたるものね」

「これは、本当に、あんたは、いったいなんなの?ここまでするの?デモンズだから?心がないの?こんなことって」

「さっきまでブチ切れて私の足を切断してたやつのセリフとは思えないわね。ねえ、もう攻撃しないの?鉄柵倒したり、包丁で突いたり、斧で割ったり。私は一歩づつあなたに近づいているわよ。」

「こんな、こんな、こんなことって」

この様子をただ黙ってみている乗客の唾を飲む音が大きく聞こえる。

そして私はまた、そいつの首を刎ねる。

「これはあんたが招いたことだ。あんたが、むざむざこんなところに来るから起こったことだ。全部あなたの責任よ。」

「・・・なに、なに??なんだって???お前が全部!瑞佳のことも!瑞佳が!それもこれもこの事態もあんたが!」

「それを想像できなかった。それがこんな事態を生んだ。犯罪者たちが罪を認めたあとなんて言うか知ってる?こんなことになると思っていなかった、よ。」

「来るな!来るなあああ!」

少女は腰が抜けたまま包丁をこちらに向けている。

私はまた、一歩づつ。首を刎ねながら進む。

ガチガチと少女が歯を鳴らす。

ついに二人きりになった。

無数の首と無音の車内。

「あた、あたしは、なんで、なんだ・・・でなんでこんなやつに・・瑞佳・・・」

「あんたは瑞佳の本質を永遠に理解できない。何度でも言うわ。そしてあんたはきっと地獄に行く。私も後で行く。あたしとあんたは天国に行った瑞佳には絶対に会えない。でも、私だけは瑞佳の本質を理解している。だから地獄がどんなところだって耐えられる。」

「おおお、おまえが、何を理解してるっていううんんだああ!!」

「私は瑞佳が私のこと好きって気が付いてたわ。」

「はああ!それがなんだ!自慢してんのかああ!」

「受け入れてもよかったけど、そうしなかったのは、彼女のため。彼女の目標のため。何か大きなことに立ち向かっているのは知っていたし、その彼女を支えたいと思っていた。だからかな?あんなに腹がたったのは結局嫉妬だったのかしら?」

「お前何が言いたいんだよ!結局!」

「受け入れてしまったら彼女はきっと頑張れなくなってしまうわ。だから、ぎりぎりのところまで受け入れた。それならきっと頑張り続けてくれる。明日に希望を持ってくれるって思ってた。」

「それは本質だって言いたいのか!筋違いだ!」

「そうよ。彼女はそういう女の子。好きな女の子と一緒なら一緒に死んでもいいって思える女の子。」

「瑞佳は死んでお前は生きてるじゃないか!」

「そう、彼女はいずれ私が死ぬことを受け入れて、自ら死を選んだ。」

「な」

「そういう女の子なのよ。死は共有できない。でも魂は共有できる。私が地獄に落ちて、彼女が天国にいても魂のつながりは消えない」

「おまえええ!さっきから何の話をしてるんだよおおお!!」

「あんたがさっきから言っている、「思い出」の話をしているのよ。私が地獄に落ちてどんなつらい目にあっても彼女を思えば、きっと乗り越えられる。瑞佳もそう。永遠に離れていても天国で私の思い出、魂で思いを共有できる。」

「てめえええの宗教観なんざ知ったこっちゃない!!」

「そう思ったから彼女は最後に、仲直りできてよかったねって言って倒れたんだ。」

一歩踏み出す。

「仲直りできたんだ!私たちは!思い出を共有することを許されたんだ!」

ブンとビームサーベルで少女の首を薙ぐ。

その目には涙と、恐怖と、怒りがこもったままゴトンと床に落ちた。

「私たちは仲直りしたんだ。本気で喧嘩して、そしてまた、仲直りしたんだ。また、二人ぼっちの世界を、作ってもいいんだ。地獄でも天国でも構わない。私たちはつながって、いるんだ」

思ったよりも力がこもっていたようで息が上がる。

自分でも脳に酸素が足りていないことがわかる。くらくらする。ちかちかする。

私は握っていたビームサーベルを静かに収納する。指が震える。

「・・・アンジェラ、終わったわよ・・・」

「・・・後半は見てたよ。あんた、なんてことを・・・」

「バキボキ少女にする?」

「ええ、そうね」

「毎年世界のどっかで旅客機が墜落して人が沢山死ぬ。それに比べたらたいしたことないってプロシュートの兄貴が言ってたわ。」

「誰それ?あんた一人っ子でしょ。」

「アンジェラとりあえず聞いてほしい。このトンネルの中はスマホの電波が入らない。そしておそらく、乗客はすべて殺害した。」

「そんなの見ればわかるわよ。」

「要するに私は誰にも見られていない。この姿も変身を解けば元の姿に戻る。」

「何が言いたいの?はっきり言ってちょうだい。」

「バキボキ少女に戻すのはやめて欲しい。」

はあ、と大げさにアンジェラはため息をつく。

「あんたは見られてないかもしれないけど、この死体たちはどうするのよ。」

「この電車はディーゼルだ。多分、燃料に引火すれば爆発なり炎上なりして証拠は消える」

「あんた、本気で言ってるの?」

「最初にこの電車に乗った時からそう思ってたわ」

「あんた、今日、何人殺したの?その人の家族は?友達は?なんて思うの?」

「そんなのは知ったこっちゃない、でしょ。アンジェラ。私たちは無意識の救世主なんだから。トロッコ問題と一緒よ。何人?ざっと、3、40人、家族や友人のつながりが各10人いるとしても400人が不幸になるだけよ。あんたが救おうとしている人間の数って何十億なんじゃないの?」

沈黙。彼女なりに考えているようだ。次の言葉をひたすら待つ。私のターンは終わり彼女のカードを待つだけ。

「この電車を完全に焼却できるの?」

「おそらくは無理ね。フレームとか鉄でできている部分は残ると思うけど、少なくとも人間の体や、内装なんかは焼き尽くせると思うわ。」

「じゃあ、さっさとやりましょう。正直あちきこの場から一刻も早く帰りたいわ。」

私はファンネルミサイルを駆動輪の当たり一帯に順序よく並べる。電車の構造は全く知らない。だからなるべく広範囲に配置した。

「あと、最後に、ファンネルミサイルをまたトンネルの天井に向かって発射するわ。それで土砂がかぶってくれればなんとなく理由にはなる気がするわ。」

「そうかもね・・。はあ、最悪の気分よ。さっきまで楽しくテレビ見てたのに。」

「でも、あんたの心配ごとは一つ減ったじゃない。」

「・・・・今はあんたの冗談に付き合う気にもなれないわ。あちきは先に、ダメか。コンパクトはここにあるしね。」

「まずは出口に行ってから。そこで点火するわ。」

私たちは無言でトンネルの出口まで歩いた。普段軽口を叩くアンジェラもさすがに何もしゃべらない。

「ねえ、契約の更新があるんだけど・・」

「わかってるわ。二度とこんなことはしないわ。そして次の能力の使い道も考えてある。EWACよ。早期警戒管制。敵の攻撃を探知できる機能。こんな攻撃もうまっぴらだからね。」

「魔法少女を探知するってこと?どの程度の範囲まで検出できるかあちきは知らないわよ。」

「さすがに今回みたいに直前までこられてもわからないって範囲にはならないんじゃないかしら。」

ちょうど話を終えるころトンネルから抜け出した。

「さて、点火するわね。」

思った以上の炸裂具合だった。吹き飛ばされそうな風圧と熱波を感じる。地面のうねりを足のうらで感じ、粉塵がものすごい勢いでトンネルを駆け抜けた。

さながら映画のワンシーンのような光景だった。

「証拠隠滅!ってね。なによ、アンジェラ。元気ないじゃない。早速2人目をやっつけたんだからもっと喜んで見せてよ。」

「あちきは先に飛んで帰るから。」

「ちょ、ちょっとあたしは!」

「あんたを選んだこと、結構後悔し始めてるわ。じゃあね」

アンジェラはスーッと高く舞い上がると、ひらひらと飛んで行ってしまった。

トンネルの入り口から下を見下ろすと大きな幹線道路が目に入った。

おそらく、異変を感じた電車会社は何らかの手段で確認をしに来るだろう。いや、もすでに出発している可能性の方が高いだろう。最初の落下物の除去のために重機なんかが。

私は変身を解き、ローファーで一段高くなったトンネルから幹線道路まで滑るように降りる。最後に少しこけたが、小石に躓きましたが、何かっていう顔をしてすっと歩道を歩き始めた。ようやく取り出せたスマホを確認し、ハブ駅までの距離を見ると徒歩で4時間15分と表示された。

うんざりするような顔をわざとして、スマホを見ながら歩きだした。

私は瑞佳のためにも、この計画を完遂する。

瑞香の名前を呼び続けるために。


明日から学校行くのどうなるのかなって考えながら耳にゼンハイザーのイヤホンをねじ込む。

流れるのはずっと真夜中でいいのにの袖のキルト。


不思議と罪悪感はなかった。

4時間。時間はたっぷりある。瑞佳との思い出をかみしめるには短いくらいだ。

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雨は桜の絨毯を紡ぐ いおたしゅう @EOTAshuu

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