第5話 雲の切れ間は憂鬱な空

梅雨は嫌いだ。


髪が暴れるし、朝夕は東北のこの町ではジャケットが必要なくらい肌寒くなるからだ。

駅から10分。傘の間の見知った顔も増えた。

瑞香を失ってから2ヶ月が経っていた。

世間が暇な時期もあって瑞香のことはキー局でも放送されるレベルで大騒ぎになっていた。

一番の問題は凶器の存在だった。

瑞香の体を貫いていたのは鋭利な刃物ではなくレーザーメスを束ねたようなもので撃たれた、もしくは刺されたものだと発表された。

あながち間違っていないのだが、こんなものが世間に存在するはずもなく、米軍の新兵器の実験中の事故だったとか宇宙人にさらわれそうになって抵抗したから撃たれたとか色々な憶測が飛び交っていた。むしろ少女の死よりもその未来兵器の方が世間的には興味があるようで、さまざまな検証動画がyoutubeにアップされては否定されていく、そんな毎日になっていた。

私は瑞香との最後の会話何度も噛み締めていた。もう一度謝りたい。もう一度やり直せたらと毎日考えていた。


「いわっち、おはよー」

「おはよう、守山」

150cm位の小柄な身長と肩までかかった髪に銀縁メガネ。控えめな顔立ちにぺちゃんこな胸とやたら長いスカート。ベージュの下着が似合う女。the喪女。こいつは守山雫。オタク寄りの人間である。先日のオタク公表発言で唯一オタクサイドで私の所業を許してくれた理解者である。喪女であるのに性格はハキハキとしていて明るいことも一因かもしれない。

「いわっちさー、今期の覇権アニメなんだと思う?私はあの女子高生の殺し屋アニメだと思うんだよなー。作画もいいし、何より女の子がめちゃくちゃかわいい!」

「まあ、必要なアングルでパンチラしてるのはポイント高いわね。私絶対パンチラしないアニメって嫌いなのよ。めちゃくちゃパンチラするのも嫌いだけど」

「あ、いわっち絶対そういうとこ見てるって思った!そういうとこ前も気になってたよね。生理の概念がどうとか。」

「よく覚えてんな...まあ、私も覇権アニメに一票だな」


オタ話ができる相手ができるというには意外と心の安らぎとなった。

魔法少女と私のいざこざで心をすり減らしていたあの頃の瑞香の気持ちを考えると自分がやるせなくなる。

そんな気持ちをアニメの話で誤魔化す。

高級食パンみたいに中が詰まった分厚い梅雨の雲は私の心そのままのようだった。


「あちきお暇をいただきたいでありんす。」

妙に変な言い方でアンジェラが切り出した。

「なんだよ。今もお暇だろ。」

アンジェラは瑞香がいなくなった後は私の家に押しかけてきた。何をするわけでもなく、私が学校に行ってる間は部屋でゴロゴロするだけのニート生活をしていた。部屋で下着を漁りフリマサイトで販売しようとしたり、勝手に動画サイトで私の寝顔配信の登録をしようとしたり(曰く現金収入を得るための労働であると逆ギレしていたが)と碌な事をしてなかった。

ただ、この事態を全て把握してくれているものが身近に居てくれただけで寂しさが紛れていたのは事実であった。


「まあ正直いうと他の魔法少女に呼ばれてんのよね。多分今回の件、気づかれてるっぽいわ」

「気づかれてるっぽいわって、どういう風に?」

立ち膝でベットに座っていた私の顔を覗き込むようにアンジェラは話す。

「おそらくだけど、あんたが変身すればデモンズと同じ気配になるからね。デモンズの気配を感じたあと元魔法少女の女の子が死んだことが大々的に報道される。そしたらもうそれってそういうことじゃない?今回の呼出は全部終わったはずじゃないのって話だと思う」

「まあ、あんたにとっては狙い通りの展開よね。ちなみに残りの魔法少女全員に会うつもりなの?」

「いや、今のところ呼び出しがあったのは一人だけよ。」

「みんな意外と薄情なのね。どんな子なの?」

ぐっとひっついていたアンジェラを引き離す。

「秘密に決まってるじゃない。あちきはあんたが負ける可能性も考えておかないといけないのよ。それが出会って早々こいつが魔法少女ってわかったら裏で繋がってるのバレバレじゃない」

「は?じゃあ私のことは相手には話さないわよね?」

「個人情報についてはもちろん。だけど魔法少女は一応デモンズを探知できるからもし目の前まできてこの子からデモンズの気配する!アンジェラはどう?って聞かれたら私も、あ、こいつかも!ポアしなさい!って言うわよ。」

「いや、分が悪くない?あ、でも変身しなければバレないのか。」

「もう二回変身してるから力がうっすら見えるわね。何キロって範囲だとわからないけど流石に10mくらい近づけば当たりはつくと思うわ。」

「なによそれ。じゃあ一方的に攻撃されるかもしれないってこと?」

「.....」

「?」

アンジェラは漫画とファッション誌がごちゃ混ぜになった本棚を無表情で見つめている。

「....」

「すごくわかりやすく無視するじゃん。」

「ともかく!呼ばれたからには行かなきゃだわ!それはいいとしてあんた瑞香の分の魔力どうするの?何も言わないからいらないのかしら?」

「いるわよ。それもずっと考えてたわ。」

露骨に話を変えられた気がするがここ最近ずっと考えていた話題ではあったので素直に話に乗る。

「そうね、ファンネルミサイルにするわ。簡単に言うと無線誘導ミサイルね。この際、無線の操作は従来の兵器は目視とコントローラーでの....」

「うっせー!!!このオタク女!何でもいいわ!とりあえずあんたの意識に合わせて形状とか効果とか作れるようにしといたから好きにして!じゃあ私行くから!バイバーーーイ!!」


と、アンジェラが居なくなってから早1ヶ月がたった。

私は特に何も変わることも過ごしているがアンジェラが他の魔法少女に合っているとすると動きがあってもいい頃だと思う。

「ちょっ!いわっち!きいておりますか!?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」

「わかるでござるよ!今日もカップリングの妄想されておったんですね!昨日は田中先生と不良の神山君のTSもので百合でありBLであると言う...」

「ああああ!ちょっと落ち着け!」


life goes on.

そんな歌が昔あった気がする。自分の意思ではなく、なんとなく日常が続いていく。今はまさにlife goes on。

「なあ、ヴィーガンっているじゃん。あいつらって動物殺さないって言うんだったらヴィトンのバックとかもてなくね?」

こいつナチュラルにミスタと同じこと言いやがる。授業中にもかかわらず平然と話しかけてくるこいつは西川梓。あずにゃんって呼びたいがみんなからはアズって呼ばれている。豚鼻の悪魔みたいだと言っても分かるのは守山だけだろう。

「ババアになってもバスケットボール選手みたいな格好するのよ。」

アズはそんな返しに手を叩きながら引き笑いで大笑いしている。どっちもミスタが言ってたことだがな。アズは自前の馬鹿でかい涙袋を、俗に言う地雷系メイクで一層強調している。とにかくうるさくて地雷というよりはクラスター爆弾系女子だ。身長も170cmあるらしく、モデル体型でめちゃくちゃモテる。男も取っ替え引っ替えだが2ヶ月ともたない。この見た目と性格のギャップで最後は男が泣き出して振られるらしい。

「オタッチ今日もキレキレやん!」

そういえば私のあだ名はいわっちからクラスチェンジしてオタッチになったのだ。軽く馬鹿にされていることは気がついていたがもう乗っかろうと思って突然オタキャラを出したりすると意外なほどウケる。これに味をしめちょくちょくとオタキャラを挟むうちにオタッチって言うあだ名も悪くないなと思い始めていた。

「おい!西川!お前授業中だぞ!なめてんのか!」

国語の田中が喚く。

「さーせん!せんせーってヴィーガンすか?」

「は!?え!?どうした急だな!」

すいません、だけで終わると思っていた田中先生は完全に想定外の質問を受けておどおどしている。

「いや私ヴィーガンって口に出して言ってみたいだけなんで。ちぇす!」

「・・ちぇすってなんだよ。黙ってきいてろよ!」

いつもアズはこんな感じである。本題から話を逸らすのが上手くのらりくらりかわしてしまう。自分が楽しいことしか興味がないタイプの人間なのだ。

気がつけば私は多くの人に囲まれていた。瑞香と一緒に作り上げた二人ぼっちの世界は、いつの間にか境があやふやになって、溶けて、薄れて、なくなった。

あの世界は心地が良かったがここもまた同じような心地よさがあった。


学校が終われば私は少し早歩きで電車に乗って中学校に向かう。

そして瑞香が横たわっていたあの絨毯のあった場所でなんとなくその日にあったことを話したりあの頃のアニメ話の続きを語りかける。もちろん返事はない。魔法がある世界ならもしかしたらまた何かの拍子に戻ってくるかもしれない。

中学生達も私がここで毎日ブツブツ何かやっているのですっかりなれたみたいだ。時々辛かったですねって話しかけて来る子すらいる。先生達も私と瑞香の関係を知っているせいか注意もされなかった。

犯人なのに馬鹿みたいにだよねって瑞香に笑いかけた。


「あの、瑞香さんのお友達ですか?」

突然声をかけられた。ふと振り向くといつからいたのかわからないが一人の少女が花束を持って立っていた。

「え、ええ。昔の、いや、今も親友よ」

少女は少し微笑み持っていた花束を献花台に乗せて両手を合わせた。

見た目は小学生高学年くらいだろうか、白いブラウスに黒いプリーツスカート。制服なのか喪に服して選んだ服なのかわからない。

身長は私の胸元くらいだろうか。肩までかかった髪が揺れている。

「瑞香の知り合い?」

まだ目を閉じたまま少女はこくんと頷いた。

「はい、瑞香おねえさんは以前にお世話になったことがあって。」

すっと目を開き私の目を見返す。黒くて力がこもった瞳だ。

「大切な人でした。また会いたかった。」

声が潤んでいるのがわかった。

「本当に残念です。痛かったかなとか、辛かったかなとか考えると余計に胸が痛くなります。」

「....そうね。」

「犯人まだ見つかって無いんですよね。こんな事をして逃げてるなんて許せないです。」

「そうね。許さないわ。」

私の言葉をじっくり噛み締めるように目を閉じて再び少女は目を開けた。

「....お姉さんも同じ気持ちですか。よかったです。夜になっちゃうので私帰りますね。失礼します。」

すっと踵を返すと颯爽と駅の方に歩いて行ってしまった。名前くらい聞いておいてもよかったかなと思った。


翌日私はまた、学校を終えると足早に電車に乗っていた。ハブ駅に着いた時ふと前に瑞香との最後になってしまったあの本屋に寄りたくなった。

改札から一度出て駅中を歩く。

この時間は帰宅する高校生や大学生でこの駅はごった返している。仲良く連なって歩く女子高生を追い越すとあの本屋が見えて来た。また、あの夜のことを反芻する様に思い出して足が止まった。


その時、トン、と後ろの右の脇腹に衝撃があった。


その刹那その部分ががギリギリと熱くなった。


「きゃあああーーーーーーー!!!!!!!」

突然の悲鳴で身をすくめる。それと同時に脇腹に痛みが走る。

なんだこれ!触って感触を確かめる。

なにか包丁のような物の柄が脇腹から生えている。

苦痛にたえ、その柄を確かめようとすると、ぼたぼた、とその柄を辿って真っ赤な血がベージュの床にシミを作っている。

刺された!なんで!私が?

パニックで何も考えられない。

「う、動かないで!!!救急車!救急車!」

周りはさらにパニックになっている。

どうしよう!どうしよう!正しい判断ができない。

「大丈夫!大丈夫!です!」

私は人の目に怯えてトイレに駆け込んだ。

そして考える。

通り魔的に刺された?なんで私が?

そしてハッとした。

そうか。

「すでに攻撃は始まっていたってことね」

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