第4話 それは桜の絨毯のように

調べてみると留年ギリギリの日数になっていた。担任からは週1回は連絡が来てたし、仲間からも体調を気にするラインが来ていたのでそんなに休んでいる実感はなかった。アンジェラとの約束もあるので学校にも行くしかないかと思っていた。溜息が漏れる。きっと私のことはクラス中に広がっているし、あいつらに知られてしまった以上今のポジションは維持できない。悪く言ったオタクたちにも合わせる顔がない。

また、ため息が漏れる。

「あんた、そんなにはぁーはぁーってやめてくんない?変態に見えるわよ」

「・・・あんたこそいつまでいるの?もしかしてずっとこの部屋にいるの?」

「なんだよ!こんな健気な女の子、この寒空の下にほおり出すつもりかよ!」

「いや、お母さん帰ってくるし。あんたのこと見えないんならまた病院に連れていかれるじゃん」

「まあ、今はお世話になってる女の子の家があるからいいんだけどね。」

「お世話ってあんたなんか食べるの?」

「タピオカ黒糖ミルクが好物よ。覚えておいてね!」

タピオカ飲んだら窒息しそうな体のくせに。

「じゃあ、うざそうな顔してるから出てってあげる。次に会うときは魔法少女との戦闘の時かしらね。」

「それは嬉しいわ。2,3か月後かしら?」

「もっと早くやれよー!全然やらなかったら催促にくるからな!」

そう言うと体をフィギュアスケーターみたいにくるくると回転させて浮き上がった。

同時に光に包まれてフッと消えた。

うざい奴がいなくなり、急に静寂が訪れた。


連絡が来ていたのは仲間や担任からだけではない。

瑞佳からも家の電話に毎日のように電話がかかってきた。

お母さんしか出ない電話に毎日、ご迷惑をおかけしてます。という前置きとともに電話をしてきている。ここ数週間はおちついているが、私が学校を休んでいるのを知っているのかお母さんがいない真昼の時間にも電話が来ていた時期もある。


その度私はうんざりして電話機から電話線を引っこ抜く。最初は怒りのほうが強かったが、最近は狂気すら感じていて怖くなっていた。

あの子は一体私をどうしたいの。


長いトンネルは相変わらず長くてその間にいろいろと考える時間はいっぱいだった。

学校に通いなおして2か月。季節は春になって私は高校2年生になっていた。

前の仲間たちとはすっかり溝ができていた。あの時の話に触れられるとお腹が痛くなる。っていう子供みたいな言い訳で何とか逃げ切った。

表でこそ何も言ってこないし、通い出した当初は心配している風な対応をしてくれた。ただ、裏ではオタク女って呼ばれていることを言っている。それでもまだこの場所に居場所があったのは幸いだった。

ようやく咲いたと思っていた桜はもうすでに散り始めていた。


すっかり仲間に遊びに誘わることがなくなった私は逃げるように家に帰るだけの日々を続けていた。


春の雨が降った。雨は桜の花を薙ぐように降っていた。

そんなある日、私は浅野いにおの新刊のためにハブ駅の書店に立ち寄った。

本を手に取り背表紙のデザインを見つめる。その時、グッと左腕をつかまれた。

万引きと間違われたか?と思い怪訝な顔をしながら顔を上げた。

瑞佳だった。

「やっと会えた。」

私は背筋に冷たいものを感じた。その笑顔からは心の奥底が見えなく、どす黒い靄に包まれたような気分になった。

「・・・・なんの用?」

「ひどいなあ。何度も連絡したのに。どうしても見てもらいたいものがあるの」

「私がそんなもの見ると思う?私帰るから腕離してくれない?」

「離さないよ。もう、二度と離さないよ。」

表情を変えないままの笑顔で瑞佳の目は強く私を見つめていた。

「この間は最悪なことしてくれたわね。」

「ごめんね。でもね。あんな人たちと一緒にいるのはふさわしくないよ。あかねはあかねが好きなことやったほうがいいよ。」

「よくわかんないけどこの間の続きしたいの?」

「ごめんね。そんなつもりじゃないの。本当に見て欲しいものがあるだけなの。それだけ見てくれたらもう何もしないから」

左腕を握る力が強くなった。

「見るだけでいいのね。」

「うん。」

「じゃあ会計するから腕離して。」

「離さないっていったでしょ。ついていくからそのまま会計して」

女子高生が二人で手をつないで歩っているのは消して珍しい光景ではないが、片方の手首辺りをがっちりとつかまれて歩くというこの光景は無関係の人から見たらどんな風に映るのだろうか。結局会計が終わり電車に乗るまで腕を離してくれなかった。

「あかねと一緒に電車に乗るの何年ぶりかな!」

妙に嬉しそうに瑞佳は話す。ガラガラの座席に私は座らず手すりにもたれかかって、無言で瑞佳に席に座るように促した。しかし、瑞佳は座らず一緒の手すりにつかまった。

「前にアニメイトに行ったときが最後かな?」

「・・・見せたいものって何なの?」

「あかねが口きいてくれなくなったのって高橋君が私に告白してきたときからだよね。結局あれね。罰ゲームでね。3日くらいで種明かしされたんだ。その種明かしを見せたいって思ってる」

「・・・そうなんだ。」

ゆっくりと動きだした電車のモーターの音だけが大きく聞こえる。

「きっとあかねは勘違いして怒ってるって思ってる。今も、昔も、私はあかねが一番なんだよ」

瑞佳は言葉一つ一つに思いを乗せるようにゆっくりとつぶやいた。


「二人ぼっちの世界を壊したのは、私だったんだ」

春の雨が電車の窓を濡らしている。通り過ぎる街灯で雨粒がきらりと光る。そんな情景を回らない頭で見つめていた。

「私は、また、前みたいに戻れれば、これまでのことは何も気にしないよ。」

「そんな、私は・・・」

「あかねが怒ったのが初めてだからびっくりしちゃったよ。全然話聞かなくなっちゃうんだね。」

瑞佳は少し笑ってから、つかんでいた手すりから手を離して私の両手をつかんだ。

「これからも私の知らないあかねが知りたいの。」


地元の駅についた時、雨は上がっていた。

ここから瑞佳の家のほうが近くて15分ほどあるったところにある。

「瑞佳の家に行くの?」

「すごい久しぶりに名前呼ばれた。なんだか涙出そう。」

「ちょっとやめてよ。」

なんだか妙にくすぐったい気分になった。あの頃が戻ってくるのか。私も嬉しくなった。

「中学校に行こうよ。そこなら広いし」

「あの、瑞佳。ごめんなさい。私の勘違いで無視して。傷つけてごめんなさい」

瑞佳は目に涙を浮かべてううんといったまま黙って歩いた。


「一応、聞いておくけどここで何を見せるの?」

「もう信じてくれたみたいだけど、あの頃どうしても言えなかったことなの。私のけじめだから、変身するね」

変身?聞き間違いか?と思ったが、瑞佳はコンパクトを高々と上げると光に包まれ魔法少女に変身した。

「・・・私、実は魔法少女なんだ。学校のみんなには内緒だよ!」

私は全身の毛が逆立つのが分かった。

「・・・そう。私を殺しに来たってわけね。」

私もコンパクトを高々と掲げ、魔法少女に変身する。

「・・・・え?あかねも魔法少女だったの?」

「違うわ。あなた仲直りするつもりで私のこと殺しに来るなんて、ずいぶんと、なんていうか、また、裏切るようなことをしてくれるのね。」

「殺す?なにが?え?」

「そいつはデモンズに汚染された魔法少女よ!私たちの敵よ!」

うるさいやつが現れた。

「アンジェラ!家から出てきちゃったの?」

「デモンズの気配を感じてね!魔法少女っぽいなりしてるけどあいつはデモンズよ!」

「その虫みたいなのって何?使い魔?」

「虫っていうな!人類の無意識の救世主だ!」

「ちょっと、ちょっと、まって??あかねがデモンズ??でもデモンズは全部倒したし・・・え、私はどうしたらいいの??」

瑞佳は頭を抱えてうずくまってしまった。すかさずアンジェラが近寄って耳打ちする。

「なんつーか、今だったら、スパッといけるんじゃない?」

「・・・ねえ、あの子私がデモンズと同じ気配って気づいていた?」

「・・・見た感じ多分気が付いてなかったんじゃないかな。」

私は数か月前のやり取りを思い出していたが、一応聞いてみる。

「あの子は殺さないってできないの?」

「はーーーーーー!!?早速約束反故にするっていうの??」

「最後にするとか。」

「もう戦闘状態なんだぞ!これでお互い納得するってこれまで経緯離す必要あるじゃん!つうか経緯話したら絶対ダメじゃん!」

「あかね?あかね?あかねはデモンズじゃないよね?」

ふらふらっと瑞佳が立ち上がる。目の焦点が合っていない。

「私は・・・」

「言っておくけど、やめるんだったら前に傷直してあげた分返してもらうから。それこそ死ぬほど痛い目にあって死ねなくなるんだから!」

このくそ虫が。最悪な状況だ。もう突き進むしかないのかもしれない。あの時飛んでからなのか、瑞佳を突き放したときからなのか、それともオタクになったときからなのか、この運命は決まっていたのだろう。

「私はデモンズにケガを治してもらった。だから、デモンズの力を持っている。私が生き残るためには魔法少女を全員殺さないといけない。」

「あかね、ああ、あかね。そんなのってないよ。」

膝をがくがくとさせながら両手を顔に当てたまま嘆いてる。

「ねえ、マジでいまチャンスじゃね?」

「黙ってろくそ虫が!」

「ねえ、あかね。私たちがデモンズ倒すのに何人死んだか知ってる?3人も死んだんだよ。そのうちの一人は私が殺したようなものなの。お願いだからもうやめさせて。」

私も混乱してきているのがわかる。瑞佳との二人きりの世界がもう一度訪れようとしているのにそれを自分で壊さないといけない。

「あかね。私。あかねに殺されるのならしょうがないって思えるかも。あかねが生き残れるのなら、私を殺してほしい。」

「それは!そんなのできるわけないじゃない!」

「その代わり、私のこと死ぬまで忘れないで。いつでも私を呼び掛けて。私の名前を呼んで。もう魔法少女なんてこりごりだわ。二度とやらないわ」

うわごとのように瑞佳は呟いている。

「瑞佳、私、瑞佳とあの時間をもう一度過ごしたい!だから、殺したくない!」

あの時も、こんな風に声に出して言ってくれてればもしかしたらこんなことになってなかったのかもしれない。

「ああ、あかね。嬉しいわ・・でもどちらか一人だけ生き残るというなら、私の命をあかねが使ってくれるだけでうれしいの。最後にあかねが私の死を必要としてくれているのなら、それも嬉しいことなの。ねえ。早くやって。」


瑞佳は泣いているか、笑っているのかわからない顔で近づいてくる。

私の直前まで来ると私の右腕のサーベルごと腕をつかんでグッと首に近づけた。

瑞佳はあの頃オタ話で盛り上がっていた時と同じ心底嬉しそうな顔をしている。ただ目からは涙があふれている。涙が右手に落ちる。


「やって」


私は目を見開いて心臓のあたりを貫いた。

ビームサーベルを引き抜くと、ゆっくりと血があふれ出す。

そのうちそれは決壊したダムみたいに弾けるように噴き出した。

瑞佳はにこっと笑いながら何かつぶやいてゆっくり背中から倒れた。

雨で流れて纏まった桜は、まるで桜色の絨毯のようだ。その上に倒れた瑞佳から流れる鮮血は差し色のように鮮やかだった。


しばらく立ち尽くして私はとんでもないことに巻き込まれたとようやく気がついた。

近寄ってしゃがんで瑞佳の体に触れてみる。

ゆっくりと体温が奪われていく。命が奪われて行く。

私の命と引き換えに。

私は立ち上がりはしゃぐアンジェラをよそに家に向かって走った。


これは夢なんだ。そう思い聞かせて眠剤を多く飲んでベットに潜り込んだ。

涙が止まらなかった。


次の日私は腫れた両目に難儀しながらカラコンを押し込んだ。

長いトンネルの間、昨日の出来事を考えようとしたが、今はやめることにした。

私は教室に着くなり大きな声で叫んだ。

「私オタクなんだ。でもみんなと仲良くしたい。改めてよろしくね。」

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