第2話 ふたりぼっちの世界
「酷いこと言っちゃったな。」
電車を2つ見送って家に着いたのは8時過ぎだった。
お父さんはまだ仕事だし、お母さんは夜勤で出勤したあとだった。
真っ暗な家に電気をつけると夕ご飯のハンバーグだけがポツンと私を待っていた。
あかねもハンバーグが好きだったな。いろんなことを思い出しながら夕ご飯を食べ始めた。
小学校の時は別のクラスで顔くらいは認識していたけど、直接話をしたことはなかった。ただ、その時は男の子に交じってソフトボールを追っかけてたことだけ覚えてる。長くて細い髪から透けた太陽の日差しが妙にきれいだった。そんなあかねを私は羨ましいなって思ったんだ。
中学に入った後も2学期に隣の席に座るまでアニメや漫画が好きなことも知らなかった。偶然私が持ってたアニメキャラのキーホルダーがついたボールペンに食いついてきたことがきっかけだった。私も実はアニメとか漫画大好きなんだ。そういってクシャっと笑った。
私は同人誌というものがあることをあかねに教えた。
あかねはアニメの放送が終わった寂しくなったらそのあとは自分で物語を生み出してもいいんだって妙に嬉しそうに言ってたね。
でも、だんだん違う方向にどんどんのめり込んでいったっけ。私たちまだ子供だったから男の人同士の恋愛にすごくびっくりしたよね。尊いってこういう感情なんだってその時初めて気付いたよ。
初めてだったんだ。自分の趣味を受け入れてくれる友達は。なんでも言ってよかったし、好きなことをこんなに語り合えるって本当に気分がいいんだってその時知ったよ。
あかねだけが私の世界だった。
太陽の日差しを一人占めしたい。
あかねに内緒にしていることが一つだけあった。
私は魔法少女だった。
中学1年の春。桜の下で私は魔法少女になった。
先生の手伝いでみんなより2時間も遅く帰ることになった私は、街灯の光に浮かんだ桜の花がきれいでしばらく足を止めて眺めてた。
早く帰らなきゃ夕ご飯の時間になっちゃうなって思って視線を移したらフワッと舞った桜の中に光る何かを見つけたんだ。
「ねえ!瑞佳!この世界に脅威が訪れようとしているの!お願いあなたの力を貸して!」
テンプレ通りのセリフに私は吹き出してしまった。
ざっくり1.5リットルのコーラのペットボトルくらいの伸長で真っ白なワンピースドレスの背中に羽の生えた少女が言う。
「この世界はデモンズによって侵略されそうなの!そうなってしまってはもうこの世界は、人間は終わってしまう!」
おお、長いまつ毛に金色の髪、漫画のイメージのまさに妖精だ。
「お願い私に力を貸して!」
「あの、これはドッキリ番組ですか?」
これもテンプレ通りだと言ってから気が付いた。
「なんでみんなドッキリって最初に言うの!まじめなことなのよ!」
私はこの妖精をぺたぺた触り、背後に糸や木の棒などがないか確認してみる。スカートをめくると謎の光線が入りパンツが見えないようになっている。円盤だと見えるのかな?と思っていると小さい掌でビンタされた。眼鏡が吹っ飛んだ。
この子の名前はアンジェラ。要約するとデモンズといわれる悪魔たちがこの世界を崩壊させるために侵略してきているらしい。
デモンズとの戦いは過去に何度も行われており、その度に魔法少女を誕生させ、そして壮絶な戦いを行い人類を守ってきた。ほかに何人も魔法少女はいて、そのうちの一人としてスカウトされたのだ。選考理由は知らない。先生のお願いなら面倒くさいけど断れないタイプの人間を選んで探しているのかもしれない。
でも、私は二つ返事で了解した。ついに私が主人公の物語が始まったと思った。
デモンズとの戦いはかなり、きつかった。
私の知っている日曜の朝の魔法少女のように、友情と勇気で何とかなるようなものではなかった。無機質な機械のような悪魔たちは時に生きてる人間をそのまま食べたり、虫をいたぶるように無意味に痛めつけて悲鳴を楽しんだり、私が思っている魔法少女の印象とは大分違った。もっと戦争中に行われる惨劇のような、人間の非道さのようなものを感じた。
それでも私は魔法少女を続けた。
魔法少女に変身するときは不思議な呪文を唱え、魔法のコンパクトを頭上高くに掲げる。そうすると私の体はみるみる光に包まれてフリルがたくさんついたドレスを身にまとう。それはまさに夢に見た魔法少女の姿だった。その姿になるたび、物語が進んでいく気がしていた。
でもさすがに人が死に過ぎた。
人が死ぬほど自分の無力さを感じた。魔法少女の力を恨んだ。
そんなとき、あかねと仲良くなった。
魔法少女のことは伏せていたが、好きなことを話せるだけでこんなに気分が晴れるものかと嬉しくなった。
現実逃避でどんどん私はあかねを深い世界に誘っていった。そのうちほかの人を寄せ付けない世界になっていった。私はあかねを手放したくない一心で常に新しい話題を提供した。
それは完璧な私たちふたりぼっちの世界だった。
中学の2年生の時、知らない男子から告白された。
私は気が付いてた。これはデモンズの差し金。
だから受けた。そして結果的に排除した。
そのあたりからあかねの態度が変わってしまった。
私がいくら話しかけても無視するし。体育の二人組を作る時も全然知らない子と組むようになった。
私たちの世界が壊れ始めている。
クラスの女子たちもさすがに気になったようで喧嘩したの?とか、仲直りしないのとか気にしてくれた。それが余計に気に入らなかったのか、ますますあかねは私との距離を置くようになった。
私は何度も魔法少女の話を打ち明けようとした。それはアンジェラとの約束で魔法少女のルール違反。私たち魔法少女は全世界の人間の無意識の力を利用して魔法を使っているらしい。それが認知されてしまうことで、魔法少女全員の魔法が使えなくなってしまう可能性があるらしい。詳しいことはよくわからないが、そんな秘密よりもあかねのほうが私は大事だった。
でも、結果的に秘密は守られた。話しかけようとすると露骨に避けられた。私が最初からそこに居なかったように。
私は荒れていた。デモンズとの闘いでも粗が目立ち仲間から怒られることが増えた。その日のデモンズは2mくらいある筋肉隆々なジャックハンマーみたいな完ぺきな脳筋タイプの奴だった。
こういうタイプはきっと頭が悪い。一発はでかいが当たらなければどうということはない!スピードで圧倒すれば頭の回転が追いつかずきっとやれる!
私はみんなの静止も聞かず、走り出した。
早く私の鬱憤をぶつけたかった。
手に持っていたのは1mくらいの長剣。アンジェラが魔法で生み出した剣で、私は「グラム」と名付けて愛用していた。
10mは離れていたが剣の間合いまで魔法で強化された足は一瞬で到達できた。デモンズも対応できていない。まだ、デモンズは仲間のほうを見ている。
刹那、私は突きを繰り出した。デモンズにはコアと呼ばれる部位があり、そこを破壊されると排除できる。そのコアを狙った渾身の突きだった。
次の瞬間、顔面、というか首にものすごい衝撃が加わった。壊れた眼鏡の破片が眼球に突き刺さる痛みと首に今ままで感じたことのない痛みが走る。
仲間が駆け寄ってくる気配がする。どうやら反撃にあって、顔を殴られたようだ。
目が見えない。手も足も動かない。
「能力を使ってケガを治すから、じっとして!」
動いていないと思っていた手足は自分の意志とは別に動きまわっていた。どうやら顔面を通りこして脳幹にまでダメージがいっていたようだ。今顔、気持ち悪いだろうなって思ってた。
結局このデモンズを排除するのに私の眼鏡と仲間を一人失うことになった。ついでに私は仲間からの信頼も完ぺきに失うことになった。
私は本当に何もかも失ってしまったのだ。
心の均衡を保つためにも私は積極的にクラスメイトに話しかけた。誰でもいいから現実逃避させて欲しかった。私とまた、二人ぼっちの世界を作ってくれる人を探した。でも、見つからなかった。
何か月たったかわからないくらい時が過ぎて私は昨日のバラエティの感想を言うくらいの知り合いはできた。でも、それは私が望んでいない世界。心の安らぎがない世界。このまま、私の物語は終わりモブの一人に紛れ込んでいく人生。あかねのいない世界。偽物の世界。
一緒に受けようとした高校の受験日に彼女は現れなかった。
あかねを求めるほど、偽物の世界は色が薄くなっていく。どんどん希薄になって真っ白になったとき、私は心療内科に通うようになっていた。薬の作用と、もともと上辺だけでの付き合いの知り合いたちは私がそんな状態になっていることなど誰も気が付かなかった。
魔法少女仲間からの連絡はぱったり途絶えていたが、ついにデモンズの王を倒すことになり、魔法少女が減っていたため、強制的に最終戦は参加させられた。10人いた魔法少女は私を含めて7人に減っていた。私はもう失いたくなかったから必死に戦った。
そして、ついに私たちは勝利した。
泣き出すもの、雄叫びを上げるもの、互いに称えあうもの。私は形だけでも何物かになれていたこの時間が終わってしまうのかと悲しくなった。
「みんな、本当にありがとう。これでこの世界は救われたわ」
アンジェラが目に涙を浮かべていう。
これで私たちのストーリーは終わり。
私はまたモブの一人になった。
今日偶然あかねに会ったのはきっと奇跡だと思った。何が原因であかねに嫌われたのかが知りたかった。そしてあわよくば、もう一度あの世界、あの物語を、二人で作り上げたかった。でも、結局拒絶されてしまった。
今までのこともあって、本当にひどいことを言ってしまった。
もう本当にあの頃には戻れない。そう思うと本当に悲しくなった。
思わず食べていたご飯茶碗を壁に投げつけてしまった。
粉々になったお茶碗を拾いあげていると涙が真っ白いお茶碗の破片に落ちた。そのまま私は泣いた。
ひとしきり泣いた後、部屋に戻って何となく勉強机の上にあるそれを見つめた。
魔法のコンパクトは無くなることなく、ここにまだ存在する。
あかねを失った記憶とあの戦いの証明なのだ。
ふと、カーテンから漏れた月の明かりで冷たい光沢を放つコンパクトを触ってみる。
それを掲げて呪文を唱えてみる。
すると私の体が光に包まれ、またあのドレスに変身することができた。
「まだ、変身できたんだ」
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