第47話 駐在くん、走る


 ハジメは走った。

 逃げる尾張を追いかけて、必死に走った。


 犯人が尾張である証拠は、伊丹と上杉が彼の実家の部屋を見て一目瞭然だったのだ。

 被害にあった少女たちの盗撮写真、犯行の最中に撮影と思われる映像などなど……

 街の監視カメラがある場所や、犯行を行うのに適した場所に印がついた地図もある。

 その中に、駅で撮られた菜乃花の写真もあった。


「待て!! くそっ!!」


 つい最近までリハビリのため入院していたとは思えない速さで、尾張は田園の中を走る。


(そういえば、あいつ……陸上部出身って書いてたな……っ!)


 尾張の経歴の中に、高校時代陸上の中距離で入賞している記録があったのを思い出したハジメ。

 必死に追いかけるが、距離が縮まらない。


(それに、この方向……————菜乃花の家じゃ!?)


 ハジメの予想通り、尾張は菜乃花の家を目指して走っていた。

 どうせ捕まるのなら、せめて最後にずっと抑えていた欲望を叶えたいと……


「まだだ……まだ捕まってたまるか! はぁ……はぁ……あの子の髪に、綺麗な太ももに触れたい……」


 尾張はそう言いながら、菜乃花の家の前までたどり着きそうになっていたその時————



「————ハジメくん! 助けて!!」


 生き霊から逃げるため、外へ出ていた菜乃花が古い家があった場所にいることに気がつく。

 生き霊のせいでパニックになった菜乃花は、暗がりで尾張の警察官の制服を見てハジメだと思ってしまたようだ。


「いた……いた……! セーラー服じゃないけど……なんでもいい————あの子だあの子だあの子だあの子だあの子だあの子」


 ずっと追い求めていた菜乃花の姿に、尾張はただただ興奮しながら迫ろうとする。

 近づいてくる尾張の顔を見て、菜乃花はそれがハジメではないことに気づいた。


「えっ……うそ、どうして————生き霊じゃ……」


 いつの間にか生き霊は消えていて、本物の尾張が菜乃花の体に触れようと、大きく手を伸ばしてくる。


「菜乃花!! ズレろ!! 左にズレろ!!」


 ハジメが大声で叫んだ。


「は、ハジメくん!?」


 わけのわからないまま、菜乃花はハジメのいうことを信じて左にズレる。

 すると、それに合わせて尾張も左にズレる。


 そして————


 ————スッ


 菜乃花に手がとどく、その直前で尾張の姿が消えた。



「えっ!? な、何!? 消えた!?」


「うああああああああああああああああああああああっ!!」



 ————ドォォォン



 叫び声とともに、地面の下から大きな物音がする。

 尾張は落ちたのだ。


 ハジメが落ちた、あの穴に。

 それも、クッションとなる雪はすっかり溶けて無くなっているこの時期に————



 * * *



「これで事件は解決だな!! あぁ、カツ丼食いにいくか!」

「いや先輩! その前にこいつを連行して署に戻らないと!」

「その前に、救急車が先だろう。相変わらず、お前たちは仲がいいな……」

「そうっすね、さすがジンさん!! 頼りになるぅ!!」


 見事に穴に落ちて、気を失っている尾張を上から眺めていた仲良し刑事コンビにツッコミを入れた仁平。

 村長に呼ばれてすぐにパトカーで駆けつけてみれば、見事に事件は解決していた。


「この様子だと、両足折れてそうだな……」


 そう呟きながら、ちらりと仁平はハジメの方を見た。


 もう完全に周りの目なんてどうでもよくなっている。

 騒ぎを聞きつけた村民の前で、堂々とハジメは菜乃花を抱きしめ、安堵して大泣きしていた。


「よかった……よかった……菜乃花ぁぁぁぁぁ」

「ハジメくん……苦しいよ……」


 仁平の位置から菜乃花の顔は見えないが、おそらく菜乃花も同じように大泣きしているだろう。



「……まったく、怖い目にあったのはわかりますが……こんなに大勢の前で————はしたない」


 そんな二人を見て、菜乃花の祖母は文句を言っていたが、孫に怪我がなくて本当によかったと、少しだけ瞳を潤ませている。

 急に菜乃花が何かから逃げるように怯えて部屋を飛び出した時は、どうしたものかと本当に驚いたのだ。

 その横で、相変わらずヤクザの組長のような格好の村長が大粒の涙を流しながら、二人に駆けよろうとしていることに気がつき、祖母は村長の襟首をつかんで引き止める。


「な、何するんだ……!」

「しばらくあのままにしておいてやりなさい。邪魔をしてはいけませんよ」

「……そ、そうか?」

「あなたは本当に……空気を読みなさい」



 そうこうしている間に、救急車と別のパトカーが次々と到着し、尾張は運ばれて行く。

 ずっときつく抱きしめあったまま、離れない二人はみんな撤収した後も離れる気がないようで、呆れた仁平が「もうみんな帰ったぞー」と声をかけて去って行ったところで、ハジメは急に恥ずかしくなって菜乃花から離れた。


「ちょっと! ハジメくん!! なんで今更恥ずかしがるの!?」

「いや、だって……流石に————っていうか、寒いだろ?」

「む……確かに、そうね」

「じゃぁ、ハジメくん……お風呂一緒に入る?」

「はっ!?」


 菜乃花は温泉がある地下への入り口を指差した。





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