第46話 駐在くん、夢を見る


 □ □ □


 黄昏時、セーラー服の少女が一人、田園を歩く。

 夏が終わり、収穫の時期を迎えた田園では稲穂が明日に控えた稲刈りを待ちながら、風に吹かれて揺れていた。


 風にスカートと黒く長い髪を揺らし、一歩ずつ前へ進む少女のはるか後方に、警官の制服を着た男が一人。

 男は、風で飛ばされないように片手で帽子のつばを押さえながら、少女の後を一定の距離を保ちながら進んでいた。


 少女に気づかれないように、少女が止まれば男も止まり、少女が走れば男も走る。

 いつからか少女は男の存在に気づいている。

 だが、少女は決して後ろを振り返ることはなかった。


 不安と恐怖を感じているこの美しくも儚い、セーラー服の少女に男は異常なほどの興奮を覚えている。

 男が後をつけるのは決まって、セーラー服の女子学生。

 ちょっとしたミスで、高齢者ばかりの田舎に飛ばされてしまったことを最初は嘆いていたが、今まで男がこんな風に後を追いかけ、欲望が抑え切れずに手にかけたどの少女よりも、この村で出会った少女は美しかった。


 だが、問題はこの村が田舎であるということ。

 本当は今すぐにでも、あの少女のそばへ行き、恐怖に怯える表情を間近で見たい。

 あの美しい髪に触れ、スカートから覗く綺麗な太ももに噛みつきたい。

 しかし、この村でそんなことをしたら、すぐに自分に容疑がかけられるだろう。


 この村の人間はみんな顔見知りで、幼い頃から共に育ってきている。

 事件も犯罪も何も起こらない平和な村だ。

 その中では、ここへ来たばかりのまだよそ者である男が疑われる可能性が高い。


 どこでどうやって、いつものように少女に近づくか……それが問題だった。


 この村へ来る前は、決行する日にだけ警官の制服を着ていた。

 それまではどこにでもいるような、普通の無難な特徴のない服装で後ろを歩いている。

 いつ振り向かれても、ごまかせるようにそうしていた。


 自分が休日の度に、何度もあの少女の後をつけ、決して振り向かないことを知っていた男は、この日も決して少女は振り向かないだろうと、つい職務中だというのに制服のまま後をつけてしまった。

 その時だ————


「…………っ!」


 不意に、少女は振り向いた。


 反射的に男は後ろを向いて何もなかったように装いながらその場から逃げ出した。

 距離はある。

 少女の視力が相当良くなければ、顔は見えない。

 だが、警察官の制服を着ていることには、気がついたかもしれない。


 もしもあの少女が、このことを誰かに話した後に手を下してしまったら、確実にこの男が犯人であると言っているようなものだ。

 男はこの日以降、しばらく少女の後を追うのをやめた。

 少し、期間を開けようと思った。

 その間、男は連休の度に実家のある街へ戻り、少女への欲望を抑えるために別のセーラー服の少女の後を追う。


 そして、男はあの少女の後をもう一度追う前に、運悪く交通事故に巻き込まれ一時期意識を失った。


 男はそんな状態でも、あの少女への執着を捨て切れず……その思いは、生き霊となって少女の元へ。

 男の体は動かずとも、生き霊が少女の後を付け回した。



 □ □ □



「————おい、比目、大丈夫か? ついたぞ、女人村」

「は、はい……!」


 女人村へ向かっている間、不思議なことに初めの脳裏に自分のものではない記憶が流れ込んで来たような……そんな妙な感覚があった。


(なんだ今の……夢でも見たか?)


 菜乃花が狙われているかもしれないというのに、寝ている場合ではないと自分を奮い立たせ、ハジメは仲良し刑事コンビと一緒に駐在所へ。

 時刻はすでに夜の八時を過ぎているということもあり、ガラス戸から中をのぞいても誰もいない。

 パトロール中の看板は出ていないため、尾張は奥の居住スペースにいるのだろう。


「まだ、伊丹さんたちから連絡は来てませんか————?」

「あぁ、それがまだ……尾張の母親が帰ってこないみたいで————中に入れなかったようで、ついさっきようやく捜査が始まったようだ……」

「そんな……! と、とりあえず、中に入りましょう。ジンさんに会いに来た……とか、って、それなら隣の家か————忘れ物を取りに来たってことで!」


 焦るハジメは、駐在所の中へ。


「あ、おい、比目! 待て!」


 居住スペースの扉の前には、靴が置いてある。

 ハジメが扉をノックすると、中から尾張が出てきた。


「はい?」

「尾張巡査……ですね? 須木田交番の比目です。以前、こちらに配属していた際、忘れ物をしてしまいまして……」


(こいつか……こいつが、菜乃花を————)


 ハジメはできるだけ不自然ではないように、笑顔を作った。

 心の中では、相手が殺人犯であるという恐怖と怒りが拮抗していたが、無理やり押さえ込んだ。


「あぁ、自分の前にここにいたという比目巡査ですか! 村の人たちに話は聞いていますよ……駐在くんと呼ばれていたとか……自分はあまり人付き合いが得意ではないので…………羨ましいなと、思っていたところです」


 実際に会ってみると、この尾張から、殺人犯であるという感じは全くしなかった。

 一瞬、思い違いの可能性すら頭をよぎったほどだ。


「それで、忘れ物というのは?」

「…………えーと……とりあえず、中に入ってもいいですか?」

「いやいや、ちょっと今まだ越して来たばかりでして————」


 尾張は、ハジメを中に入れようとはしなかった。

 それが余計に怪しい……


「どのあたりにあるのか教えてくだされば、自分が取って来ますので————」


 その時、駐在所の中に仲良し刑事コンビが飛び込んで来た。


「比目、確保だ!! そいつを捕まえろ!!」

「証拠が出た!! そいつが犯人だ!!」


(やっぱり!!)


 ハジメは尾張の身柄を抑えようと、手を伸ばす。

 しかし、尾張はさっと後ろへ下がり、靴下のまま窓から逃走した。





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