第45話 駐在くん、調査する


 尾張界世は、現在二七歳。

 陸上の名門高校出身で、二十歳の頃大学を中退し警察学校へ。

 卒業後はずっと町の交番に勤務していた。

 そしてちょうど一年前、同僚との間でトラブルがあり女人村に配属され、仁平の元で教育をし直すということになっていたのだが、彼は業務をそつなくこなし、警察官としておかしなところは特になかったと、仁平は言っていた。

 プライベートについては少し大人しい性格の割に、インドアということもでもなく休日はほとんど駐在所にはいないため、仁平は把握していない。

 村の人たちとは少しずつ打ち解けていけそうな……行けなさそうな——というところで、不運にも休日に実家に帰った時に交通事故にあって入院してしまった。

 それがハジメが女人村にくる一週間ほど前のことである。


 今日から完全に職場復帰をしているが、昨日までは実家があるこの警察署の近くに住んでいたらしい。



「同僚との間でのトラブル……って、一体何があったんですかね?」

「うーん、そこまでは記録に書かれてないな……前に尾張が勤務していた交番で詳しく話を聞いてみるか……」

「そうですね……」


 資料を見ながら上杉とそう話していると、伊丹があることに気づく……


「一致してるわね……日にちが」

「え?」


 尾張の勤務記録を確認すると、事件が起きた日は尾張が有給、もしくは誰かと交代して二連休となっている日と重なる。


「半年犯行が空いたのは、尾張が入院していたからじゃないかしら? それまでは一ヶ月か二ヶ月くらいしか空いてないし……」


 そして、別の刑事が被害者から聞いた証言をもとに用意した似顔絵を持ってきて、より一層、尾張の容疑が濃厚になる。


「似てますね……これは」


 その似顔絵は、尾張によく似ていた。

 さらに新たな証言が……


「襲われる数週間前から、後をつけられていたようで…………きっと、それも同じ犯人じゃないかと」


(それじゃぁ……やっぱり————)


「ここまで揃っているなら尾張の実家から何か出るかも……とにかく、すぐに本人をマークしたほうがいいわ。駐在くん……いえ、比目巡査、証拠は私たちに任せて、女人村に行きなさい。次の犯行が起こる前に、菜乃花ちゃんを助けるのよ! 行くよ上杉!」

「は、はい!!」


 伊丹と上杉は尾張の実家へ、ハジメは仲良し刑事コンビと一緒に女人村へ急行した。



 * * *



 その頃、菜乃花は言われた通り、自宅に引きこもっていた。

 できれば勘違いであって欲しいと思いながら……


「このままじゃ、村の外どころか、家からも出られなくなっちゃった……」


(ハジメくん、早く来て————)



 ————コツ


 カーテンも開けずにクッションを抱きしめて、じっとしていると、誰もいない三階の自分の部屋の窓に何かが当たる音がした。


 ————コツ

 ————コツ


(何……? なんの音?)


 幽霊が見えたり、妖怪が見える不思議な力を持つ菜乃花は、生前母親からもらったお守りをカーテンレールに紐を括り付けて飾っている。

 このお守りがあると、悪霊や悪い妖怪なんかは部屋に入ることができないからだ。


 三階の窓に、繰り返し何かが当たるこの音は、入ってこられない悪いものだと、感覚的に菜乃花は理解する。


(開けちゃダメ。見ちゃダメ。こういう時は、ぜったいに————)


 音が止まって、絶対に安全だとわかるまでは開けてはならない。

 それは菜乃花が長い間の経験で得た自分の身を守る知識だ。


 だが、そういうものが全く持って見えないくせに、謎の儀式を孫にやらせてくる祖母が、ノックもせずに菜乃花の部屋に入ってきたことで、事態は最悪の方向へ向かう。


「菜乃花、一体何をしているのですか。家にいなさいとは言ったけれど、ご飯はきちんと三食決まった時間に、家族揃って食べなさいと言っているでしょう?」

「おば……お祖母様! ダメです、今この部屋に入っては————」


 ————コツ

 ————コツ


「……なんです? この音は?」


 菜乃花の制止も聞かず、祖母は音が聞こえる窓の方へ近づいた。


「なんでもないですから! 出ていってください!」


 ————コツ

 ————コツ


「なんでもないわけがないでしょう? まさか、あの男と密会でもするつもりじゃ————」


 祖母は、閉められたカーテンを勢いよく開ける。


「……だ、だめええええええ!!!」


 菜乃花は叫んだ。

 しかし、窓の外には何もない。

 窓の下にも、誰もいない。


「……何をそんなに大きな声をだして。何もないじゃない。はしたないですよ。早く下へ降りて来なさい」

「あ……あぁ……」


 この祖母には、何も見えていないのだ。


「……菜乃花?」


 勢いよくカーテンを開いた反動か、それとももう古くなって限界が来ていたのか……カーテンレールにくくりつけていたお守りの紐が切れて、床に落ちる。

 その瞬間、窓の向こうにいたものが祖母の体をすり抜け、菜乃花に向かって飛んできて、ピタリと目前で止まる。


 ニヤリやりと笑う男の顔。

 菜乃花の後を、ずっとつけて来ていた男の生き霊だ。


「……やっぱり、あなたが——————!!」


 特徴のない、どこにでもいそうな顔つきだが、ヒゲの濃い男の顔だ。

 警察官の制服を着た、駐在所にいるはずのあの男。

 尾張界世巡査の、生き霊だ————






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