第44話 駐在くん、青ざめる


 仁平が菜乃花に気がついて、入り口のガラス戸を開けた。


「どうした、菜乃花ちゃん……そんなところに突っ立って」

「あ……いや、その……」

「ん? あぁ、あいつかい?」


 菜乃花の視線で気がついたのか、仁平はハジメの席に座っている警官を菜乃花に紹介した。


「比目がここへ来る前まで、この村の駐在だったから見覚えあるだろ? 怪我で入院してたんだけど、ちょうど今日から復帰してね……——尾張おわり巡査だ」


 尾張巡査は立ち上がり、菜乃花に近づいてにっこりと微笑んだ。


「初めまして、かな? 尾張界世かいせいと言います。よろしくお願いします」


 その立ち姿は、やはり遠巻きだが一度見たあのストーカーに似ていた。

 近くでみると特徴のない、どこにでもいそうな顔つきだが、剃っていてもヒゲが濃いのがわかる。


「よ……よろしくお願いします」


 ただただ、怖いという印象しかない。

 あの時、はっきりと顔を見たわけではない菜乃花は、仁平にこのことは話せなかった。


(確証はない……でも、怖い…………)



 尾張はハジメのように村の人々の顔と名前が一致するように努力はしていないため、あまり村民と交流はしていなかった。

 実は菜乃花は、この男と話した記憶がない。

 だから、菜乃花はハジメが来る前にいたと言われても、いつからこの男がこの村にいたのかまったく把握していなかった。

 そもそも、あれだけ短い期間で村民と仲良くなった駐在警官はここ数年だとハジメくらいだ。

 尾張の纏っている空気に得体の知れない恐怖を感じ、握手をしようと差し出された尾張の手を菜乃花は取らなかった。


 今、菜乃花が感じ取っている恐怖を、仁平もそばにいた運転手も気づいていない。


(は……ハジメくんに、連絡した方が……いいかも————)



 * * *




「それじゃあ、犯人は警察官ってことですか?」

「そうは思いたくないけど……そういうことになるわね。それか、犯人はセーラー服にこだわっているから、制服好きの人物の可能性も——コスプレの可能性もあると思う」


 市民を守るべき警察官が、そんな犯罪を犯しているなんて信じたくはない。

 警察官に変装しての犯行だろうと、初めは思った。


「警察官の犯行となると、最近だとあの変態の事件だけど……」


 伊丹と上杉はハジメの方をチラリと見る。


「……その話はしないでください」


 署内の自販機の前で上杉がおごってくれた缶コーヒーを飲みながら、事件について話していると、ハジメのスマホに菜乃花から電話が来た。

 ディスプレイに表示されている菜乃花の名前に、思わず顔がほころぶハジメ。


「あら、あの子から? 職務中よ?」


 そんなハジメの顔を見て、伊丹は口を尖らせて不機嫌になっていたが、上杉が止める。


「いいじゃないですか、緊急の電話かもしれないですし。ほら、早く出ろよ比目くん……」

「は、はい。それじゃぁ……」


 ハジメは二人から少し離れて後ろを向いて、電話に出る。


「も……もしもし?」


 昨日も寝る前に電話で話したのに、やっぱりまだ慣れなくて少し気恥ずかしいハジメ。

 緊張しながら、菜乃花が話すのを待った。


『ハジメくん……あの…………さ』

「ん? どうした?」


(なんだろう? 少し声が震えてる気が————)


『今、女人村にいる駐在さん————尾張さんって人のことなんだけど……』

「尾張さん? あぁ、もともと女人村にいた人だろ? 俺の前に……」

『うん……そうなんだけど…………あの人、似てる気がするの』

「似てる?」

『うん、前に話したでしょ? 去年の夏くらいから、私のことずっとストーカーしてた…………あの警察官に————』

「え……?」


 ハジメはあのほころんでいた表情から、急に真っ青になり、後ろにいる伊丹と上杉の方を見た。


『私怖くて……ねぇ、どうしたらいい?』



 * * *



 伊丹と上杉に菜乃花の身に起きたことを相談したハジメ。

 しかし、似ているかも知れないという曖昧な理由では容疑者として引っ張ってくるのには弱い。

 とりあえず尾張の経歴を調べてみることにした。


 本来ならハジメは事件の担当者ではないのだが、署長が手配してくれて一時的にハジメは捜査に協力することになる。


「とにかく、菜乃花ちゃんには家から出ないように、決して一人にならないように注意してもらうしかないな……今のところ」


 上杉にそう言われて、早く見つけなければと焦るハジメ。

 捜査資料と尾張の経歴を照らし合わせて、手がかりがないか探る手に力がはいる。


「まぁ、不安なのはわかるが、そう焦るなよ比目! 俺たちも協力してやるからよ!」

「とりあえずカツ丼食って、元気出せや!!」

「またカツ丼っすか? 取り調べじゃないんすよ?」

「そうか? じゃぁ、親子丼にするか? はっはっは!」


 仲良し刑事コンビにそう声をかけられて、少し力が抜ける。

 みんながハジメに協力してくれて、安心する。

 男鹿がいない警察署は、それはそれは居心地がよくて、ハジメは本当に、周りの人に恵まれているのだと気付かされた。


(ここでも、女人村でも、みんなに助けられてばかりだな……)


「…………ありがとございます」


 ハジメは皆に礼を言って、改めて資料を見直した。


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