第43話 駐在くん、父に会う


「ハジメ……本当に、ハジメなのか————?」


 父と子の十年ぶりの再会が、まさか取調室になるなんて、誰が予想しただろうか……

 当たり前のことだが、十年も経てば父親の顔なんておぼろげで、今はただ、なんとなく自分の記憶より老けた男が目の前にいるという感じだった。


「本当に、父さんが犯人なの?」


 ハジメだって、自分の父親を疑いたくはない。

 だが、現場の状況と現場に置かれたセーラー服から父の指紋が採取されている。

 それに、女子高生を妊娠させて、教職を離れた経歴がある男だ。

 疑われて仕方がない状況下ではある。


「お前まで、疑うのか…………俺は、やってない。決して————」


 父は肩を落とし、目に涙を浮かべながら事件当時のことを証言しはじめた。


「じゃぁ、どうして現場にいたんだ?」

「偶然、通りかかっただけだ。雪も溶けてだいぶ道が走りやすくなったから……昨日から毎日走ろうと思っていただけだ」


 昨夜、運動しようと思い立ち、土手の上を走っていた。

 その時、かすかに悲鳴のような……うめき声のようなものが聞こえた気がして、ふと声が聞こえた方を見ると、綺麗に畳まれたセーラー服が最初に目に入った。


「それで、なんでこんなところにと思って、手に取ったんだ……」

「なんでそんな怪しい状況で手に取るんだよ……」

「この地域の学校じゃ珍しい、関西襟で——……俺がまだ教師だった頃の学校の制服と同じだったんだ」

「…………そ、そう」


(か、関西襟……? もしかして、父さんって実は制服マニアとかか?)


 一緒に住んでいた時には気がつかなかった父親の新たな一面が垣間見えて、ハジメは複雑だった。


「そしたら、制服の奥に倒れている人がいて……驚いた……」


 こういう場合、救急車と警察の両方を呼ばないといけないんじゃないか?救急車だけか?と、パニックになっていたところ、たまたま通りかかった別の通行人がやって来て通報され、父は逮捕されたそうだ。


「何度も俺じゃないと言ったんだが……聞き入れてもらえないようだったから……黙秘した。それに……お前が警官になったって話は聞いていたし————これ以上余計なことを話して、迷惑をかけるかと……」

「そんな……」


 ハジメは父の言葉に嘘はないと感じた。

 しかし、この証言が本当であると証明できない。

 他に目撃者でもいたらよかったのだが、夜遅い時間だ。

 あたりに防犯カメラでもあれば、セーラー服を手にする前の様子がわかったかもしれないのだが……


(どうすればいいんだろう……話の辻褄はあってはいるけど……)


 状況だけでなく、経歴や謎に制服に詳しいところからも疑われているのが厄介だった。


「あの……伊丹さん! ちょっと!!」


 ハジメが困っていると、上杉が取調室に駆け込んできた。

 こそこそと伊丹に何か話し、伊丹はそれを聞いて驚いた後、安堵の表情を見せる。


「どうしたんですか?」

「もう大丈夫よ、被害者の女子高生が目を覚ましたわ」

「えっ!?」


 つい先ほど、意識不明のまま病院に運ばれていた被害にあった女子高生が目を覚まし、犯人について証言した。

 その証言から、ハジメの父親の容疑はすぐに晴れたのだ。


「犯人は、警察官の制服を着ていた二、三十代の男だそうよ————」


(警察官の制服を着ていた……?)




 * * *



「どうしても、ダメですか? お祖母様……」

「しつこいですよ、菜乃花」


 ハジメが女人村を出ていき、菜乃花は卒業するまで徹底的に祖母の管理下に置かれることになった。

 長い入院生活が終わり、女人村に戻って来た菜乃花の祖母は夏子よりもはるかに厳しい。

 いくら菜乃花が可愛いからと、自由にさせ過ぎだとあの組長のような村長を叱りつけるような人だ。

 村長は婿養子ということもあり、この妻には頭が上がらないのである。


「いいですか、菜乃花。あの男と本当にこれからもお付き合いを続けたいのであれば、きちんとわきまえなければなりません。あなたは聖女で、この村の守り神をお支えしなければならないのです」

「でも……あの儀式に意味なんて————」

「それ以前に! あなたはまだ高校生なのですよ? 未婚の女性が、結婚前に男性と交わるなどと……そのようなふしだらな行動は慎みなさい」

「交わらないから! 我慢するから……だから、せめて村の外に出ることくらい許してよ……」

「いけません。学校以外で村の外へ出るのは一切禁じます」


 村長は二人の様子をただオロオロしながら見ているだけで、一言も発言できないままだ。

 そこにいるのに、存在しないような扱いを受けている。


(まったく……おじいちゃんはやっぱり頼りにならないんだから!)


 高校を卒業するまでの残り一年間、菜乃花は電車通学もすべで車に代わり、常に運転手が監視役としてつくことに。

 さらにGPSもつけられて、自由に遊びに行くこともできないこの状況を嘆いた。


(今日は私の誕生日なのに……! ハジメくんに会えないなんて、最悪!!)


「お嬢様、どちらに?」

「散歩よ!!」


 菜乃花は不機嫌な表情のまま家を出て、村中を足の赴くままに歩く。

 そのすぐ後を、運転手の男がついて歩く。

 そうして、気がついたら駐在所の前まで来ていた。


(来ちゃった。ここに来ても、ハジメくんはいないのに……駐在さんに挨拶だけして帰ろう……)


 そう思って、数日ぶりに駐在所のガラス戸に手をかける菜乃花。

 ハジメの座っていた席に、別の若い警官が座っているのが見えて————


「え……?」


 ガラス越しにその警官と目があった瞬間、鳥肌がたった。


(うそ……なんで……)


 ハジメと出会う前、あの時、何度も菜乃花の後をつけて来た男に似ている気がして————




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