最終章 完全犯罪

第42話 駐在くん、村を出る


 三月、日陰の歩道にはまだ雪が残っていた。

 長い冬は少しずつ終わりに向かい、卒業証書を持った学生服の少年少女たちが、交番の前に停められたパトカーの洗車をしていた警官たちの前を歩いて行く。


「今年もこの季節ですね……」

「あの制服は木田きだ高生か……ちょっとスカートが短くないか?」

「先輩、女子高生のスカートチェックするのやめてください。バレたらセクハラで訴えられますよ?」

「いやいや、もう卒業したんだから女子高生じゃないだろ?」

「そういう問題でもないですって……」


 書類整理をしながら、ぼーっと外を眺めていたハジメには女子高生という単語だけがやけに大きく聞こえてきて、思わずそんな会話をしている先輩と後輩のコンビの方を一瞬見てしまった。


(あーもう、ダメだ。しっかりしろ、俺……)


 数日前、須木田交番へ戻ってきたハジメ。

 男鹿の逮捕によって、すべての誤解が解けたハジメは皆に謝罪され、本来自分がいるはずだった古巣であるこの交番に居心地の悪さを感じることなどないのだが、まだ女人村の駐在所のことが尾を引いている。

 これで学生時代から憧れていた刑事への道も、頑張り次第で開けたというのに、出るのはため息ばかり。


(菜乃花……元気だろうか)


 あの日、ハジメと菜乃花が裸で眠っていたところに運悪く現れた美里と菜乃花の祖母。

 美里の方は女子高生に手を出したと怒り狂い、祖母の方は、話が違うと大激怒。

 その場にいた仁平がなんとか二人とも冷静になるように収めてはくれたが、結局ハジメと菜乃花は一旦、別れることになった。


 ハジメは酔っ払っていて、全く記憶がないのだが、菜乃花の話によると最後までしていないらしい。

 いざ!というところで、急にハジメは眠ってしまった……という。


 今回は未遂だったものの、このまま一緒にいては菜乃花が十八歳になるまで聖女でいるという約束が守られないのが目に見えているということで、ハジメは須木田交番に戻ることになったのだ。

 美里の方は、最初はまったく納得できなかったが、菜乃花があの男鹿を逮捕するきっかけを作ってくれたことを聞いて、今回は許すということに。

 しかし、やはり女子高生というのがどうしても納得いかず、菜乃花が高校を卒業する残りの一年は直接会うことがないようという約束して、ハジメは女人村を出た。


 実はハジメの前任者だった警官は、交通事故にあって入院していたのだが、リハビリが終わり復帰するタイミングでもあり、女人村の駐在所には影響がないらしい。

 本来いるべき場所に戻ったのだから、それでいいといえばいいだろう。

 あとは、気持ちの問題だ。


 直接会うことはできないが、今の時代、メッセージのやりとりやビデオ通話が簡単にできる。

 一年我慢すれば、また会えるようになるのだから……と、何度も何度も別れ際に泣き出した菜乃花にそういったものの……


(菜乃花……元気かなぁ……)


 ついつい、菜乃花のことばかり考えてしまうハジメ。


「そんなに気になるなら、電話してみたら?」

「そうですね……————って、伊丹刑事!?」


 菜乃花のことを考えて、ぼーっとしていたら、伊丹刑事の顔が目の前にあった。




 * * *




「セーラー服連続暴行殺人事件……ですか?」

「そう、それよ。最近ニュースで話題になってるでしょ?」


 伊丹がハジメに話したのは、この三年の間に立て続けに起きている事件だ。

 下校中の女子中高生が行方不明になったあと、何者かに暴行されて遺体で発見されるというもの。


「これまでの調査で分かっているのは、犯人が男であることと、太ももに歯型があるくらい。それと、現場には必ずセーラー服が綺麗に畳んだ状態で置かれているの」

「ええ、まぁその辺りはニュースにもなっているので知ってますけど、どうしてその話を俺に?」


(物騒な事件ではあるけど、急に交番勤務の俺にその話をされてもな……)


 伊丹は、ハジメの顔をじっと見ると、少し残念そうな顔をして話を続けた。


「科捜研で調べっても、証拠になるようなものは全部消されているし、被害者はみんな亡くなっている————これと言った目撃情報も手がかりもなくて……でも約半年ぶりにこの事件で新たな被害者が出たの。発見が早かったおかげで一命は取り留めた……現場にいた容疑者も逮捕したわ。でもね————」

「でも……?」

「その容疑者について調べたら、あなたの名前があったのよ……」

「え……?」


 予想外の話に、ハジメは目を見開いて驚く。

 容疑者として逮捕されたのは、ハジメの実の父親だった。


「……そんな、どうして——……父さんが?」


 両親が離婚してから、ハジメは一度も父親には会っていない。

 今どこで、何をしているのかも知らなかった。

 あの時、妊娠していた子供が無事に生まれたのかさえ、知らないでいた。


「まだ容疑者というだけで、確定したわけじゃないわ。現場の状況から、そう判断はしたけれど……黙秘を貫いていてね……ちょっと協力してくれないかしら?」


 伊丹がこの交番まで直接ハジメに会いに来たのは、この為だ。

 もう一度ハジメに会いたい……という下心も若干あったが……


 ハジメは巡査長にこのことを説明し、伊丹と上杉が待機していた車に乗って捜査本部が置かれている警察署へ向かった。



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