第41話 駐在くん、怒られる


 ハジメが大変な変態の被害にあっていたことを、母親である美里も知っていた。

 女人村へ異動になる前は、実家で暮らしていたのだから当たり前である。

 いつからかハジメ宛に謎のプレゼントが届いたり、勤務が終わって帰宅してもどこか暗い雰囲気で……

 女人村への異動が決まって初めて、男鹿のことを聞かされた時はそれはもう烈火のごとく怒り狂った。

 大事な息子になんてことを……と。


 しかし、当時の署長に説得され、今はことを荒立てない方がいいと……そういう話だった。

 その男が、朝のニュースで逮捕されたと報道されていたのだからいてもたってもいられない。

 報道されていたあの動画気持ちの悪い動画が、もしかして先月の正月休みに帰ってこなかった理由なのではないかと、心配になったのだ。


 車を飛ばして女人村までやってきたが仁平はパトロールに行っていて、駐在所には人がいなかった。

 だが、居住スペースの扉の前にハジメの靴は置かれている。

 その隣に、女性用のムートンブーツも。


 ついに息子に彼女でもできたのではないかと、そっと扉の隙間から美里は中の様子を伺う。


「あら、食べ終わった食器も片付けないで寝てるのかしら?」


 仕方がない、家事なんてしたことのないあの息子のことだ……と、中へ入って見ると食卓テーブルの上には明らかに二人分の食事の後。

 酒の瓶もあって、やっぱり彼女ができたのかと……そっとしておいた方がいいかと思った瞬間だ。

 美里の視界に、脱ぎ捨てられたセーラー服が入ったのは。


「…………」


 美里は無表情でそのセーラー服を手に取り、目の前の扉を開けた。

 そして、叫んだ。


「ハジメえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」



 * * *



「————どういうことなのか、説明しなさい。このお嬢さんは、女子高生よね?」

「そ……それは————」


(やばいやばいやばいやばいやばい!!!!!)


 怒り狂った母親に、ハジメが何も言えなくなっている。

 菜乃花は目の前にいる人が誰なのかわからなかったが、なんとなくハジメに顔が似ているような気がして、美里が親であることは理解できた。


「は、はじめまして。ハジメくんとお付き合いさせていただいてる、根倉菜乃花です」


 しかし、すらっと背が高く、五十手前とは思えないほど美と健康に気を使ってはいるがその体型と酒焼けした声で菜乃花は勘違いしてしまう。


「——ハジメくんの……えーと、お父さんですか?」


 ニューハーフの方だと。


「は?」

「え?」


 真っ裸での挨拶、そして、まさかの母親を父親と間違えるという謎の状況……

 ハジメは泣きそうだった。


(穴があったら入りたいとは……このことか)


 そして、さらに最悪なことに……


「大きな声が聞こえましたが、何か————……」


 美里の叫び声は外まで聞こえていたようで、何か大変なことが起こっているのではないかと、タイミング悪く中へ入ってきた見知らぬ年配の和服を着た女性と目があった。


(だ、だれ————!?)


「お、おばあちゃん……」

「菜乃花、その呼び方は人前ではしてはなりませんと、何度も言っているでしょう?」

「すみません、お祖母様……それで、あの……どうしてここに?」


(な、なんだって——————!?)


「そんなことは今どうでもいいです。それよりなんです、その格好は……私が聞いていた話とは、ずいぶん違うようね……」


 裸の孫と渋々認めたその婚約者を、菜乃花の祖母は睨みつける。


 これほどまでに、最悪の状況はない————




 * * *



 時同じくして、パトロールを終えて駐在所へ戻ろうとしていた仁平の携帯電話が鳴る。

 あの男鹿のせいで退職に追い込まれてしまった前・署長からだった。


「復帰されるんですか? それはよかった。心配したんですよ、急にあんなことになるから……」

『ああ、すまないな……どうやら、男鹿のやつが特に君たちには自分が署長になるということを徹底して伏せていたらしい……私の退職もみんな直前まで知らなかった話だからな……』


 署長は、男鹿の悪事を正そうとしていたのだが、力及ばず逆に色々とでっち上げられて退職に追い込まれてしまったそうだ。

 だが、男鹿が逮捕され、その数々の悪事が色々と判明して、復帰することになった。


『それで、比目巡査のことなんだがね……』

「はい————」


 仁平は署長の話を聞きながら、駐在所の前まで歩いてきたところで駐車場に停まっている二台の車に気がつく。

 赤い車の方は特徴的な形をしているためすぐに美里のものだとわかった。

 その隣に停まっているのは、大きな黒い車。

 運転席にはスーツをビシッと着て、白い手袋をはめた運転手が座っている。

 雇い主が戻って来るのを待っているようで、運転手は仁平と目が合うと軽く会釈した。

 その顔には見覚えがあり、なんだか嫌な予感がしながら、仁平は駐在所の中に入る。


『比目巡査にも、須木田交番へ戻そうと思っているんだが、どう思う?』


 今目の前で起きている地獄のような光景に、仁平は思わず携帯電話を落としそうになった。


「あ……えーと、後ほど改めて連絡します。ちょっと、その……」

『ん? どうした? 何か事件か?』

「ええ、まぁそうですね……大事件————だと思います」




 ————————————

 第四章はここまで!

 次回から最終章 完全犯罪!



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