第40話 駐在くん、油断する


 現役の警察署長がストーカー行為や器物損壊、職権乱用など数々の容疑で逮捕されたニュースが報道された。

 男鹿の顔は女人村の中だけではなく、全国どころか世界に広まったのだ。


 全ては、菜乃花がマスコミやSNS、警察の上層部の両方に情報を流したため。

 警察内部からだと情報がもみ消されてしまう為、男鹿が一筋縄ではいかなかった場合を見越して用意していた。

 どういうルートで情報を流したのかは不明だったが、そこはさすが金だけはある根倉家の力だったようだ。

 目には目を、金持ちには金持ちを……だと、ニュースを見てハジメは思った。


「これでやーっと、平和な日常が戻って来たねぇハジメくん」

「そうだな……部屋も前より綺麗になってるし……」


 男鹿が部屋をめちゃくちゃにして、菜乃花のものも全部ゴミ箱へ入れられていたし、ハジメの下着や布団で男鹿が何をしたか想像したくもないと……全部一新。

 新品ばかりの居住スペースは前よりも住みごごちが良くなっている。

 敷布団からダブルベッドに進化し、畳からフローリングになっていた。


「いくらなんでも、これはやりすぎじゃないのか??」


 勝手に駐在所の中をリフォームしていいものなのかとハジメは少し不安になったが、ちゃんと原状回復できるようにできているらしい。


「ハジメくんは小さいことを心配しすぎ! 本当なら、菜乃花の家で暮らして欲しいくらいなんだから」


 新しくなった食卓テーブルの上に、菜乃花が作った美味しい料理が並ぶ。

 食器も新しい為、ペアの茶碗やマグカップが並んでいて、以前より同棲している感が増している。

 実際には、半同棲状態なのだが……

 菜乃花が高校を卒業するまでは、この生活が続く。


「ほら、今日はあの変態が逮捕された記念ってことで、おじいちゃんが日本酒をお祝いだってさっきくれたの」

「日本酒……って、あんまり飲んだことないな————」


(明日は休みだし、たまにはいいか……それにしても、セーラー服の女子高生に、日本酒を注いでもらう日が来るとは……)


 いつもより豪勢な料理に、着替える時間がなかったようで菜乃花は制服のままハジメの横に座ると、グラスに日本酒を注ぐ。

 ハジメは菜乃花に勧められるまま高級そうな日本酒を口にした。


「あ、ワインもあるよ! こっちは商店のおじさんから!」

「ワインまで!? なんか……すごいな」

「なんかよくわからないけど、甘口で飲みやすいとかなんとか言ってたよ」

「へぇ……俺ワインはよくわからないな」

「私も二十歳になったら飲むから、どんな感じかレポートしてみて」

「レポートって……俺は芸能人とかじゃないぞ?」


 たわいもない会話をして笑いあって、この日、ハジメはとても気分が良かった。

 酒の力もあったかもしれないが、ずっと抱えていた不安がなくなったことで、心が軽くなっていたからだろう。

 菜乃花のおかげで、心から幸せを感じられるようになったような……そんな気がしていた。


 だから、つい油断してしまったのだ。


「は……ハジメくん?」


 酒に酔ったとろんとした目で、じっと菜乃花を見つめるハジメ。

 急に見つめられて、菜乃花はドキっとする。


「菜乃花……」

「なに?」

「ありがとう……」


 ハジメの顔がだんだんと近づいてきて、お酒の匂いがして……

 ハジメの舌に残っているアルコールが、菜乃花の舌に移る。


「あ……っ」


 ————カラン……


 空になった日本酒の瓶が、テーブルの上に転がった。





 * * *




 食卓テーブルの上には、空になった日本酒の瓶とまだ少し中身が残っているワインの瓶。

 カピカピに乾いてしまった、昨夜の食べ残しのご飯とおかず。


 床にはカーディガンとスカーフが落ちている。

 寝室の扉の前にはセーラー服が……


 扉を開ければ、床にはスカートと靴下、大きなサイズのフリルが可愛い白いブラジャー、脱ぎ捨てられた黒いパーカー、そのまま足を抜いただけのズボンとベルト。

 落ちているものを一つ一つ辿った先にはダブルベッドが。


 もう昼過ぎで、カーテンの隙間から明るい日差しが柔らかに差しているというのに、ベッドの上では自分の息子が見知らぬ女とすやすやと眠っている。

 それも、状況を見るに掛け布団の下は二人とも裸だろう。


 できれば、あのセーラー服はコスプレか何かだと思いたかった。

 しかし、どう考えてもこの肌質は若い。

 女というより少女だ。


「ハジメ……起きなさい」

「……ん?」

「ハジメ……ハジメ」

「ふぇ……?」


「ハジメえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」



 鼓膜が破れるんじゃないかというくらいの叫び声に、ハジメは飛び起きた。


「か……かかかか母さん!? どうして、ここに!?」

「どうして? それは私が聞きたいわ…………」


 目をこすってまだ眠そうにしている菜乃花を美里は指差した。

 もう片方の手には、脱ぎ捨てられていたセーラー服を握りしめて。


「これは一体どういうこと!!? 言ったわよね!? 女子高生は……————女子高生だけは絶対にダメだって!!!」

「えっ!?」


 そこで初めて、菜乃花が隣で寝ていることに気がつくハジメ。

 それも、二人とも裸だ。


「えっ!? な、なんで!?」


 ハジメには、この状況に至るまでの記憶が何もなかった。




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