第39話 駐在くん、村民に救われる
女人村を出て自宅に帰り、無心のままシャワーを浴びて寝た男鹿。
彼はしばらく広い高級マンションの隅で、魂が抜けたようにぼーっとしていた。
しかし、数日経って、彼の心は怒りに満ちる。
「まったくもう! なんだったのよ!! 幽霊なんているわけがないわ……! きっと作り物! それに、もし本当に幽霊がいたとしたら、あんな物騒な村にハジたんを残しておけないわ!!」
偶然にも、心霊系と女性——特に熟女が大嫌いな男鹿にとって、菜乃花の作戦は効果覿面だったのだが、男鹿のハジメに対する想いは常軌を逸している。
かなりの精神的、肉体的ダメージを受けたものの、まだ諦めてはいない。
「ハジたんは、あの村の女たちに捕まってしまったのね……だから、アタシの所へ帰って来なかったのよ。そうに決まってる!! 悪いのは、あの村の連中よ!!」
そう思い込んで、男鹿はもう一度自分の車で女人へ戻って来た。
しかし、数日ろくな食事も取っていなくて、出発前に急いで食べたのが悪かったのか、駐在所へ着く前にお腹を下してトイレに行きたくなった男鹿は村唯一の商店の前で車を停める。
「すみません、お手洗いをお借りしたいのですが……」
店員の女に向かって、いつも通り作り笑顔で普通の人を装った男鹿。
「あーいいよ。そこの奥にある…………から」
いつもなら、男鹿のこの笑顔に女なら少しポッと顔を赤らめるのはず……だが、店員は首を傾げ、男鹿の顔を訝しげに見つめる。
「ありがとうございます。お借りしますね」
男鹿はトイレのドアノブに手をかけた。
その時、店内にいた老人が男鹿を指差して叫ぶ。
「おい、あんた!! どうしてこの村にいるんだ!! この変質者め!!」
「え……?」
一刻も早く、トイレに入りたいのに老人のその声で、近くにいた店主の男が男鹿の手を掴んだ。
「おい! あんた、あの男だな!! ポスターの!!」
「ぽ、ポスター? 一体、なんのことです?」
「とぼけるな!! この変質者め!! この店から……村から出て行け!!」
「そうだそうだ!! わしらの駐在くんに散々悪いことをしよって!!」
「ちょ……ちょっと待ってください!! 痛い痛い!!」
老人と店主に店から無理やり追い出された男鹿。
そして、先ほどの女の店員がどこかへ電話すると、村内放送が流れ始める。
『村民の皆様へお知らせです。例の変質者が出ました。警戒してください。繰り返します。例の変質者が出ました』
「い、一体なんなの!?」
男鹿はわけがわからない。
ただトイレを借りたかっただけなのに、老人も店主も変質者だと、出て行けと怒られた。
「あ! 変質者だ!! 出て行け!! 出て行け!!」
「村にくるな!! 駐在くんをいじめるな!!!」
通りかかった村の小学生二人が、そう言って雪玉を投げてくる。
さらにその声が聞こえたのか、周辺の村民たちが手に箒やスコップ、つるはしのような武器を持って集まってきた。
「な、なんなの!? 一体何が————」
囲まれて改めてあたりを見渡して、男鹿は気がつく。
商店の窓に貼られた、《この顔に注意! 村に入れるな!!》のポスターに。
自分の顔が危険人物として村中に貼られていることに。
「なっ、なんなのよぉぉぉぉ!!」
男鹿はお尻に暖かさを感じ、車に飛び乗って泣きながら女人村を後にする。
* * *
「————それで、みんなが追い返してくれたのか」
「駐在くんをいじめるなんて、許せないからね!!」
「そうだよ!! あんなやつはこの村に二度と入れないから!!」
村内放送を聞いたハジメと仁平が駆けつけたころには、男鹿が立ち去った後だった。
雪玉を投げた小学生から話を聞いて、ハジメはホッとする。
「駐在くんはね、いつもこの村の安全のために頑張ってくれている……もう、孫みたいなもんさ」
「そうだ! 駐在くんはもうこの村の大事な家族だ!! 家族に危害をくわえようとするやつから守るのは、当たり前のことだ!!」
村民はみんな、パトロールしながら困っていることがあれば助けてくれるし、聞いて欲しい話があれば話し相手になってくれるハジメを自分たちの息子や孫のように思ってくれていた。
「ありがとうございます。みなさん……」
村民の優しさに、目頭が熱くなるハジメ。
(菜乃花の言った通りになった————この村の人たちは、本当に協力してくれた)
「ほら、私の言った通り、うまく言ったでしょ?」
一足遅れて来た菜乃花がひょっこりと顔をだして、微笑む。
ハジメは菜乃花の手を握った。
「ああ、ありがとう。お前のおかげだ……」
「フフフフフ……それに、念のため最後のひと押しもしておくね」
「————最後のひと押し?」
菜乃花はなんだか悪い笑みを浮かべて、それ以上は語らなかった。
(ま、まぁ、聞かない方がいいか……)
* * *
「な……なんなのよ…………あのポスター、肖像権の侵害で訴えてやるわ!!」
風呂から出て、プンプンと怒りながら男鹿はこのことを父親に言って、村そのものを訴えてやろうとスマホを手にした。
電話をタップした瞬間、掛けようと思っていた父親から逆に電話が来る。
「あ、パパ? ちょうどよかった!! ちょっと聞いてよ!!」
『この馬鹿息子!! なんてことをしてくれたんだ!!!』
「……え? なーに? やだ、一体どうしたの?」
『もうこれ以上はかばいきれん!! 自分でなんとかしろ』
一方的に電話をかけて来て、一方的に切られた。
同時に、インターフォンが鳴る。
「どちら様?」
『警務部監察室の者です』
「か……監察室!?」
やってきた監察官が男鹿に見せたのは女人村の駐在所の監視カメラ映像。
ハジメの椅子の匂いを嗅いでいる様子がバッチリ映っている。
「こちらについて、詳しくお聞かせ願いたいのですが……」
「え、えーと、それは……」
「この日、この時間、あなた職務中ですよね? こんなところで、一体何を?」
「え、えーと、だから、それは……」
数々の動かぬ証拠と村人からの証言もあり、男鹿は逮捕され、二度とハジメの前に現れることはなかった————
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