第38話 駐在くん、変態を撃退する


 心霊現象に泡を吹いて倒れた男鹿。


「よし、今よ!! なんかよくわからないけど、倒れた!!」


 血だらけの女に変装した菜乃花は男鹿を足でつついて、意識がないのを確認するとガッツポーズをし、待機していた村のご婦人たちを招き入れた。

 ちなみに、この奥様方はみんな夫に先立たれたかバツイチの経験豊富なお姉様だ。


「あらあら、こんな良い男がオカマなの?」

「大変ねぇ……それもど変態なんでしょう? こっちの経験はあるのかしら?」

「若いのに、まぁ、男色は昔から一定数いるっていうしねぇ、珍しくはないけども……ふふふ……あら、良い体してるじゃない」

「若いっていいわねぇ……」


 お姉様たちは男鹿の両手を縛り、抵抗できないようにすると服を脱がしていく。


「……菜乃花、これって犯罪じゃ?」

「何いってるの、ハジメくん。ハジメくんだって、嫌なのにいっぱいたまたまを触られたりしたんでしょ?」

「うっ……まぁ、でも、これは————」


(地獄だ————)


「大丈夫よ駐在くん。渡したちに任せなさい。ちょっと怖がらせるだけよ」

「そうよぉ、ちょっとお仕置きするだけなんだから……」


 お姉様たちはウインクしながらそう言うと、ここから先は子供には見せられないから、と、菜乃花とハジメに外に出るように言った。


「ほら、ハジメくん行こう! これでもう、この村にもハジメくんにも近づけさせないわ……フフフフフフフ」


(……こ、こわい)


 菜乃花の笑い方があまりに怖くて、ハジメは絶対に菜乃花には逆らわないようにしなければと心に誓う。

 もし、万が一浮気なんてした日には、どういう恐怖が待っているか……わかったものじゃない。


「いやあああああああああああああっ!!」


 ほどなくして、意識を取り戻した男鹿の悲鳴が駐在所に鳴り響いたが、その頃にはもう二人は駐在所を離れていた。


 そして翌朝、仁平が駐在所へ行くと、男鹿が住居スペースから出てきた。

 顔中に真っ赤な口紅のあとがべっとりとついていて、服もボロボロ。

 ご高齢のお姉様方特有のキツイ薬品の香りも漂っている。


「な……なんだ? 一体どうしたんだ?」

「一体どうなっているの……この村は……————なんて恐ろしい……ありえない」


 憔悴し切った顔で、男鹿はブツブツと呟きながら、フラフラと外へ出て行き駐在所前に停めてあった自分の車に乗り————


「妖怪が……幽霊が…………呪われる————殺される————!」


 最後はそう叫んで、女人村を後にした。


「な、なんだ? 何が起きたんだ?」


 仁平はさっぱりわけがわからなかったが、男鹿が去ったあとの住居スペースをのぞいてなんとなく理解する。

 ネグリジェ姿のお姉様方が、満足げな表情でスヤスヤと眠っていたのだ。

 この面々は、みんな村長と仲のいい方々で、若い男に興味があるとーっても元気な方々。


 それに、朝一番駐在所にやってきた村長が何よりの証拠だった。


「いやー……菜乃花はすごいなぁ……さすがわしの孫!」


 相変わらず、ヤクザの組長みたいな風貌で手に何かを持っている。


「宗治さん、こんな朝早くにどうした?」

「あぁ、これを届けにきたんだ。ポスターだよ」

「……ポスター?」


 村長から渡されたポスターを見ると、男鹿の顔写真とともにこう書かれていた。


《この顔に注意! 村に入れるな!!》

《変質者です! 見つけたらすぐに追い出してください!!》


「昨日、菜乃花が作ったんだ。ここの掲示板に貼っておいてくれ。それに回覧板も回す」


 警察官募集の広告に使われていたものを、菜乃花が加工したのだ。

 これで、村民は全員男鹿の顔を知ることになる————



 * * *



 それから数時間後、ハジメと菜乃花は二人で住居スペースの掃除をしていた。


「まさか……本当に出て行くとは……」

「うふふ……いい作戦だったでしょ? やっぱり変態には同じことをしてわからせてあげるのが一番よ」


(同じこと……って、心霊現象と年増のお姉様方を送り込んだことって、俺がされたのと同じことか?)


 色々間違っている気はしたが、菜乃花の作戦通り男鹿が出て行ったのは幸いだった。

 住居スペースに監視カメラはついていないが、駐在所の方には監視カメラがついていて映像を確認すると男鹿の異常行動————ハジメの椅子の匂いを嗅いだり、背もたれにかけっぱなしになっていたダウンジャケットを羽織って、ハァハァしている様子がバッチリ映っていたのだ。


 もし、このまま何もせずにいたら、本当にハジメは男鹿の行き過ぎた行動に耐えきれず、自ら命を絶っていたかもしれない。

 住居スペースはめちゃくちゃになってしまっているけど、丁寧に掃除をすればまた元に戻る。


「それにしても、一体どうやったんだ? 食器棚揺らしたり……」


 ハジメは男鹿に気づかれないようにこっそりキッチンの窓から男鹿の様子を覗いていたが、食器棚が揺れたり勝手にドライヤーがついたりしていた仕組みがよくわからなかった。

 デレビの電源は、もともとスマホアプリで操作できるようになってるから簡単に入れられる。

 窓を叩く音だって、単純に菜乃花と待機していたお姉様方と一緒に叩いただけ。


 菜乃花から聞かされていたのは、心霊現象を起こして徹底的に怖がらせ、油断した隙に拘束してお姉様方を投入させるというものだった。

 その心霊現象を起こす方法の全ては聞いていない。


「あぁ、そんなのちょっとに協力してもらっただけだよ」


(み……みんな?)


 菜乃花がそう言った瞬間、勝手に電子レンジが動き出し、食器棚がガタガタと揺れ、窓の外に影が見えたような、見えなかったような——————


(……まじかよ)


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