第37話 駐在くん、引く


 仁平から連絡が来て、男鹿が住居スペースに居座っているという。

 緊急事態だから休むように言われたものの、このままでは仕事ができない。

 菜乃花と村長は、好きなだけ家にいていいと言ってくれているが、あの気持ちの悪い男がしびれを切らして、ここまで来る可能性だって十分ある。


「あれは相当頭がおかしいな……駐在くんの椅子の匂いを嗅いでいたぞ?」

「え……」


(何それ気持ち悪っ!)


 ハジメの話を聞いて、一体どんなやつなんだと思った村長は、ただの老人のふりをして駐在所へ偵察に行って来た。

 顔の綺麗な男が、ハジメの使っている椅子に顔を押し付けてクンクン匂いを嗅いでいたそうだ。


「あんな変態は、一度も見たことがない」


 村長も男鹿のヤバさに引いていた。


「うーん、いくら好きだからって、そんなことまで……まぁ、ハジメくんは美味しそうないい匂いがするから、わからなくはないけど……」

「お、おい! 菜乃花!? なんで同調してるんだ!!」

「あ、ごめんなさい。つい心の声が……あははは」


 菜乃花は笑ってごまかしたが、ハジメと村長はまさかの発言に驚いて引いた。


(待てよ……菜乃花のやってることってあの人に近くないか?)


 この時、ハジメは気がつく。

 一方的に想われて、つきまとわれて、触られて……相手が違うと同じ想われるでも受け取り方がまるで変わって来る。


(菜乃花から……のは、最初は女子高生だから……犯罪だからって思って拒否してたけど、本心では嬉しかった。でも、あの人のは、ただただ気持ちが悪いだけだ。それに、正直、菜乃花は可愛いから何をされても許す)


 急にじっとハジメに見つめられて、小首を傾げる菜乃花。


「え、なーに? ハジメくん」

「……あ、いやその……菜乃花なら、何をされたら諦めるかな……って」

「え?」

「今はこうして、その……俺がお前を好きになったからいいとして————もしも、そうじゃなかったら……やってることはあの人に似てるだろ? 俺の後をついて回ったり、誘惑してきたりさ……」


 ハジメがそう言うと、菜乃花はぷくーっと頬を膨らませる。


「なによ、一緒にしないでくれる? 私の方が何百、何千、何万倍だってハジメくんを愛してるんだから。私は、本気でハジメくんが嫌がるようなことをしたりはしてないでしょ? 愛する人の嫌がることをするようなあんな人の気持ちがわからないような変態とは違うのよ」

「う……それは、そうだな……すまん」


(確かに、菜乃花は本当に俺が嫌だと思うことはしてこない。あんなに気持ちの悪い思いも、怖い思いもしたことはないな……)


「でも、ストーカーって、自分がされて初めてされたら嫌なことだって気づくと思うのよね?」

「そ……そうか?」


 菜乃花は急に何か良いことを思いついたようで、ポンと両手を打つとニヤリと笑った。


「そうよ、この手があったわ!」

「え?」

「逆にストーカーしてやればいい!!」

「え?」


 名案を思いついた菜乃花は、嬉しそうに男鹿撃退作戦をハジメと村長に語り始める。

 だが、その方法はあまりにも……すごくて……

 ハジメと村長は、聞かなきゃよかったと思った。


(想像しただけで、怖すぎる……!! でも、確かにいい作戦かもしれない———)



 * * *



「はぁ……はぁ……ハジたんは、まだかしら?」


 駐在所の住居スペースに変態がいる。

 洗濯カゴの中に入っていたハジメのパンツに高い鼻を押し当ててクンクンと匂いを嗅ぎ、ハジメの歯ブラシをぺろぺろと舐め回すような、そんな変態だ。

 あの警官募集ポスターのモデルがこんなことをしているなんて、誰も想像できないだろう。


 ハジメが帰って来るのを待ちながら、男鹿は明らかに菜乃花のものであるピンクのコップや歯ブラシ、トイレに置いてあった生理用品などを全部ゴミ箱にぶち込んだ。


「こんなもの、ハジたんとアタシの愛の巣には必要ないわ!! 汚らわしい!!」


 ここで待っていれば、ハジメがしびれを切らして帰って来るだろうと、勝手に愛の巣にしようと企んでいる。

 だが、深夜0時を過ぎてもハジメが戻って来る様子はなかった。


「せっかくアタシが会いに来たのに……釣れないんだから。まぁ、そんなところも可愛いのだけど♡」


 男鹿は一人でハジメを待ち続けている。

 だが流石にお腹が空いて、冷蔵庫を勝手に開けて中を覗く。

 その時だった————


「えっ?」


 ————ザーーーーーーーー



 男鹿以外、誰もいないのに、急に居間のテレビの電源がついたのだ。

 それも、このデジタルの時代に画面は砂嵐…………


「もう、なによ……びっくりするじゃない」


 すぐそばにあったリモコンで、電源を切ったが、もう一度、テレビの電源が入る。


「や……やだ、どうなってるの?」


 次は触っていないのに、電子レンジが動き出す。


「えっ!?」


 ————バチバチ


 電気がついたり、消えたりを繰り返す。


 ————カタカタカタカタ


 食器棚が揺れる。


 ————ブォォォォォォォ


 しまいには、コンセントをさしていないドライヤーの電源が入る。



「えっ!? な、なんなの!?」


 誰もいないのに、立て続けに起こる怪奇現象。

 そして、ついには…………


 ————フフフフフフッ


 女の笑い声まで聞こえてきて……


「だ、だれ!? 誰かいるの!?」


 ————トントン……トントン……ドンドンドンドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド


 激しく窓を叩かれ、恐る恐るカーテンを開けると……


「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!」


 頭から血を流した、髪の長い女の顔があった。



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