第36話 駐在くん、キレる



「た、たまたま?」

「そう、たまたま……だよ。いやぁ、やっぱりこれは運命だね」


 なぜかまだ昼間だというのに、男鹿はピッとリモコンを押してカーテンを閉める。

 遮光カーテンで外の光を遮り、暗くなった室内は、間接照明の明かりで彩られた。


「え、えーと、男鹿警部? 一体何を?」

「何って、わかってるだろう?」

「いや、全然わからないんですけど……」


(張り込みするのに、どうしてカーテンを? 犯人が見えないじゃないか)


 男鹿はジャケットを脱ぎ、ネクタイを外してシャツの首もとを緩めながらハジメに近づいてくる。


(えっ!? 何!? まじで何この人!?)


「いいんだよ。素直になりなさい。そんなにイヤらしいお尻で、可愛らしい表情でこのワタシを誘惑しているくせに……悪い子だね」

「はっ!?」

「ふふふ……とぼけたって無駄だよ。ハジたん♡」


(は、ハジたんんん!?)


 迫り来る男鹿。

 後ずさるハジメ。


 わけのわからない妄言を吐く男鹿と、壁に挟まれ、ハジメはパニックになったが、とにかく身の危険を感じて、男鹿の股間を蹴る。


「ああっ!! アタシのたまたまがぁあん!」

「何がたまたまだ! 気持ち悪い!! こんなのセクハラじゃないか!!」


 隙をみて一目散にマンションから逃げ出したハジメ。

 最悪の事態は免れたが、あまりの恐怖にしばらく震えていた。


(どうしよう、やばい……あの人、ガチでやばい人だ!!!)


 ハジメは交番に戻り、先輩たちにこのことを相談した。

 しかし、相手は近々警視に昇級予定の超エリート警部様。

 ハジメの身に起きたことは、誰も信じてはくれなかった。


 それどころか、あの男鹿警部がそんなことするはずがないと言われてしまう。

 誰も取り合ってはくれないし、その後も何度も男鹿にパワハラにセクハラをされ続けたが、誰も助けてはくれなかった。

 そして、次第に男鹿によるパワハラはエスカレートしていき、いつの間にかハジメは男鹿と付き合っているという話になっていく。


「比目巡査って、ほら、あれでしょ? 男鹿警部のお気に入りの……」

「そうそう、二人って、実は裏で付き合ってるんでしょ?」

「えっ!? まじで!? BL!? BL!?」


 警察署へ行けばそんな噂がささやかれ、ハジメは相当困っていた。

 ハジメが否定しても、誰も信じてくれない。

 さらに、調子に乗った男鹿は今までばれないようにしてきたセクハラを、どうどうと署内でするようになったのだ。


「ふふふ……ハジたん、今日も可愛いお尻ね」


 そう言いながら、トイレで用を足していたハジメの背後に立ち、尻を触り上から覗いてくる。


(気持ち悪い……気持ち悪い……)


「やめてください……」

「いいじゃない。別に、アタシたちの仲なんだから」


 ハジメはついにブチ切れて、尻を触っていた男鹿の手を掴み……


 ————ズダァァァンっ


「痛……い、何するのよぉぉぉ!!」

「それはこっちのセリフだ!! 気持ち悪いんだよこの変態野郎っ!!」


 華麗な一本背負いをきめ、トイレの床に叩きつけて倒すと、怒り狂って男鹿の顔を殴りつけた。

 黙っていればイケメンで綺麗な顔が、ボコボコになっていく。


「おい、何してるんだ!!? やめろ!!」


 叫び声と物音を聞いて駆けつけた刑事たちが、ハジメを取り押さえるが、ハジメの怒りは止まらない。


「離してください!! もう絶対許さない!! ぶっ殺してやる!!」

「落ち着け!! 比目巡査!!! 冷静になれ、何があったんだ!!?」

「落ち着いていられるか!! クソがぁぁぁ!!!」


 暴れるハジメ。

 ボコボコに殴られた顔で、男鹿はゆらりと起き上がった。

 その場にいた刑事たちは、男鹿がハジメに反撃するのではないかと、戦々恐々となる。


「こんなに激しいの……アタシ初めてよ♡ あぁ、ゾクゾクしちゃったわ……」


 あまりの気持ち悪さに、その場にいた全員が引いた。




 ◾️ ◾️ ◾️



「————それで、たまたまトイレの個室にいた署長が俺がセクハラを受けてるのも、あいつが言ったことも全部聞いていて……セクハラの被害者ではあるけど、殴ったのはいただけないってこの女人村に。で、向こうはお偉いさんの息子だし、もともとの予定通り警視に昇級して本庁に異動したんだ」

「何それ……完全に職権乱用だし、パワハラだし、セクハラじゃない!!」


 さらに、騒動の後、署長にハジメは謝罪されている。

 高校生の頃、ハジメへの痴漢行為で現行犯逮捕された男鹿の事件をもみ消したのも、ハジメを女人村へ左遷させたのも、全ては男鹿の父親の圧力のせいなのだと。

 自分の力の及ぶ間は、二度と男鹿をハジメには近づけさせないと……そう言っていた。


 それで、不満はあったがハジメはこの村へ来た。

 しばらくここで耐えてくれれば、必ず呼び戻すから……と、どうやら署長には男鹿親子を警察から追い出す考えがあるようで、少し待って欲しいと言われていたのだ。

 それに、これ以上問題を起こしたら本当にクビになることもわかっている。



「そういう話だったはずなんだけど……どうして、あの人、この村にきたんだろう?」


 ハジメはまだ、男鹿がその署長を追いやって、自分が新しく署長になっていることを知らないため、訳がわからない。

 菜乃花は、目を覚ましてやっと落ち着いたハジメからことの詳細を聞いて、泣きそうになる。


「ハジメくん、絶対、絶対、私が守ってあげる!! あんな気持ちの悪い男、絶対許さないんだから!! ハジメくんのたまたまは私のなんだからね!!」

「いや……気持ちは嬉しいんだけど…………たまたまって言うな……」


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