第29話 駐在くん、カツ丼を食べる


 警察署にある、取調室。

 ブラインドの窓を背に、パイプ椅子に座っている男の右足には包帯が巻かれ、中央のテーブルに松葉杖が立てかけられていた。

 テーブルを挟んで、男の向かい側の椅子には、体格のいい刑事がどっしりと座り、その後ろには目つきの悪いオールバックの刑事が睨みを効かせながら立っている。


「田舎のお袋さんが泣いてるぞ? さっさと吐いて、楽になっちまえよ」

「お前がやったことは、わかってんだよ」

「…………」


 取り調べを受けている男は、黙秘を貫き通している————


「だから、全部誤解ですって!!! 俺は、婦女暴行も少女監禁もしてません!! 強制わいせつもしてません!! 無実です!!!」


 ————わけではない。

 なんども、なんども、かけられた容疑を否定している。


「比目、俺たちは悲しいぞ? まさか、一警官であるお前があんな場所に女子高生を監禁して、無理やり従わせようなんて————いくらあの件で飛ばされて自暴自棄になっていたとはいえ、犯罪は見逃せない」

「そうだ。女と関係を持つなとはいわねーが、相手は女子高生だろ? 未成年に手を出すとは……流石にアウトだろう」

「だから、違いますって!!!」


 確かに、あの状況を見たら誤解されるかもしれない。

 だが、神に誓ってこの刑事たちがいうように無理やりなことは一切していないのだ。


「まぁまぁ、そんなに熱くなるなよ。カツ丼でも食うか?」

「そんな先輩、昔の刑事ドラマじゃあるまいし、古すぎっすよ?」

「そうか? いや、俺も腹減ったからちょうどいいかと思ってよ」

「さっきラーメン食ったじゃないですか。そんなんだから、いつまでたっても痩せられないんですよ」

「はっはっは! 違いねぇな」


 この仲良し刑事も、そのことがわかっていてハジメで遊んでいる。

 この刑事たちは、ハジメが女人村に来る前、交番勤務だった頃に何度か捜査協力をした所轄の刑事たちで、上杉と伊丹の同僚だ。

 人相は悪いが、ハジメがものすごく真面目な男であることも、女子高生に手を出すような人間ではないことも十分わかっている。


(まったく……暇なのか、刑事課は……!)


「……それで、俺は一体いつ釈放されるんです?」


 ハジメがそう聞くと、まぁゆっくりしていけと言われた。

 あまりすぐに返してしまうと、菜乃花の母親が納得しないだろうと……


「まぁ、とりあえずそうだな……とりあえず飯食ってけよ。カツ丼出前取ってやっからよ」

「わかりました……」


(まぁ、誘惑に負けたのは事実だから、これくらい仕方ないか————)


 ハジメは、届いたカツ丼を食べながら、昨日起こった出来事を振り返った————




 ◾️ ◾️ ◾️



「私を穢してよ、ハジメくん」


 菜乃花の誘惑に、ついに耐えきれなくなってしまったハジメはもう本当に理性というものを失っていた。

 抑えていたものが弾け飛んだようで、実はずっと触れてみたいと思っていた菜乃花の唇に噛み付くようにキスをする。


「あ、待ってハジメくん……向こうの部屋にお布団あるから、あっちで……」


 菜乃花がそう言って、雪崩れ込むように祭壇の前に敷かれた布団の上に二人で倒れ込み、菜乃花の着物の胸元に手を入れ、いざ、本番!

 しかし、そこで急に激痛に見舞われる。


「いっ……痛い……」


 雪がクッションになっていたとはいえ、三メートルほど落下したのだ。

 それも落ちるとわかって落ちたわけではなく、突然落ちた。

 着地の際、足を変に捻っていた。

 その痛みが、遅れてやってきたのだ。


「ハジメくん!? 大丈夫!?」


 痛がってのたうちまわるハジメ。

 菜乃花が靴下を脱がせると、足首がパンパンに腫れ上がっていた。

 もしかして骨が折れているのかと焦った菜乃花は、自分のスマホは夏子に没収されているため、ハジメのスマホから救急車を呼んだ。


 雪で少し遅れはしたが、到着した救急車。

 一方、まさか地下でこんなことが起きているとは思っていない村長たちをはじめ、誘拐事件が解決したため機材等の撤収作業のためまだ残っていた刑事たちは何事かと外へ飛び出した。


「けが人はどこですか!? こちらの家の地下だと聞いたのですが!!」

「地下!?」


 救急隊員にそう聞かれ、村長たちは焦った。

 地下といえば、古い家の真下だ。

 数日前に火事で燃えてしまったが、地下への入り口はちゃんと残っているし、そこに菜乃花がいることも知っているからだ。

 救急隊員と、一緒に菜乃花の両親と村長、残っていた刑事たちも心配で地下の階段を駆け下りた。


 すると、そこには布団の上で倒れているハジメと、着崩れして肩や胸が少しあらわになってしまっている菜乃花がいる。

 事情をまったく知らない刑事たちからみたら、地下に監禁されていた少女が襲われていたようにしか見えない。


「ち、駐在くん!? どうして、ここに!?」


 村長がそう叫んで、ますます現場はパニックに。


「菜乃花、あなた、この男と一体何を!!?」

「お前、うちの娘に何をしたんだ!!!」


 夏子はショックで倒れそうになり、菜乃花の父親は大事な娘が性的暴行を受けたと勘違いして大激怒。


「待って!! ちゃんと説明するから、その前にまず手当して!! ハジメくんが死んじゃう!!」


 菜乃花がハジメの足首を指差して、パンパンに腫れているのをみんなが目にする。

 救急隊員はとりあえず、担架にハジメを乗せて救急車へ。

 そしてハジメは、村にレントゲンが取れる病院なんてないため、一番近い町の救急病院へ運び込まれ、骨は折れていないと判明した。


 処置が終わった頃にはすっかり日付が変わっていて、救急病院から出たところをでハジメは刑事たちに連行され、この所轄の警察署で取り調べを受けることに。



 ◾️ ◾️ ◾️



「まぁ、あの状況じゃ誤解されてもしょうがないだろ。あの可愛いお嬢ちゃんも、お前とは同意の上だって言ってたし、両親は認めてないみたいだけど村長さんは公認の仲なんだってな? 被害届が出てるわけでもない」

「それにしても、まさかあの比目が女子高生と付き合ってるとは……予想外だったなぁ」

「だから、俺は……その、付き合ってるわけでは————」



 結局、カツ丼を食べ終わっても、ハジメは刑事たちから取り調べというより質問攻めにあって、釈放された頃には一日の半分が終わっていた。




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