第28話 駐在くん、熱くなる


「な……なに言ってるんだ!!」


 久しぶりに会った反動か、それとも菜乃花の表情がいつもより艶かしいせいか……

 普段なら耐えられるのに、菜乃花の言葉に体が反応してしまう。


「あ……」

「ん……? なんか動いた」


(ばかばか!! 言うな!! やめろ!! 見るな!!)


 菜乃花が下を向こうとするのを止めたくて、ハジメは焦って菜乃花の頬に手を添えてしまう。

 菜乃花はハッと気がついて、頬を赤らめながら目を閉じた。


(え、これ……いや、なんかキス待ち!? 可愛い……————って、違う違う!! そんなことより!!)


「こ、こんなことしてる場合じゃない!! お前の弟が誘拐されてるんだぞ」

「え? なにそれ?」


 パチっと閉じられた目が開く。

 この三日間地下に一人でいる菜乃花は、まさか腹違いとはいえ、弟が誘拐されたなんてそんな大事件が起こっているなんて知るはずがなく、キョトンとしている。


「だ、だから、俺とこんなことしてる場合じゃないだろ? 非常事態で————」


 誘惑に負けかけているのをごまかそうと、ハジメはそう言った。

 しかし、その瞬間ハジメのスマホが鳴る。


「あ、ジンさん? 誘拐事件どうなりま————え?」


 音漏れしていて、菜乃花にも仁平の声は聞こえる。


『おー解決したぞ。犯人も逮捕されたし、子供も無事だ。比目、お前今日の夜に実家に帰るんだろ? 雪がすごいから気をつけてな』

「そ、そうですか」

「…………」

「…………」


 じーっと、菜乃花がハジメを見つめる。


「事件解決したんだね?」

「あぁ、そうらしい」

「ハジメくん、もしかして明日からお正月休み?」

「あぁ、二連休だ」

「じゃぁ、時間あるよね?」

「あるけど……ひあひゃっ!」


 菜乃花はにっこりと笑いながら、細い人差し指でハジメの太ももをズボンの上からツーっとなぞる。

 びっくりして変な声が出るハジメ。


「や、やめろ! どこ触って————」

「あ、また動いた」

「だから、やめろって!」


(やばい……やばい……やばい!)


 ハジメのダウンジャケットのファスナーを、菜乃花は器用に口で下げた。


「いやだ。やめない。大丈夫。さっきも言ったけど、ここには誰もこないよ。儀式が終わるまでは誰もこない。ここで私とハジメくんが何をしたって、誰も見てないから。もし、もしこれで、万が一赤ちゃんができちゃってもハジメくんが嫌なら、一人で育てるから……」

「な……何言って————!」

「弟が誘拐されるくらい、この家がお金持ちなのは知ってるでしょ? たとえハジメくんが女子高生に手を出した淫行警官だって世間から罵られたって、私が養ってあげるから……だから————」


 ハジメはゴクリと唾を飲んだ。

 どうしたらいいかわからないくらい、心臓がバクバクと音を立てて抑えきれない。


「私を穢してよ、ハジメくん」



 ————パァァァァァァンッ



 ハジメの中で、何かが弾けた。




 * * *



 毎年、正月の時期になると、歴代の根倉家の聖女は屋敷の地下にある祭壇の前で儀式を行う。

 これは古くからの風習であるが、一体何の効果があり、意味があるのか今では不明なものばかり。


 祭壇のある部屋には、三つの扉があり、西の扉を開けると清めの湯が自然と流れている温泉があり、東の扉を開けると儀式で使う謎の道具が置かれている。

 北の扉が食事をする場所で、ここから出るとハジメが歩いてきた入り組んだ通路に続く扉があり仏像のようなものが置かれている。


 まず、一日目はその仏像のようなもののそばにあるロウソクに光を灯してもどってきた後、温泉に浸かって体を清め、祭壇の前で餅を食べる。

 二日目は、白い着物を着て東の扉を開け、そこにある琵琶をひたすら演奏し、終わったらよくわからない祝詞のりとのような昔の文章を朗読させられる。

 三日目は、白い布と青い布を祭壇の前に交互に敷いてその上を転がる。それから、そばを麺から手作りして、村の繁栄を祈りながらすするらしい。

 最終日の四日目は祭壇の前でお祈りしたあと、着物のまま温泉の湯を頭から被り、地下室を出るというものだ。


 氷姫のことなんて全く信じていない菜乃花にとっては、毎年一人で孤独に意味のわからない儀式をさせられて苦痛でしかなかった。

 とくに二日目の琵琶の演奏は上の階まで音が聞こえているためサボったらバレて一日目の最初からやり直し。

 信仰心の強い祖母と今は亡き曽祖母の監視が厳しくて、菜乃花は友達と普通に遊びに行くこともできなかった。


 菜乃花が聖女でなくなれば、儀式そのものをしなくて済む。

 聖女とは要するにまだ誰のものでもない、清らかな処女おとめの事。


 四日間、儀式が終わるまで一切誰もこの地下に入ることは許されないというのが掟のため、祖母と同じく信仰心の強い夏子がここに人を入れることはまずあり得ない。

 だから、祭壇の前でこんなことが起きているなんて、誰も予想できないだろう。


「ハジメくん……すごい……」

「な……菜乃花……っ……俺、もうダメだ……っ」

「こんなに熱くなって……ずっと我慢してたの?」

「違う……その——……気づかなかったんだ……まさかこんなに————俺の……っが、大きくなってたなん…っ……てぇ」

「大丈夫、今救急車呼んだから! もう直ぐくるよ……!」


 祭壇の前、敷かれた布団の上に横たわるハジメは、あまりの激痛に苦しんでいた。

 右足首がパンパンに腫れているのだ。


(落ちた直後は気づかなかったのに——……なんで、今になって!)


 菜乃花の誘惑に負け、祭壇の前に敷かれた布団の上まではきたのだが、急に足首に激痛が走った。

 地下へ落下した時、実は足首を捻っている。

 しかし、命の危機を感じて興奮状態だったためかアドレナリンが出ていて痛みを感じなかったのだ。

 さすがにこの状態で何もできるわけがなく、菜乃花はハジメのスマホから救急車を呼んだが、雪のせいか到着が遅れている。


「もう無理……! いっそのこと、一思いに俺を殺してくれ——!!」

「何言ってるの!! しっかりして!!」






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