第27話 駐在くん、遭難する



(あー……死ぬかと思った)


 下に積もっていた雪がクッションとなり、大怪我は免れたハジメ。

 転落したのは地上から三メートルほど下。

 見上げれば大きな穴がぽっかり空いている。

 村の地下にこんな空洞があったなんて、予想外だった。


「どこだここ……」


 地下ということもあり天井の穴から明かりが少し差し込む程度。

 落ちた位置から左側は岩壁が見えていて行き止まりだったが、右側は奥まで続いている。

 地下洞窟の中といった感じだった。


 上に登ることはできないし、仕方なくスマホのライトで照らしながら出口を目指して進んでみると————


「うわあああああっ!!!」


 頭蓋骨が一つ転がっている。


「なんだ!! なんなんだ!! お化け屋敷か!? 冗談だろ!?」


 これは夢で何かの間違いであって欲しいと思ったが、現実だった。

 しかも、骨はその一つだけではなく、他にもあるのだ。

 あまりの恐怖に、早くここから出たいと駆け出すハジメ。

 だが、進んでも進んでも迷路のように入り組んでいて、全然出口が見つからない。


(もしかして——あの骸骨、ここから出られなかった人の? 俺もああなるのか!?)


 ハジメは気づいていなかった。

 自分で出口を探すより、スマホの充電が切れる前に救助を求めるべきだと。

 今、遭難しているということに。



 ————ズズズッ


 ビクビクしながらとにかく歩いていると、急に奥の方から何か音が聞こえてくる。


 ————チャプン……ズズズッ


(なんなんだよ……この音は……なにかいるのか?)


 正直怖かった。

 だが、音が聞こえる方へ近づいていくと、目の前に古い木の扉が……

 そっと押して、中をのぞいてみると……真っ暗な洞窟に光が漏れる。


 —————ズズズズッ……


「え……」


 真っ白な着物を汚さないように、熱々の蕎麦をすすっている菜乃花がいた。


「は、ハジメくん!?」





 * * *




「ちょっと待ってくれ。本当に意味がわからない……」

「うん、実は私もよくわかってない」


 菜乃花が蕎麦をすすっていたこの場所は、放火事件により燃えてしまったあの古い方の家の地下だ。

 ハジメが開けた扉は、今いるこの部屋からあの入り組んだ通路へ行くためのもの。

 暗くてよく見えなかったのだが、あの入り組んでいた通路の所々に仏像的なものが置かれているそうだ。


 この部屋のさらに奥に行くと祭壇のようなものがあるらしい。

 菜乃花自身もよくわかっていないのだが、あの氷姫の伝説にあるように女神を祀っている根倉家の未婚の女子は聖女と呼ばれ、奉納の儀式を行わなければならないのだとか……


「儀式が終わるまでここから出さないって言われて——仕方なく言われた通りにやってただけなんだけど……意味がわからないものばかりで————」


 蕎麦を食べていたのもその儀式の一環だ。

 四日間ここでその意味がわからない儀式を行わなきゃならないということで、食事も決まっているらしく三日目の今日は蕎麦だった。


「本当は上の階で調理してここまで持ってくるべきなんだけど、燃えちゃったじゃない? この部屋、電気は一応通ってるから今年はIHで作っちゃったけど……」


 儀式にこだわっているのは、夏子と今は入院している祖母だけらしく、菜乃花はこの変な仕来りをどうでもいいと、意味のないことだと思っている。

 だが、初潮を迎えた小学六年生の頃から毎年この時期になるとやらされていて、今年は祖母が入院しているからやらないでいいと思っていた。


「お母さんがお正月に帰ってくるかこないかわからなかったから……駐在所でやり過ごそうと思ってたんだけどね……。結局、連れ戻されちゃった……」

「連れ戻されちゃった……って、やりたくないならやらなきゃいいじゃないか。そんなに今のお母さんが怖いのか?」


 菜乃花は、ハジメの質問に一瞬動揺する。

 どうしてそのことを知っているのか、という表情でハジメを見た。


「……怖い……よ。おばあちゃんと一緒なの。私って、ほら、幽霊とか見えるでしょ? お前は特別な力を持っている聖女だからって……散々ママのことは悪くいうくせに……そういう、宗教的なものがあってね。そういう話をするときの目がすごく怖くて……でも、家族だから」


 話しながら、菜乃花の瞳から涙が溢れ出てくる。

 ハジメは思わず手を伸ばして、泣き出した菜乃花を抱きしめた。


「私が嫌だって言ったら、パパが困るから……パパはいつも、おばあちゃんとお母さんを大事にしなさいって……言うから————」


 ハジメの前ではいつも明るくて、笑っていた菜乃花がこんなにも複雑な状況にあったことをハジメは知らなかった。

 本当に高校生なのか、自分よりも年下なのかと思うようなこともあったけど、実は色々なことを我慢していたのだと……

 駐在所は菜乃花にとって、そういう嫌なことから逃げられる場所だった。


「おじいちゃんは私が嫌がってるのわかってくれてたけど、おばあちゃんに頭が上がらないし……役に立たないし————」


 ハジメは菜乃花の溜まっていた不満や愚痴を全部聞いてやった。

 そして、全部吐き出してスッキリしたのか一通り泣き止むと菜乃花は————


「な、菜乃花?」


 急にハジメの胸にうずめていた顔をパッとあげ、濡れた瞳でじっとハジメの目を見つめる。

 その上目遣いにドキッとして、ハジメは菜乃花を離そうとしたが、菜乃花はぎゅうーっとハジメにしがみついて絶対に離れない。


「ハジメくん……私を助けてくれない?」

「助ける……?」

「実は、このよくわからない儀式、やらなくてもいい方法があるの」

「は?」


(そんな方法あるなら、こんなに泣く前にやればよかったんじゃ?)



「今なら本当に誰もここへ来ないし、誰も見てない……だから————ケガして」

「へ?」

「聖女じゃなくなれば、儀式をしなくて済むの。だから、私をケガしてよ」



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