第26話 駐在くん、気になる


 駐在所に連絡をしてきたのは、村長だった。

 犯人は、警察に連絡したら子供を殺すと言っていたようだが、普段から早合点して人の話を聞かない村長はすぐに仁平を頼ったのだ。

 さすがに警官の制服のまま村長宅に行くわけにもいかず、ハジメと仁平は私服に着替えて村長の家へ向かった。


 所轄に連絡は入れているが、向こうは現在大雪が降っていて到着が遅れる。

 それまでの間、仁平は対応を任された。


(まさか、ジンさんが元捜査一課の敏腕刑事だったとは——……)


 今どうしてこんなど田舎で駐在警官をしているのか、詳しい理由は知らないが実は仁平は若い頃数々の難事件を解決していて、鬼刑事と呼ばれていたとかいないとか……

 今の雰囲気からは、全く想像ができずにこの話を上杉から聞いた時は信じられなかったハジメ。


(署長が言っていたなら、本当なんだろう————)


 半信半疑のまま、仁平の指示に従って犯人からの要求と担当刑事たちの到着を待った。

 菜乃花を送り届けるのに、なんども家の前までなら来たことがあるが、中に入るのは初めてだ。


 建てたばかりの三階建ての大きな家は、ど田舎にあるのには浮くらい豪華。

 なんでも、根倉家は古くからこの地の大地主であり、女人村の外にも土地を所有していて相当な金持ちだとか。

 村長のまるでヤクザの組長のような外見からは想像できないほどの名家

 である。


「それで、犯人からの要求は?」

「今のところまだ……」


 カーテンを閉めきって、中の様子が見えないようにした後、リビングに集まった家族たちから仁平は話を聞いていた。

 ソファーの隅で息子が誘拐されたショックで気落ちしている夏子を支えるように、夫——つまり菜乃花の父親は寄り添って座っている。

 リビングには他に不安で顔色が真っ青になっている村長、村長の次男で菜乃花の叔父とその嫁も……


(あれ? 菜乃花は?)


 この家の住人は菜乃花以外全員リビングにいる。

 ハジメは当然、ここへ来れば菜乃花に会えるものだと思っていた。


(自分の部屋にいるのか? まぁ、誘拐事件だからって高校生の菜乃花が何かできるわけでもないし……そういうものか?)


 あの日以来菜乃花とはなんの連絡も取れていなくて、ハジメは心配していた。

 何かあれば、村長が言ってくるだろうし、噂好きの村の奥様方も特に菜乃花について何か言っているようなことはない。

 そう思うようにして、自ら進んでこの家に菜乃花を直接尋ねることはなかったが、家の中でも姿が見えないとなるとなんだか不安になってくる。


(大丈夫……だよな? 何も、ない……よな?)


 夏子が厳しい人であると聞いていたし、ハジメも夏子からはそういう見えない圧を感じていた。

 もしかしたら、本当に監禁状態になっているんじゃないだろうかと……雷太の言っていたことが頭をよぎる。


(いやいや、まさか。いくらなんでも、そんな、昭和のドラマじゃあるまいし————)


 今起きている誘拐事件に集中するべきなのに、つい菜乃花のことが気になってしまい、ハジメは首を横に振った。

 その時、ちょうど担当の刑事たちが村長の家に点検業者を装って入ってくる。


「ご苦労様。君は駐在所に戻って構わないよ。あとはこっちで対応するから」

「は、はい! 失礼します」


 仁平だけが残り、ハジメは村長の家を出る。

 誘拐事件は専門の刑事たちに任せるべきだ。

 玄関から外へ出ると、いつの間にか雪が降っていた。

 カーテンで外が見えなかったから気がつかなかったが、風も出てきて吹雪になりそうな……そんな天気になっている。


 さすがにパトカーでここまでくることはできなかったため、帰りも歩きだ。

 少し歩いてから振り返り、二階と三階の窓を見上げる。


(菜乃花の部屋って、何階だろう?)


 リビングとは違って、カーテンは閉められていないが、雪が降っている今、外から中の様子を確かめることは困難だった。

 スマホを取り出して、改めてメッセージを菜乃花に送ってみるが、やはり既読はつかない。

 こんな非常時に不謹慎かもしれないが、せめて菜乃花の顔だけでも見たかったと思いながら、再び歩き出す。


 そして、数分歩いたところで急に風と雪が強くなり————


「うわ……やばい……これは——っ!」


 吹雪に見舞われて、視界が一気に悪くなる。

 何もかもが真っ白で、どちらの方向に進んでいるのかわからなくなった。

 ホワイトアウトだ。


 この村は建造物も少なく、目印となるような明かりもない。

 危ないと思った時にはもう、今自分がどこにいるのかさえわからなくなった。


(まじかよ……!! タイミング悪すぎるだろ……!!)


 このままでは危ないと、とりあえず村長の家に戻ろうとしたその時————


「え?」


 踏み出した右足が、地面を感じなかった。

 吹雪のせいで全く気づかなかったが、地面がなかった。


「うわああああああああああっ!!」


 まるでスローモーションのように、ハジメはそのまま真下へ転落する。


(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!!!)



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