第25話 駐在くん、村の伝説を聞く


 氷姫の伝説とは、この村の住人なら誰でも知っている昔話だ。


 その昔、まだこの村が女人村になるずっと前のこと。

 雪山で遭難した青年がいた。

 もう助からないと諦めかけた頃、彼は吹雪の中で髪も肌も白く、瞳の色は薄い灰色をした美しい女と出会う。

 彼女に命を救われた彼は、彼女と恋に落ち、彼女を嫁に迎えようとするが彼女は山に住む氷の鬼の娘、氷姫だった。

 だが彼女のその神秘的な美しさに魅了され、骨抜きになっていた彼は諦めきれずに氷の鬼に必死に頼み込み、やっとの思いで二人は結ばれる。


 しかし、村人たちは彼女のその雪のように白い髪と肌、薄い灰色を恐れ、忌み嫌った。

 さらに彼女が村に来てから村では作物が不作になり、女児しか生まれず後継に恵まれないという怪現象が相次ぐ。

 それが氷姫のせいだと気がついた村人は、火の女神の力を借りて彼女を村から追い出し、村には平和が訪れた。


 この火の女神を祀っているのが、菜乃花の祖母の先祖なのだという。

 この伝説が生まれたとされる時期に女性が他の村より多く増えたことにより、この村の名前は今は女人村と書いてと呼ばれているが、女神村というのが正しい表記であるという説もある。


 この伝説を信じているのは、村の一部、特に高齢者に多い。

 今は病気のため隣町の病院に長期入院している菜乃花の祖母もその一人で、冬美のことを最後まで嫁とは認めていなかった。

 さらに最悪なことに偶然にも、伝説の通りに冬美が根倉家に嫁いできてから女人村では不作が続き、男児が生まれてない。


 氷姫の話を信じている一部の人間から、冬美は影で酷い扱いを受けていたという噂もある。



 ◾️ ◾️ ◾️



「————ということもあって、菜乃花ちゃんの本当の母親は氷姫のことを信じている村人に殺されたんじゃないかって話もあるんだ。今の母親————夏子なつこさんとの再婚を無理やり進めたのも、村長の奥さんだからな」


 今の時代、いくらこの村が田舎だからといって、そんな鬼や幽霊なんかの存在を信じているような人は少ない。

 だが、男児が生まれないことや菜乃花の母親の容姿が氷姫の伝説とよく似ているという偶然が起こした事件だった可能性もあると、仁平は語った。


「冬美さんはアルビノだっただけだ。本人もそう公言していたし、男児が生まれなかったのもただの偶然だろう。まぁ、そうわかっていても、わざわざ出産の時は村の外で————っていうのが通例になってしまっているがな……」

「そういうこと……だったんですか」


 ハジメがあの和風美人の母親———根倉夏子とその息子の顔を知らなかったのは、二人が伝説を信じて今は村の外に住んでいるからだ。

 幼稚園に入れるくらいの年齢になったら、完全にこの村に戻ってくるそうで、あの男の子は菜乃花の腹違いの弟。

 将来は根倉家の後継者になるらしい。


「夏子さんはまだ若いがとても厳しい人で、菜乃花ちゃんとはそりが合わないようだ。村長も夏子さんには頭があがらなくてな……よく俺と話している時も愚痴を言っていたよ」


(だから、菜乃花はあんなに萎縮していたのか)


 あんなに立派な新築の家があるのに、菜乃花はここ数日は特に駐在所に入り浸っていると思っていたが、できるだけ顔を合わせたくなかったのだろう。


「それじゃぁ、儀式がどうのこうのってやつも、その伝説が関係してるんですかね?」

「……儀式? なんのことだ?」

「え、儀式が終わるまでは、絶対に許しませんって、言っていたんですけど————」


 この村のことなら、仁平はなんでも知っていると思ったが、意外にも儀式のことは何一つ知らないようで首をかしげる。


(俺の聞き間違いか? それとも、ジンさんが知らないだけ? それに————)


 いまだに、菜乃花からの返信は来ない。

 既読すらつかない。

 それはあの母親が菜乃花のスマホを没収したからなのだが、ハジメがそのことを知るわけがなく————


(地下にしたいが埋まっているって話と、関係あるんだろうか?)


 不安と疑問が募るばかりだった。



 * * *



「————で、それ以来菜乃花の姿は見てないんだな?」

「だから、さっきからそう言ってるだろう。心配ならここじゃなくて、自宅に行って直接聞いてこいよ」

「いや、だってあのオバさん怖いんだよ。美人だけど……なんかこう……狐の妖怪みたいでさぁ! 会ったならわかるだろう、駐在くん!」


 菜乃花が駐在所に来なくなって五日後、代わりにやって来たのは、あの妄想少年火野雷太。

 今回は親と一緒に帰省していたのだが、菜乃花に連絡してもなんの返事も既読もつかず、自宅に行こうとしたが途中で夏子の姿を見て引き返して来たらしい。


 駐在所のパイプ椅子の上にどかっと座り、雷太は過去に夏子に何か言われたのか真っ青な顔になっていた。


「駐在くんて……お前に言われるとなんかムカつくな」

「じゃーなんて呼べばいいんだよ? 俺にとって駐在さんはこっちの駐在さんだし……みんなそう呼んでるんだろ? あんた名前なんだっけ?」

「比目ハジメだ」

「……ひ、ひめはじめ!?」


 フルネームを聞いた瞬間、雷太の妄想力がまた大爆発した。


「ひめはじめ……ひめはじめ……下ネタかよ!!! やめろよ正月だからって、浮かれてんのか警察のくせに!!」

「黙れライター!! その妄想癖どうにかしろ!! 勝手に変な想像するんじゃない!!」


 仁平は今まで気づかなかったようで、納得したかのようにポンと手を打った。


「なるほど、姫始めか」

「ジンさんまでやめてください!!」

「じょーだんだ、冗談! ……それより、こんなに菜乃花ちゃんの姿を見ないのも珍しいな。比目とあってからはほとんど毎日のように来てたのに……」


 流石に心配になる。

 菜乃花の荷物は置きっ放しだし、冷蔵庫に入っているおせち料理はとっくに底を尽きたが、それ以外にも調理されずに食材が冷蔵庫の中にいくつも残っている。

 野菜はまだ保つが、肉は完全に賞味期限が切れている。

 菜乃花に送ったメッセージにもやはり既読はつかない。



「……もしかして、監禁されちゃってたりして」

「……まさか」

「……そうだよな。いくら何でも、監禁されて毎日あれやこれや開発されちゃったり————」

「黙れライター!! ありえないだろうが!! 現実を見ろ!!」

「いい加減にしろ雷太くん!! 俺たちは本気で心配しているんだぞ!!」

「ご、ごめんなさい……」


 ————プルルルルルルルルル


「うわっ!」


 絶妙なタイミングで、駐在所の電話が鳴って仁平が受話器をとる。


「はい、女人村駐在所で————え?」


(なんだ? 事件か……!?)


「誘拐!?」


 菜乃花の弟が、誘拐されたらしい————






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る