第24話 駐在くん、混乱する
菜乃花の姿を見た瞬間、和風美人の目つきが変わる。
纏っていた空気が一気にピリついて、菜乃花はつい先ほどまでハジメをからかっていた表情とは全く違う、怯えたような表情になる。
「やはりここにいたのね。菜乃花さん、あなたはまだ高校生……未成年なのですよ? 男の方とお付き合いするには早すぎます」
「で、でも……おじいちゃんの許可はちゃんともらって————」
「菜乃花さん、お祖父様にどう取り入ったのかは知りませんが、母であるこの私が許しません。こんなことがお祖母様の耳に入ったらどうするつもりですか。このようなふしだらなことを、あなたがしているなんて……」
「それは……その————」
ハジメが知っているいつもの菜乃花なら、大人相手であろうと臆することなく自分の意見を通そうとするはずだった。
しかし、目の前にいるこの菜乃花の母に対しては、萎縮しているように見える。
ハジメは菜乃花のいつもと違う表情、それに親子の会話に踏み込んでいいものなのか……そもそも、この二人は本当に親子なのかという疑問で頭が混乱した。
二人の顔は全く似ていない。
だが、手を繋いでいる男の子の鼻と口元は菜乃花に似ているような気もする。
(どうしよう……)
声をかけるタイミングをはかっていると、くしゅんと男の子が小さくくしゃみをした。
入り口に立ったままで、寒いのだろう。
「あの……とりあえず中へどうぞ。入り口じゃ寒いでしょう?」
ハジメは中へ入るように促したが、和風美人は片手を軽く前に出して、結構ですと、話しかけるなとハジメの提案を止める。
「いいのです。すぐに帰りますから……とにかく、菜乃花さん、家に帰りますよ。何か起きてからでは困ります。いくらお相手の方が警察官だとしても、男は男です。儀式が終わるまでは、絶対に許しません。帰りますよ、菜乃花さん」
(ぎ……儀式?)
ハジメには、さっぱり意味がわからなかった。
儀式とは……
この母と菜乃花の間に感じる親子とは思えない空気感のわけは一体なんなのか……
「……わかりました」
何もわからないまま、菜乃花は雑煮をハジメの机の上に置くと、すぐにコートを羽織って駐在所を後にする。
「な、菜乃花?」
「…………ごめんね、ハジメくん。迷惑かけて……お世話になりました」
去り際にそう言って深々と頭を下げ、駐在所の前に停められていた黒い高級車に乗せられて、菜乃花はいなくなった。
* * *
「おいおい、どうしたんだ比目……せっかくの雑煮が冷めてるぞ?」
新年の挨拶がてらパトロールに行っていた仁平が戻ってくると、ハジメの机の上に置かれた雑煮は完全に冷めてしまっていた。
「あ、ジンさんお帰りなさい。あの……それが————」
ハジメはあまりに気になることが多すぎて、菜乃花にメッセージを送ったのだが一向に既読がつかないし、電話も通じなかった。
なんだか嫌な予感もしていたし、お世話になりましたとは————一体どういう風の吹き回しかと思った。
(あの人、本当に母親だったのか?)
「菜乃花の母親って、生きてるんですか?」
長くこの村にいる仁平なら、何か知っているだろうと聞いてみると、仁平は一瞬目を見開いて動揺を見せる。
「……あぁ、今の母親ならな」
「今の母親……?」
「あの子が……菜乃花ちゃんの方からあの母親の話をするとは思えないが……もしかして、本人に会ったか?」
「はい……その、三十代くらいの着物を着た人でした」
「そうか。やっぱりな」
仁平は深いため息をつくと、俺から聞いたということは言わないでくれと前置きして、菜乃花の母親について教えてくれた。
「菜乃花ちゃんの母親——つまり、産みの親はあの子が五つの時に死んだんだ————」
◾️ ◾️ ◾️
約十一年前、女人村に大雪が降った翌日のことだった。
屋根の上から雪下ろしをしていた村人が、足跡一つない雪景色の上で倒れている人を見つける。
真っ白い雪の中で、仰向けで横たわっていたのは真っ白い髪に薄いグレーの瞳、白い肌の美しい女性。
そして着ている服も真っ白な着物一枚だけで、真っ白い景色の中に溶け込んでいた。
「ちゅ、駐在さん! 大変だ!! 人が……人が死んでる!! あれは、村長のところの嫁だ!!」
村人が発見した頃には、もうすでに亡くなっていて、全てが手遅れだった。
なぜこんなところに倒れていたのかもわからないし、そもそもそれが事故なのか自殺なのか、他殺なのかも不明だった。
大雪のせいで消えてしまったのか、最初から存在しなかったのか、足跡は発見した村人のものしかない。
それに体の表面にかかっている雪も薄く、とても奇妙な状態だった。
亡くなったのは、村長の長男の嫁である根倉
菜乃花の父親、そして、祖父である村長、さらに冬美と親交のあったものたちは突然の死に悲しみにくれたが、一部、その死を喜んでいる人がいるのも事実だった。
冬美はその見た目から、この女人村の伝説になぞらえて村の一部の人間からは忌み嫌われていたのだ。
女人村に古くから伝わる話……氷の鬼の娘・
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