第三章 そうなんです

第23話 駐在くん、聞かれる



「ハジメくん、姫始めって、知ってる?」

「は……?」


 年明け早々、真昼間から菜乃花にそう聞かれて、ハジメの脳内はものすごい速さで動いた。

 その代わり、書類の整理をしていた仕事の手は止まる。


(知ってるに決まってるだろう! 学生時代から散々この時期になるとからかわれてきたんだから!!)


 そう、ハジメの名前はなんの因果か苗字が比目ひめだ。

 ようするに響だけならヒメハジメ。

 姫始めという言葉を知った同級生たちに散々いじられ続けていたのだから、当の本人がその意味を知らないはずがない。


(だけど、菜乃花のことだ! 新年早々、俺をからかっているに違いない。こういう時は、大人の俺が事実を伝えてやろう……)


 ニヤニヤしながら答えを待っている菜乃花の表情を見て、今日こそやりかえしてやろうとハジメはドヤ顔で言った。


「姫始めっていうのは、正月に初めて炊いた柔らかいご飯を食べる日のことだ。諸説あるが、昔は正月に御強おこわを食べる習慣があったから、普通の柔らかいご飯を食べ始める日のことを、姫始めっていうんだ」


(どうだ。散々言われるのに、意味がわからなくて調べた俺の知識! まぁ、諸説あるが、一般的に言われている男女の——とは、意味が違うからな!! 俺にそっちを言わせたいんだろうが、絶対に言わないぞ!!)


 菜乃花のことだから、そういうことをハジメの口から言わせて、恥ずかしがるところが見たいのだろうと……

 一矢報いてやった感を出すハジメ。


「何言ってるの? 新年初めてするセッ●スのことに決まってるじゃん」

「!!!!!?」


(な、なんだと!?)


「ハジメくん、大人なのにそんなことも知らないの?」


 報いた矢は、当たることなく返ってきた。


(せ……せ……せ……っ)


 菜乃花は鼻でフッと笑い、菜乃花の口から出た言葉に反応して結局耳まで真っ赤にしているハジメの顔を満足げに眺める。


「ふふふ……あぁ、やっぱりハジメくんって、可愛い。ちょっと新年早々可愛すぎるんじゃないの? この一瞬で、何を想像したのかな?」

「う、うるさい!! 何も想像してない!!」

「もう、嘘つき。いいんだよ? いつでもハジメくんがしたいようにして。大丈夫、犯罪になんてならないから。同意の上だもん」


 学校が冬休みに入ってからというもの、菜乃花はほとんど駐在所に入り浸っていて、昨日の夜も大晦日だというのに菜乃花は家に帰らず駐在所に泊まった。

 もちろん、ハジメと菜乃花の間にそういうことは起きてはいないのだが、本当にこの数日間、菜乃花はいつも以上にハジメを誘ってくるようになっている。


 阻止したが強行されたスケスケサンタのコスプレや、ハジメが風呂に入っていたらお背中流しましょうか?とタオルを巻いて入ってきたり、寝ているハジメの布団の中に侵入してきたり…………


 ハジメは必死に耐えている自分を褒めたいくらいだった。


「何が同意の上だ! なんども言ってるだろ? 俺は同意してないんだって。それに、これ以上俺に変なことをしたら痴女として訴えるからな……」

「まぁ、痴女だなんて失礼な。こんな可愛い女子高生に愛されて幸せだと思わないの?」

「女子高生じゃなければな。それが一番問題だって言ってるだろ」


 ハジメは、菜乃花になぜ女子高生は絶対にダメなのか、本当の理由は言っていない。

 言ったら諦めてもらえるだろうか……とも思うが、親の離婚の話……つまりは、大人の話なんて女子高生に聞かせていいような話でもないかと思った。


(父さんが女子高生と再婚したなんて話、聞かせたらそれなら自分もするって言い出すに決まってる……)


「ちぇ……つまんないの」

「それより、なんか焦げ臭くないか……?」

「あ、そろそろお餅焦げちゃったかな!? やばっ!」


 ハジメは普通に仕事をしていたから知らなかったのだが、菜乃花は元旦から仕事をしているハジメのために雑煮を作っている途中だ。

 オーブントースターで餅を焼いている間、からかいに来たようだが、焼き時間を間違えたのか菜乃花は急いでキッチンへ戻って行った。


(まったく……真昼間からこんな話ばかり……)


 仕事の続きをしようと、書類に視線を戻すと、今度は控えめにガラリと駐在所の入り口のガラス戸が開く。


「すみません、お尋ねしたいのですが……」


 顔を上げると、とても高価そうな着物のご婦人が二、三歳くらいの小さな男の子と手を繋いで立っていた。

 まるで茶道や華道なんかの先生という感じの雰囲気で、狐のようなキリッとした顔つきをした和風美人だ。


「はい、どうされましたか?」


(この村の人じゃ……ないな)


「娘は、こちらにいらっしゃいますか?」

「娘……?」


 この見覚えのない和風美人は、見た目の年齢からして三十代前半くらいで、一緒にいる子供は男の子。

 この人の娘ということであれば、同じくらいの小さい子供を連想する。


「いえ、いませんが……迷子、ですか?」

「迷子? いいえ、こちらにいると聞いて来たのです。うちの菜乃花が……」


(うちの菜乃花……?)


「えーと、菜乃花さんなら確かにいますけど……でも、菜乃花に母親は————」


 菜乃花の母親が死んでいるという話は、以前聞いていた。

 それに、この人が菜乃花の母親だとしたら、年齢的に一体、いくつなんだという疑問が頭を過ぎる。

 その時————



「お母さん……!! どうして、ここに……」



 ————出来上がった雑煮を持って、菜乃花が戻って来た。


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